1 1-0 40-30 優梨愛ちゃんテニスやめるってよ!
「私、今月でSTCは辞めるから」
「やめる?」
なんとビックリ玉五郎!
テニスを辞めてどうすんの? 私に負けっぱなしのまま、尻尾を撒いて負け逃げするつもりなの?
せっかく仲良くなったのに、もう会えなくなっちゃうの?
そんなの嫌だよ……
私に9連敗したのがショックでテニスをやめるの?
私にダブルベーグルを喰らった時には、優梨愛ちゃん泣いてたよね?
その時には、私も本当は泣きたかったんだよ?
だって、こうなる可能性があると分かっていたから、だから、私は真面目にテニスをするよりも、接待テニスをしたかったんだよ。
私が本気を出して試合をしたら、負けた相手がテニスを嫌いになってやめてしまう。
そうなってしまう、その可能性があるのを知っていたから……
私に手抜きをせずに真面目にテニスをしろって言ってくれたのは、優梨愛ちゃんだよ?
それなのに、なんでやめちゃうの?
もっと熱くなれよ!
いや、ソレは暑苦しいか。
「STCは辞めても、テニスをやめるわけじゃなから安心して」
「はぁ? 優梨愛ちゃん、テニスやめるんじゃないの?」
「アンタ、私にテニスやめて欲しいわけ?」
「い、いや、続けて欲しいですけど……?」
テニスをやめるのは違ったのか?
「てっきり話の流れからしたら、テニスをやめるものだとばかり……」
「環希は、人の話をちゃんと聞いてないよね」
「そ、そんなことは…… あるの…かも?」
「私はテニスが好きなんだから、辞めろと言われてもやめないわよ」
「なんだぁ~、よかったぁ」
なーんだ、心配して損した気分だよ。
まったく、落して上げるだなんて、優梨愛ちゃんも芸が細かいですなぁ。
しかし、私のこの壊れかかったガラスのハート。この繊細な、たまきちゃんの気持ちをどうしてくれようか?
とりあえず、謝罪と賠償を請求しないと、この乙女心は治まらないぞ♪
とりあえず、優梨愛ちゃんには、あと、10連敗はお見舞いしてあげないとね!
とりあえず、次に対戦した時には、ちょー真剣にやって、ダブルベーグルをプレゼントしてあげよう!
そう、テニスボールに愛を込めて。
それはそうと、STCとは、湘南テニスセンターの略で、大手輸送機器メーカーの江原製作所の関連子会社が運営するテニススクールなのだ。
このSTC出身のプロテニス選手は大勢いて、その中でも著名なのが、暑苦しい熱血漢で有名な松田修平に、女王ハム子様もここの出身なのである。
何を隠そう、ママもSTCの出身だったりするのだ。
だから、当然の如く、神奈川県では一番の規模と実績を誇るテニススクールであるし、関東でも、いや? 日本でも三本の指に入るであろう有名なテニススクールなのが、STCというテニス界の巨人なのである。
前世の私は、出身が関西だったから縁はなかったけどね。
まあここ最近は、他のテニススクールに追い上げられてきてもいるみたいなことも、聞き及んでいたりもするけど。
それでも、神奈川県の大会に出場する選手の所属を見ると、どの大会でも一番多いか少なくても二番目に多いのが、STCなのだから恐れ入る。
「アンタ、なんか勘違いしていたでしょ?」
ぎくっ
「優梨愛ちゃんの言い方にも問題があったんだよ!」
「STCは辞めるとは言ったけど、テニス自体を辞めるとは言ってないわよ」
あちゃー、完全に私のはやとちりだったみたいでしたね。
でも、テニスをやめないで、STCだけ辞めるということはだな?
「そうだったかも…… それじゃあ、他のスクールに移るってこと?」
「ピンポーン! 二学期からは、私もチームマドカでお世話になるから!」
「はぁ?」
優梨愛ちゃんが辞めると言っているSTC。このテニス界の巨人であるSTCを追い上げているのが、TEAM Yumiという、元ジュニアフェド日本代表監督が立ち上げたテニスアカデミー?テニススクールである。
それで、そのチームユミを真似て、ママが立ち上げたのが、なんと、Team Madoka!
チームマドカなのである。
は? 優梨愛ちゃん、うちに来るの? でも、うちって……
「『はぁ?』とは、なによ? アンタ、私が一緒では不満なわけ?」
「不満などあり得ません!」
「なら、いいじゃん」
昨年のある日の晩のことである。ママがリビングで、ウンウンと唸っていたのだ。
……便秘かな?
でも、さすがにそれは娘の私でも、直接的な物言いは憚られる案件であります。
なので、当たり障りのない言い方で聞いてみました。
「なにをそんなに悩んでいるの?」
そう、聞いてみれば、まどかの"か"を、caにするかkaにするのかで、悩んでいたのだった。
どっちでもええやん!
ママもポンコツだったのかよ……
私のポンコツ醤油味は遺伝ですかそうですか。
だから、私は言ってやったよ。インパクトがあるのは、kだってね!
現役時代の登録では、caだった気もしたけど、なんで悩んでいたんでしょうね?
でもさぁ。せめて、チーム庭野にしようよ? そう思わないでもない。
まあべつに、TEAM MADOKAでも、Team Tamakiでも構わないから言わないけどさ。
ちなみに、チームマドカのスクール生は、私一人だったりする。コーチはママ一人しかいないし、大勢の面倒なんて見られないから仕方ないよね。
しかしこの話も、さっきまでのことだ。
自宅に隣接して立派なテニスコートはあるのだから、ママにやる気があればテニススクールは、直ぐにでも開業できるのです。
でもママは、現役時代のネームバリューを使って、テニスのコーチとしてスクール生を大勢集めたりして、儲けようとかの気があまりないみたいなのだ。
だから、うちはスクール生の募集もしてませんし、知り合いからコーチを頼まれたりしても、その場限りでしか教えなかったりして、本格的に教えるのは断っていたんですよ。
そう、今までは。
けして、ママがぼっちで、テニス界の中で浮いた存在ということではありませんよ?
たぶん。おそらく、きっと、めいびー。
浮いた存在というのは、ハム…… なんでもありません。
でも、彼女は半分腫れ物に近い扱いを受けている気がしないでもない。
周囲の人間が、彼女をどう扱って良いのか? そんなふうに計りかねているのだろうなぁ。とか想像してみる。
話がそれた。
ママが、優梨愛ちゃんを教えるというのは、なにか心境の変化があったのかな?