1 1-0 30-30 私の価値
「でも、環希はこれで小学生三冠かぁ」
「凄いでしょ!」
小学生三冠とは、全国選抜ジュニア12才以下の部、全国小学生テニス選手権大会、全日本ジュニア12才以下の部。これら三つの全国大会のことを指して、三冠と呼ぶのである。
正式な大会名称は、スポンサーの名前を冠していたりして、本当はもっと長ったらしい名前なんですけど、面倒だから割愛させてもらいますね。
それに、正式な名称は長くて言い難いので、誰も呼ばないしね。
私にも正式名称で呼んでほしければ、越後屋みたいに賄賂でも寄越すのだ。
「うん、マジであんた化け物だわ」
「人をバケモノみたいに言わないでよ」
「いやそのまんま、ばけものって言ったんだよ」
「優梨愛ちゃん、ひどい!」
私はこんなにも可愛いのに、失礼しちゃうよね。
まったくもう、ぷんすかぷんであります!
「いや、言葉は悪いけど本当にそうなんだよ」
「どういう意味で?」
「アンタ自分の価値を分かってないわね」
価値ねぇ。私はテニスのトップ選手になる価値があるし、またその能力も兼ね備えている。
……そのはずである。
でも、これを素で口に出したら、危ない人だと認定されてしまうよなぁ。
だから、これは口に出せない。
「これでも、テレビの取材も受けたし動画とかでも結構人気があるから、自分の価値は分かっているつもりだよ」
「動画の再生数が基準なの? お姉さんビックリだよ!」
「だめ?」
「テニスで考えなさいよ、テニスで」
「それもそうだった……」
どうも最近は、思考回路がユーチューバーの思考回路というのか、動画投稿者の目線になっていたようだ。
でも、再生数が伸びれば嬉しくなるのだから、仕方ないのだと言い訳しておきましょう。
「だって、考えてもみなさい。三冠なんて過去に数人しか達成してない偉業なんだよ?」
「それもそうだった……」
私にとって国内のジュニアの大会は、ただの通過点にしか過ぎない。
だから、三冠達成の意味を理解してなかったということでしたか。
「それも達成したのは全員六年生で、五年生では三冠を達成した子はいないの。
それなのに、それを環希は四年生の時点で達成したんだよ。この意味わかる?」
「あー、なるほどね」
こりゃあ、不味ったかな?
ようするに、私が活躍しすぎてしまったということだな。
でも、自重しないよ!
私のヴィクトリーロードは、もう既に走り始めているのだから!
そう、遥かなるウィンブルドンの空へ、と。
遥かなるウィンブルドンの空。うん、良い響きだ。
「ようやく理解したか。このポンコツめ」
「ポンコツって、優梨愛ちゃんヒドい!」
「ポンコツって愛され言葉なんだけどなぁ。お姉ちゃんは寂しいぞ」
ポンコツって愛され言葉なのか?
それこそ初耳で、こっちがビックリだよ。
「それよりも、優梨愛ちゃんの連敗記録の更新は、しばらくの間はお預けになりそうだね」
「話逸らしたし。というか、なんでお預けになるのよ? 私がアンタに勝つという予定はないわけ?」
「だって優梨愛ちゃん、来年から中学生だし、カテゴリーもU-14に移るんでしょ?」
「花のセーラー服かブレザーだじぇじぇじぇ! どうだ羨ましいだろ?」
あー、そっか。私も三年後には確実に、セーラー服かブレザーを着て登校しているのかー。
ちょっと想像つかないなぁ。
それに、あまり嬉しくないような? でも、少しは着てみたいような? だけど、制服のない中学校というのもなんだかなぁって気もするしね。
そんな乙女心が揺れ動いている微妙な時期なんですよ。一応は、思春期の入り口に差し掛かっている年頃だしね。
というか、私は今、何を思った……?
うん、この手の話題はやめておこうか。無限ループに陥りそうな気がするしね。
「だから、優梨愛ちゃんが中学生になるから、対戦は暫らくお預けなんだよ」
「んー? 素直に羨ましいと言いたまえ」
「ぜんぜん」
「環希は素直じゃないなぁ。でもお預け、それはないかな?」
いや? 素直に否定しましたやん。
というか、話が通じてない。それに、会話のキャッチボールができているようで、できてないような気がするのですけど?
それでも、会話になって成立しているのが、不思議な気がしないでもない。
といいますか、それはないとは、なんぞ?
「んんっ? なんで?」
「私、今月でSTCは辞めるから」
「やめる?」
優梨愛ちゃんも口が悪いですw