139話 骨は拾ってやる
思いのほか早く書けたのでうp
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出掛ける前に弾く今日の一曲は、スコット神のパイナップル・ラグであります。
ラグタイムって、その名のとおり音をほんの僅かずらすのですけど、これが結構難しいと感じる人もいるみたいなんですよね。
まあ、私の場合は楽譜至上主義ではありませんから、楽しく演奏できれば些細なことにはこだわらないので気にしないのですけどね!
しかし、プロの音楽家が聴いたら私が弾いているラグタイムも、ちゃんとしたラグタイムになっているのかは微妙なのかも知れません。
音楽の授業とかでは、よく「ショパンが何を意図して、ここをこうしたのか答えなさい」
とか、先生が質問してくるとかあると思うのですけど、そんな作曲家の感性に委ねられている曖昧な問題は、正しい答えなどないような気がします。
それこそ正しい答えは、ショパン本人にしか分かるはずないと思うのは私だけですかね?
音楽の先生はタイムトラベルをして、ショパン本人から答えを聞いたのかと小一時間問い詰めたい気分にさせられるよ。
ベートーヴェンなんて、ちゃんとした楽譜を書けなかったとか聞いた気もしますし、現代に伝わっているベートーヴェン作曲の曲を本人が聴いたら、「違う、そこはそうじゃない!」とか怒る可能性も無きにしも非ずですよね?
音楽というモノに固定の解答というのを当て嵌めてしまうと、その人が持っている感性を殺してしまうような気がしますね。
感じ方は人それぞれ違いがあってもいいじゃないの。
クラシックを最上のモノと考えている人たちは、どうも頭が固いように感じられてしまいます。
つまり、何が言いたいのかといいますと、感性とは人それぞれであり、弾いている本人が楽しければそれでいいのだ!
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さて、パイナップル・ラグを弾き終わって本日のエネルギーを充填完了。
「いってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」
朝の7時40分、小机駅。いつもの磯子行きの電車がホームに滑り込んできた。
最後尾の一番端のドアが開くと、ドアの端に優梨愛ちゃんの顔が見えた。
「優梨愛先輩、ごきげんよう」
「はい、おはようさん」
今日も優梨愛ちゃんは可愛いですね!
最近の優梨愛ちゃんは可愛いのは当たり前だけど、それに輪をかけて美人という風格も身に纏い始めたように思えます。
はっ!?
まさかとは思いますけど、もう既に優梨愛ちゃんは貫通済みで女になってしまったとか……?
でも、優梨愛ちゃんに男の影なんて微塵も感じられないのだから、きっと私の気のせいなのでしょうね。
……そうだと思いたい。
まあ、少女から大人の女性に近づいているからなんだろうね。
うん、おもに私の心の安寧のためにも、そう思っておきましょう。
それにしても夏休み前に比べて、なんだか電車内がガヤガヤと騒がしく感じられますね。
『おい、アレってテニスの庭野環希だろ?』
『ああ、あの……』
『山女の制服だからビンゴだな』
どうやら、反対側のドア付近にいる男子高校生の集団が私のことを噂しているみたいですね。
私も有名人になったものだ。
『テレビで見るよりも実物はもっと可愛いな』
『優梨愛先輩って聞こえたけど、それってダブルスの里田優梨愛のことだよな?』
『そういえば、もう一人の子は里田優梨愛だな』
『二人とも美人だな』
おまえら、地獄耳のたまきちゃんには全部聞こえてるぞ。
「優梨愛ちゃん、優梨愛ちゃん」
「ん、どったの?」
私は優梨愛ちゃんの耳元で小声で囁いてみることにした。
「なんか私たち噂されているみたいだよ」
「ダブルスの里田優梨愛とか聞こえたし、そうみたいだね」
どうやら優梨愛ちゃんも地獄耳だったみたいでした。
「優梨愛ちゃんのこと、可愛いとか美人とか言ってたよ」
「まあ、悪い気はしないわね。二人って聞こえたから環希もってことだよ」
「そうなんだけどさ」
優梨愛ちゃんは男子高校生に美人と言われて、まんざらでもないようで口角がニンマリとしているのが見て取れます。
本人はお澄ましている顔を作ってはいるつもりみたいですけど、私にはバレバレであります。
まあ、可愛いとか美人って言っているのだから悪い気はしないけど、なんとなくこそばゆいんだよね。
『おい、おまえ庭野のファンとか言ってたよな? チャンスだぞ』
『なんて声を掛ければいいのさ?』
『そんなの決まってんだろ、アレだよアレ』
『あー、例のアレね……』
例のアレ? 例のアレとはなんぞや?
『日本語で言うなら恥ずかしいけど、英語なら当たって砕けろの精神だな』
『骨は拾ってやるから、検討を祈る!』
ははーん、例のアレとはアレのことでしたか。
それに、骨は拾ってやるとか聞こえたけど、コイツら絶対に一人を玩具代わりの生贄にして、野次馬として外野から楽しみたいだけだよなぁ。
というか、本当にこっちに来るの? 満員とまではいかないけど、ほぼ満員電車の中なんだから他の乗客の迷惑も考えなさいってば。
「は、hello…」
私の前に現れたのは、どこにでも居そうでありきたりな感じがする、ごく普通の高校生の男の子でした。
まあ、挨拶をされたら返すのが礼儀ですし、無視するのもそれはそれで可哀想だから、一応は挨拶を返しておきましょうかね。
彼にしてみれば大勢の人がいる中で、なけなしの勇気を振り絞って私に声を掛けてきたはずですしね。
もしかしたら、チャラく軽いノリなのかも知れないけどさ。
「how do you do?」
日本語で、ごきげんようですね。つまり、私が山手女学院の生徒で通学途中だから、お嬢様風に言ってみました。
優梨愛ちゃんにもさっき日本語で、ごきげんようって挨拶したばかりだしね。
まあ、本当に英語圏のお嬢さまが、nice to meet youじゃなくて、how do you do? これで挨拶をしているのか? そこまでは知りませんけど。
それで、私に声を掛けてきた男の子ですけど、ブサイクでもなく、かといってイケメンでもない。顔面偏差値は中の中と、これまた特徴のない普通のお顔をしていますね。
すぐにでも忘れ去られてしまいそうな、なんの変哲もない平凡な顔とでもいえるでしょう。
うん、この平凡な顔は、たぶん私も三日と経たずに顔を思い出せなくなる自信があるわ。
「う、うぃ、Will you marry me?」
英語ならば、日本語で言うのが恥ずかしい言葉でも気軽に言える?
まあ、この男の子は英語でも噛んでますけど。
だが、あまーい!
そんな当たって砕けろの精神で、初めて会った相手に結婚を申し込むだなんて、なにを考えてやがりますかね?
ウィンブルドンでの例のヤツの模倣犯ですかそうですか。
「how many centimeters are you in?」
「え?」
「is there a cock that pleases me?」
「ぶっ!」
「ブッ!」
優梨愛ちゃんが吹き出してしまった。
ついでに、近くにいた外国人の女の人も吹き出してしまいました。
解せぬ。
でも、からかい半分で私に声を掛けてきた男子高校生は一瞬キョトンとしていましたので、ちゃんと通じていたのかどうかは怪しい感じがしますね。
manyとmoneyでは発音が違うのだから、ちゃんと聞き分けてくださいな。
あと、日本人が料理人のことをコックと言っている発音は、英語圏では男性器のスラングですので。
綴りも、cookとcockで違いますしね。
料理人のコックの発音は、どちらかというと日本語ではクックに近いですので、お間違いのないようにご注意して下さい。
ほら、よく料理に関連することで、クック○○とか言うじゃないですか?
「た、環希、アンタねー。なんて返し方をしてんのよ」
「でも、相性って大事だとか、よく言うじゃん」
体の相性が悪くて離婚したとか、よくありますもんね?
「知らないわよそんなこと」
「私も知らないよ?」
つまり、優梨愛ちゃんはまだ生娘ということが分かったのであります。
一安心といったところですね。
「その年でアンタが知っていたら逆に怖いわ……」
山女の同級生はどうか知らないけど、日本全体で見れば私の歳でも、一割か二割はもう既に経験済みのような気がしまっせ。
「私たちテニスのジュニア選手って男子との接点が少なすぎるもんね」
「男子といったら、同じ大会に出場するのジュニア選手だけだから、それは仕方ないわよ」
「おまけに私たちは女子校なんだから、なおさらだよ」
「環希もようやく興味を持つ年頃になったということか」
う~ん、私はべつに男子には興味ないはずだぞ?
どちらかというと、優梨愛ちゃんに変な虫が付くのを心配するぐらいには、女の子のほうに興味があるはずなのだ。たぶんだけど。
でも、今世の私の性別も優梨愛ちゃんと同じく女性なんだよなぁ。
だから……
あー、この話はヤメヤメ!
こういう問題は、なるようにしかならん。
時間が解決してくれることを祈りましょう。
「あの~」
む? この男子高校生はまだこの場に居たのでしたか。
そうか、話題が変な方向へと行ってしまったのは、コイツのせいでしたね。
「Please come again when you can speak Swahili」
「え?」
「ぶっ! な、なぜにスワヒリ……」
ちょ、優梨愛ちゃん、唾が飛んできたってば。
「スワヒリ語ならば、限りなく可能性は低いかな~?って」
「あ、あの……」
「Return is over there」
ごめんね? スワヒリ語が喋れるようになってから出直してくださいませ。
「え、えーと……」
「Please」
「あ、うん……」
私がビシッと指を指しながら笑顔でプリーズとお願いしたら、男の子はスゴスゴと退散して行きました。
スワヒリ語を習得する健闘を祈る!
「環希、アンタって子は容赦ないよね……」
「まあ、ちょっと可哀想な気もしないでもないけどね」
でも、これでいいのだ!
「Swahili…pup…」
外人のお姉さんはスワヒリがツボったのか、笑いをこらえるのに必死みたいですけど、私は無罪です。
といいますか、この白人のお姉さんは、もしかしたら黒人男性がお好き?
まあ、たくましくて大きいですもんね。あえてナニがとは申しませんけれども。
もしかしたら、日本語の含み笑いと同じく、ただ単に語尾が、「ぷぷっ」って漏れただけなのかも知れないけどさ。
でも、私にはpuppyと聞こえたような気がしないでもない。当然だけど、スラングのほうの意味において。
書き溜めがないので今度こそ次話は未定の予定…




