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132話 トハチェフスカヤって言い難くね?


『ちょっとタマキ、わたしの邪魔しないでよ!』


『アナスタシアこそ私の邪魔をしているんだよ!』



 現在、メリーランドのG1大会のダブルス決勝を戦っている途中です。

 私とペアを組む相方は、アナスタシア・トハチェフスカヤであります。



「とぅ」


『その掛け声は、気が抜けるから禁止』


『えー、ついつい声に出てしまうから無理』


『だぁ!』


『アナスタシアも、そのだぁっての五月蝿いから禁止ね』


『う、五月蝿い! わたしも声が勝手に出てしまうんだよ!』



『ゲーム、ニワノトハチェフスカヤ…… あなた達、もう少し静かにプレーしなさい』



『タマキのせいで審判に注意されたじゃないのよ!』


『私のせいじゃないってば! アナスタシアのせいだよ!』



『あなた達、次はポイントペナルティ与えるわよ?』



『すみませんでしたー!』


『き、気を付けます!』



 なんで、アナスタシアちゃんとダブルスのペアを組むことになったのかといいますと、話はフロリダで合宿をしていた時まで戻ります。




 ※※※※※※




『ふーん、ローランギャロスとウィンブルドンのジュニアチャンピオンでも、さすがに男子の元トップ100が相手では手も足も出なかったみたいね』



 真田さんとのストローク練習でくたばってしまい、木陰で休んでいるところで、私に声を掛けてきた人物がいました。

 私が顔を上げてみると、そこにはプラチナブロンドの髪をセミロングの長さで整え、初見では少し冷たそうな印象を人に与えるロシアン美女がたたずんでいました。



『あれ? アナスタシアじゃん。なんでこんな所に居るの?』


『なんでって、わたしはこのテニスアカデミーの所属なんだから、わたしが此処で練習しているのは当然じゃないのよ』


『へー、アナスタシアは、此処の所属だったんだぁ。知らなかったよ』



 そう、私たちが合宿を行っているフロリダのテニスアカデミーに、偶然にもアナスタシアが所属していたのですよね。

 でも、このテニスアカデミーの卒業生で、トップレベルで活躍しているプロの選手も大勢いることですし、将来有望なアナスタシアが此処の所属であったとしても、なんら不思議ではなかったのでしたか。



『わたしの方こそ、なんでタマキ・ニワノが此処に居るのか知りたいわよ』


『私はママのコネで合宿中なんだよ』


『コネ? ああ、マドカ・ニワノの人脈ということね』


『そういうことです』



 首をコテンと傾げるアナスタシアちゃんは、絵になって可愛らしいですね。



『母親がテニス界の大物だと、コネも使い放題って感じで羨ましいわ』


『でも、その分、周囲の期待というのか、プレッシャーが凄いんだよね』


『ああ、そういう問題も出てくるのか。親が偉大なテニス選手だったというのも良し悪しということね』



 嘘でーす。私に限っては、そんなプレッシャーは微塵も感じてはいなかったのでした。

 でも、私じゃなくて、これが普通の女子中学生が庭野まどかの娘であったのならば、母親の偉大さをプレッシャーに感じてしまって、精神的に押し潰されていたのかも知れませんよね?



『あ、そうだ。アナスタシアもメリーランドの大会には出場するんでしょ?』


『その予定にはなっているけど、それがどうしたの?』


『私とダブルスを一緒に組んでみない?』



 KGBのエージェントである、アナスタシアちゃん懐柔作戦の発動であります。



『あなたと?』


『うん! ITFのサイトでアナスタシアの過去の成績を見たけど、あまりダブルスには出場してないみたいだったから、こうして誘ってみました』


『そういうニワノだって、ほとんどダブルスには出てないじゃないのよ』



 アナスタシアも私のアクティビティはチェックしていましたか。

 やはり、KGBのエージェントは油断も隙もありませんね。侮れません。



『だから今回、アナスタシアを誘ったんだよ。あと、私のことはタマキでいいよ』


『タマキね、わかったわ。そういえばタマキは、わたしのことを馴れ馴れしくファーストネームで呼んでいたわね』


『アナスタシアのファミリーネームって思わず、トカレフとかトカチェフとか言いそうになるんだよね』


『わたしは拳銃か!』



 どうやらアナスタシアちゃんも、突っ込み属性持ちだったようですね。



『トハチェフスカヤって言い難いんだよね~』


『まあ、ロシア語の発音が言い難いのは否定しないけど』


『それで、ダブルスのことなんだけどさ、とりあえず、メリーランドの大会だけのお試しでもいいかな?』


『おためし?』


『全米オープンジュニアは、シングルス一本で勝負する予定だから』


『あー、そういうことね。わたしも全米オープンジュニアはタマキと同じつもりよ』



 ITFはジュニア選手にダブルスで腕を磨いて欲しいみたいなんだけど、シングルスを疎かにしてまでダブルスをやるのは、それはちょっと違うかなぁとかの思いもあるのですよね。

 べつにダブルスを馬鹿にしているわけではないのですけど、シングルスあってこそのテニスだと思いますので。


 け、けして、私がダブルスを苦手にしているからじゃないんだからね!


 しかし、技術を身に付けるには、ダブルスで腕を磨くのは上達の近道ではあるのですよね。

 ダブルスで勝つために必要な小技とかは、シングルスにも応用が効きますしね。



『でもまあ、メリーランドでタマキとお試しでダブルスを組むのも悪くはないわね』


『ありがとう! よろしくね!』


『こちらこそ、よろしくお願いするわ』



 私が差し出した左手を、アナスタシアちゃんが握ってくれました。

 よっしゃ! 愛jげふんげふん…… じゃなくて、ダブルスの相方げっちゅだぜ!


 とりあえず、来週のメリーランド大会だけの暫定コンビではありますけど。




 ※※※※※※




 そんな事がありまして、アナスタシアちゃんとペアを組むことになったのですけど、あと1ポイントで試合が終わってしまうところでしたね……

 対戦相手に多少手古摺ってゲームが縺れはしましたけど、これでとどめを刺して終わりにしましょう。



「どっせい!」



『ゲームセット! ニワノトハチェフスカヤ、5-7、7-6、15-13!』



「おっしゃー! 勝ったどー!」


『な、なんとか勝てたみたいね……』


「疲れたー!」


『日本語じゃなくて、わたしにも分かるように英語でしゃべりなさいよ』


『ん? ああ、ごめん。初めのは勝ったと言って、さっきのは疲れたって言ったんだよ』


『なるほど…って、あれだけ無駄にコートを動き回れば、そりゃ疲れもするわ』


『でも結果的には、アナスタシアちゃんと初めてペアを組んで優勝できたんだから、ノープロブレムだよね!』



 ダブルスでは普通、初めてコンビを組んだペアの場合、息が合わないとかの問題もあってなのか、普段の実力を発揮できないまま格下の相手に負けることも結構あるのですよね。

 そう、シングルスではランキング下位に甘んじている実力しかない選手が、ダブルスではシングルスでは絶対に敵わないであろう格上の選手を相手にして、ジャイアントキリングを簡単にやってのけてしまうのです。


 これがダブルスの難しいところだと思いますし、ダブルスの面白いところでもあるのですよね。


 しかし、私とアナスタシアちゃんの超実力者ペアは、初めてコンビを組んだ大会でも無事に優勝することができたのだから、問題ナッシングであります!



『まあ、それはそうなんだけどね。わたしも久しぶりにダブルスで優勝できたから嬉しいのは事実だわ』


『でも疲れたから、来週のカナダの大会はキャンセルすることにしたよ』


『問題大有りじゃないのよ!』


『えへへ』


『もしかして、タマキって実は馬鹿なんじゃないの?』



 馬鹿とは失礼な。勝負事とは、勝てば官軍なんだよ!


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