130話 My Fair Lady
「おおっ! 麗しの愛しきMy Fair Ladyマドカ! お久しぶりですネ!」
テニスアカデミーのコートで練習していたら、日本人のような日本人でないような独特の雰囲気を醸し出している、ちょっとハンサムだけど軽めの感じがする、三十路半ば頃の男性がママに声を掛けてきました。
「誰がアンタのマイフェアレディよ! 誰が!」
「日本語と英語で愛しいがダブってますしね」
最近、改めて思ったんだけど、麻生さんってツッコミ属性持ちだよね。
「おおっ! 麗しの愛しきMy Fair Ladyユリコもお久しぶりですネ!」
「貴方に会わなくて済むなら、それに越したことはなかったのですが」
「おー! アソーさんは相変わらずツンデレでーす」
最近、改めて思ったんだけど、麻生さんって結構毒舌な気がしますね。
それと、オジサン。麻生さんはデレてませんから。
「アンタには、一体何人のマイフェアレディがいるのよ…… まったく」
「世の中の女性でボクの気に入った女性は、全てボクのMy Fair Ladyデース!」
うん、この男は顔も軽い感じのする顔だったけど、どうやら中身も軽かったみたいでしたね。
ママは呆れているみたいですけど、いい歳をした中年の男女三人で漫才をやっているようにしか私には見えません。
それと、性格は顔に出るとかいいますし、私も気を付けねば。
ただでさえ私の場合は、勝気な猫系の顔ですので、きつい顔に見られがちですしね。
「あーはいはい。それで百合子に代わって、環希の新しい練習相手を探してきたから」
そう言ったママは親指を外に向ける仕草をして、軽めの感じがするオジサンを指差した。
というか、マイ・フェア・レディにスルーされてやんの、このオジサン。
といいますか、聞き捨てならない言葉がママの口から洩れたような?
「え、麻生さん辞めちゃうの?」
「百合子が環希のコーチ兼マネージャーなのはそのままだけど、環希の将来を考えたら男性のヒッティングパートナーは必ず必要になるわ」
「私では、そろそろ環希ちゃんの相手をするのがキツくなってきましたので」
あー、麻生さんが無理をしてくれて練習に付き合ってくれていると、それは私も薄々は理解していましたので、ここら辺が潮時だったのでしょう。
麻生さんも四捨五入したら間違いなく、げふんげふん。
「これからコイツを環希のヒッティングパートナーとして雇うから、サーキットを引き擦り回すわよ」
「マイケル・真田といいます。タマキちゃん、よろしくネ!」
「は、はぁ、こちらこそよろしくお願いします?」
「マイケルには、環希も小さい頃に二度ほど会ったことあるのよ」
へー、私が小さい頃にこのオジサンと会ったことがあるんだ。まったく覚えていないや。
でも、どこかで見たことがあるような、ないような……? なんかモヤモヤしますね。
うーむ、前世の記憶にも引っ掛かるような、引っ掛からないような……?
前世の記憶とはいっても、もう既に人間関係の記憶はかなり曖昧な記憶しか残っていないんだよなぁ。
それにしても、このマイケル・真田とかいう人は、真田という苗字と同じように、戦国武将の真田昌幸を若くしたような感じの人ですね。
「それで、真田さんのファミリーネームは日本人由来みたいですけど、日系アメリカ人なんですか?」
「日系アメリカ人でもあるし、ドイツ系アメリカ人でもあるし、あと他にも色々と混じっているヨ!」
「な、なるほど」
さすがは人種の坩堝である、アメリカといった感じでしょうか。
「具体的に言うと、ボクのお母さんのお母さんが日本人で、お母さんのお父さんがドイツ系のアメリカ人で、ボクのお父さんのお母さんがイラン人で、お父さんのお父さんがアメリカ人と日本人のハーフなんだよ」
日本語でおk。といいますか、真田さんはちゃんとした日本語を喋ってはいるけど、ごちゃごちゃと混血しすぎていて、わけがわからん。
というか、イタリア人の血は混じってなかったの? おかしいですね?
「ちなみにコイツ、こんなんでも遺伝子上は環希の父親になるから」
「は?」
「My Dear Daughter! ボクがタマキちゃんのパパです! よろしくネ!」
なん…です…と!?
えーと、つまり、私に流れている血の約1/8は日本人ではなかったということになるのでしょうか? 今日の今日まで知らなかったよ!
どおりで、私の顔って日本人にしては、なんとなくエキゾチックな感じが入っている顔だなぁ。とか思ってはいたんだけど、これで納得しました。
「ママ、そういうことはサラッと言わないで、もっと真面目な話として言うべき事案なんじゃないの?」
「だって、環希が自分の父親の事を私に全然聞いてこないから、あまり興味がないのかと思ってサラッと言っても大丈夫かなぁ?って」
それは空気を読んで、あえて聞かなかったんだよぉぉぉ!
「まあ、今まで父親はいなかったんだし、いまさら父親とか言われてもピンとこないのは確かだけどさぁ」
「遺伝子的に血が繋がっているだけで、べつにコイツを父親とか思わなくてもいいわよ。それにコイツ逃げて認知もしてないし、今更させないから」
「マドカさんもタマキちゃんもヒドいデース」
普通に考えたら、結構ヘビーな内容の気がするのですけど、そう思えないのはなぜなんでしょうね?
でも、娘の私から言わせれば、酷いのは真田さんの方だと思いますけど?
普通の思春期の小娘であったのならば、たぶんグレちゃいますよ。
私がたまたま、ちょっと普通の娘とは違ったから良かっただけの気がしますね。
そうでなければ、修羅場とかじゃないでしょうか?
「それにしても、ママって面食いだったんだね」
「面食いって、そんなことないわよ。たぶん……」
「真田さんと結婚とか、よりを戻すとかはしないの?」
昔の恋人に再会したら、焼け木杭に火がつくとかありますもんね。
「おー! タマキちゃん、それはナイスアイデアですネ!」
「こんな百合子にまで手を出した浮気性の男とは結婚なんてしないわよ!」
「あ、麻生さんも食べられちゃったんだ……」
ママが珍しく荒ぶってますね。どうやらママに結婚の二文字は禁句だったみたいです。
それにしても、ママだけでなく麻生さんまでとは…… 実に羨まけしからん話ですな。
「誤解なきように言っておきますと、私の場合は未遂でしたので」
「五回も六回も一緒よ! どれだけちょん切ってやろうかと思ったことやら」
「おー! それは勘弁してくださいアル!」
うん、その股間を押さえる仕草をするのは、私も元男だったからその気持ちは分かるよ。
それよりも、真田さんの日本語って実はネイティブなんじゃね?
「それにコイツは金遣いも荒いから、コイツと結婚なんかしたら庭野家の財産を食い潰されるわよ。環希はそれでもいいの?」
「そ、それは勘弁して欲しいかな……」
つまり、真田さんは顔だけ良いチャラ男くんだったみたいでした。
つまり、ママは面食い&年下好き&ダメンズ好きで、ファイナルアンサーということで確定であります。
でも、真田さんと一緒にならなかったのだから、ダメンズ好きとまでは言わないのかな?
あと、ケチなママと浪費家の真田さんとでは、価値観が合わなかったのでしょうね。
「女好きで浮気性のマイケルでも、さすがに実の娘には手を出さないでしょうから、環希とサーキットを一緒に廻るのにマイケルは都合が良い男なのよ」
「なるほどね。でも、それじゃあ一緒に行動する麻生さんは大丈夫なの?」
まあ、べつに麻生さんが食べられてしまったとしても、それはそれで大人の事情なのだから、私には関係ない気もするのですがね。
「昔、返り討ちにしましたので、その記憶が残っているなら大丈夫でしょう」
「あ、あはは…… 外で発散するから大丈夫デス!」
真田さん、顔が引き攣ってまんがな。よほど手痛いしっぺ返しを食らったようですね。
どうやら、麻生さんを食べるには死線を掻い潜る勇気と度胸が必要だったみたいでした。
「ちなみに、真田さんの実績は?」
「チャレンジャーと250は優勝したことあるヨ!」
ATPの250で優勝とは、真田さんって結構凄かったんですね。
見た目は軽そうだけど、テニスの腕を認めるのはやぶさかではない感じがします。
「グランドスラムの出場経験は?」
「最高でR32まで行けたヨ!」
グランドスラムで三回戦まで勝ち進んだ実績があるとは驚きましたね。前世の私よりも実力は上ということでしたか。私はグランドスラムの本戦では初戦敗退ばかりだったもんなぁ。なぜか対戦相手は思い出せないけどね。
もう前世は関係ないのだけれど、なんかちょっとだけ悔しい。
「マイケルはチャラいけど、そこそこの実力はあるのよね……」
「実力がなければ、こんな女癖の悪い男をわざわざ環希ちゃんの練習相手には選びません」
そのママの溜息を吐く気持ちと、麻生さんの毒を吐く気持ちは理解できるよ。
でも、ママも真田さんのことをチャラ男くんだとは認めていたんだね。
訂正します。やっぱママにはダメンズウォーカーの素質があるわ。
それにしても、真田さんと私が血の繋がった親子と言われても、どうもピンときませんね。
なにはともあれ、男のヒッティングパートナーげっちゅだぜ!
「環希ってお父さんいたんだ……」
「ちょいワル親父みたいで、ちょっとカッコイイかもー」
「萌香さん、男の趣味悪いって言われますよ……」
なんか適当に書いていたら、ヘンな人物が登場してしまった…