1 1-0 15-15 とあるスポーツメーカーにて
台本形式をやってしまった…
「ただいま戻りました」
「おう、ご苦労さん。川崎ジュニアの12才以下はどうだった? やはり、里田か?」
「里田優梨愛は決勝で負けました」
「負けた? G4の大会で、里田優梨愛が敗れた?」
「ええ、負けましたよ」
「里田は五年生ながら、今年の全日本ジュニアでベスト4まで進んだんだぞ」
「でも、負けました」
「U-13選抜ジュニアでも中学生相手に6位に入ってるんだぞ?」
「でも、その里田優梨愛が負けたのは事実ですよ」
「……で、勝ったニューカマーは誰なんだ」
「庭野環希です」
「庭野? あの、庭野まどかの子供が勝ったのか?」
「はい、庭野選手の娘さんの庭野環希ちゃんです」
「だけど、あの子はまだ確か……」
「三年生ですね」
「そうだよな。しかし、三年生で里田優梨愛に勝てるものなのか?」
「事実、勝ちましたから」
「君がそう言うのであれば、そうなんだろうな」
「課長、あの子なんなんです?」
「俺が知るかよ」
「いくら、母親が元トップ選手だったからといって、小学校三年でアレはおかしいですよ」
「いや、だから俺が知るかよ」
「アレはちょっと異常ですね」
「お、おう……」
「私と致しましては、庭野環希選手とはラケットやウェア等、我が社がサポートできる範囲において、総括的な契約を結ぶべきかと提案します」
「だが、まだ小学三年生だぞ」
「課長は、時期尚早だと?」
「ああ、いくらなんでもまだ少し早いんじゃないかな」
「様子を見てからにしろと?」
「そういうことだな。用具の提供だってタダではないんだ。うちの持ち出しなんだし」
「庭野選手の現役時代の縁で、ラケットの無償提供だけでも」
「母親は母親、娘は娘。けじめは必要だぞ」
「あの庭野まどかの娘なんですよ?」
「それでもだ」
「それでは、ライバル他社に先を越されてしまいます!」
「それ程までの逸材なのか? 母親が凄かったのは知っているけど、親子とはいえ別人だぞ」
「百聞は一見に如かず。ビデオを見れば、彼女の凄さが理解できますよ」
「ビデオに録画していたなんて、用意がいいな」
「まあ、決勝でしたし、一応のつもりで撮ったのが助かりました」
「一応は見るけど、そんなにも凄いのか?」
「一言で言えば、なんだコレ?とか、誰だコイツは?って感じです」
ビデオ再生中……
「……なんだコイツは?」
「どうでした? 凄いでしょ!」
「ありえん…… これなら、里田優梨愛が負けたのも頷ける」
「里田優梨愛は強いですよ。しかし、今回は相手が悪すぎました」
「そうだろうな。しかし、あのラケットの持ち替えはなんだ? 庭野環希は両利きなのか?」
「あのダウンザラインなんて、まさに芸術ですよね!」
「それもそうだが、問題はこっちだ。こっちの方が難易度が高いと思うぞ」
「どれのことです?」
「このバックのダウンザラインだよ。顔が明後日の方を向いているのに、あっさりと決めている」
「……本当だ。ラケットの持ち替えばかりに目を奪われてましたけど、これは化け物ですね」
「コイツ、本当に小学三年生なのか? 信じられんぞ」
「もう既に三年生の時点で、技術的には完成されていますね」
「しかしだな、完成されているという事は悪く言えば、早熟の天才で伸びしろがないとも捉えれるのだが? しかも両利きだ」
「この映像を見ても課長は、この子が将来活躍できないと本気で思っているのですか?」
「いや、その他大勢の中に埋もれるのは想像できんな。逆にグランドスラムを取れるかも知れん」
「ですよねー」
「カエルの子はカエルってことか」
「課長、その諺はあまり良い意味では使いませんよ」
「そうなのか?」
「ええ、凡人の子は所詮は凡人って意味で使う場合が多いかと」
「ふーん、そうだったのか」
「人を褒める諺って意外と少ないんですよ。私には思い浮かびませんね」
「俺にもさっぱりだ」
「強いて言うのであれば、親子鷹とかでしょうか?」
「親子鷹ねえ。だけどそれって、諺なのか?」
「微妙ですね……」
「鷹の子は鷹」
「課長、そんな諺はありません」
「トンビが鷹を産む」
「違います。課長、それっておもっくそ、庭野さんに失礼ですよ」
「あー! そんなことよりも、庭野まどかの娘と契約を結ぶぞ!」
「よろしいのですか?」
「青田刈りでも、母親が庭野まどかなんだから、他の子供よりは可能性があるだろ」
「課長、それを言うのなら、青田買いです」
「些細なことだろ」
「人前で恥を掻くのは課長なんですよ。私はそれを正してあげているだけです」
「おまえ容赦ないなぁ」
「部下としては、上司にはちゃんとしていて欲しいものですから」
「……部長には俺から話を通しておく」
「庭野さんも、現役時代には我がコメックスと契約していましたし、話はしやすいでしょう」
「頼むよ」
「ところで、母親である庭野さんとは、如何いたしますか?」
「如何いたしますとは?」
「我が社と庭野さんとは、今はアドバイザー契約だけしかしてませんよ」
「アドバイザー契約していれば十分だろ?」
「課長は今年の全米オープンの決勝を見てなかったのですか?」
「見ていたけど?」
「選手が契約でアディバスのウェアを着用しているのに、その選手の関係者がナイケのTシャツを着ているのに違和感を覚えませんでしたか?」
「そう言われてみると、セミファイナルでは渡貫の関係者は全員、日華食品のTシャツを着ていたな」
「渡貫選手の所属は日華食品ですからね」
「でも、それはそういう契約だからだろ?」
「そうでしょうね。スタッフ関係者一同、着用する契約になっていたのでしょう」
「で、決勝の件の選手は、アディバスとは選手個人のみの契約で、関係者は含まれてなかったと?」
「おそらくは。だから、関係者は自由にナイケのTシャツを着れた、と」
「契約してないのだったら、何を着ようが個人の自由だからな」
「それはそうですけど、選手がウィナーを取ったり好プレーをする度に、その都度、そのナイケのTシャツは何回も繰り返しテレビで流されて、ひっじょーに非常に目立っていましたね」
「なるほど。これを庭野親子に当て嵌めてみると、庭野環希が我がコメックスのウェアを着てプレイしているのに…… つまり、そういうことだな?」
「はい、そういうことです。サポートスタッフや関係者が、ナイケやアディバスのTシャツやウェアを着ていても、問題ないのかって話です」
「それは問題だとは思うけど、しかしそれは少し了見が狭いとも言える」
「我が社の管理職とは思えない発言に聞こえますが?」
「庭野まどかと我が社は、アドバイザー契約を結んでいるからそれはないだろ」
「アドバイザー契約には、日常におけるウェア着用の義務はありません」
「つまり、アドバイザー契約だけだと、イベントの出演の時とかだけだと?」
「そうなりますね」
「しかし、我が社とアドバイザー契約は結んでいるのだから、同業他社のロゴの入った服など着ないだろ」
「それは希望的観測にしか過ぎないのでは?」
「契約を結んでいるのだから、彼女も遠慮するはずだろ」
「課長は甘いです。契約とは、契約内容を遵守しなければならない反面、契約に書かれていない事までは、あえて義理立てする必要はないのですから」
「お、おう」
「義理だとか人情だとか、そんな浪花節が通用するのは日本人だけです」
「庭野まどかも日本人なのだが?」
「世界を股に掛けて活躍した、トップ選手のメンタルが日本人の訳ないですよ」
「それは、そうかも知れないな」
「私がナイケの担当者だったら、娘さんが活躍し出したら直ぐにでも、庭野さんにオファーを持ち掛けますね」
「アグレッシブだな」
「もしかしたら、もう既に目を付けられてしまったかも知れません。事実、ジュニアの下部大会とはいえ、12才以下の大会で9才の子が優勝してしまったのですから。しかも、母親は庭野まどか。これでは、見逃せといっても無理ですよ」
「それは不味いぞ」
「それに案外、決勝でのTシャツの件はナイケと契約していたのかも知れませんよ?」
「そこまでするか?」
「ええ、テレビへの露出が露骨でしたから。日本の企業と違って外国の企業はやるのでしょうね」
「商売に貪欲過ぎるな……」
「イメージ戦略と言って下さい」
「ふーむ、イメージ戦略ねえ」
「将来、庭野環希選手が活躍をすればするほど、母親である庭野さんの露出も増える訳です。元々がダブルスの世界ランキング一位だったのですから余計とですね」
「我が社と契約を結んでいる庭野環希は、コメックスのウェアを着用してるのに、その母親は、何を着ているのかということか……」
「母親である庭野まどかが、ナイケのTシャツを着ている可能性もあり得るのですよ。その可能性は排除しなければ、我が社にとっての損失になります」
「ライバルである同業他社のロゴが入ったウェアが、テレビで繰り返し流されるのは癪ではあるな」
「はい。庭野さんには、スリッグソンやナイケのウェアを着て欲しくはないですね」
「庭野環希と契約をするとなると、娘の代わりに母親と契約するのだから、庭野まどかとも契約し直さなければ、やはり不味いのかぁ」
「非常に不味いですね」
「じゃあやっぱり、母娘のセットでということか」
「契約は別々になるでしょうけど、まあセットといえばセットですね」
「わかった。なんとしても、ナイケやアディバス、スリッグソンに取られる前に囲い込め!」
「了解しました」
台本形式は書くのは楽しいけど、話が明後日の方向に進んだりもするw