1 1-0 0-15 里田優梨愛
なんで、あの角度からバックでダウンザラインに返せるのよ?
普通は、あの角度からだと、クロスにリターンするのが普通で、頑張ってもデュースサイドのセンターライン寄りの半分に返すのが精々でしょーが!
ただでさえ、バックのダウンザラインは難しいのに、なんで三年生があんなにも簡単そうにやっているのよ!
さっきの左片手フォアハンドからの、これまたダウンザラインでのリターンエースを決めたことといい、小学生のレベルでやっていいプレイじゃないでしょ?
いくら私が真似してやろうとしたって出来ないプレーだよ。
まったくもって、理不尽だわ。
なんでサイドライン際に返せるのよ!
どうなってんのよあの娘の手首は?
まだ三年生だから、手首が柔らかいとか?
んな馬鹿なことがあるか!
しかも、両利きだなんて、そんなの聞いてないよ……
私は四年生になってから、神奈川県に引っ越してきたから、こっちのキッズ大会には数えるほどしか出場していないのだ。
だから、こんなにもテニスが上手い子が、神奈川県の三年生にいるだなんて知らなかった。
もし、神奈川県のキッズ大会に私がもっと出場していたのならば、きっとこの子の噂は耳に入っていただろうし、きっと対戦もしていただろう。
そしたら、この子が両利きだという情報も知っていたはずなのに。もっとも、知っていたとしても、どうこうなったかは疑問ではあるのだけれど。
そう、プレーの途中で利き手を変えてくる相手なんて、どうやって対処すればいいのよ?
そんな相手なんか、今までに対戦したことなんてないんだから、対処のしようがないじゃない!
あんな凄いリターン、プロの中でもほんの一握りのトッププロしか出来ないような技じゃないの?
そうそれこそ、ランキングトップ10とかに入る選手とかが、偶に見せるアレと同じだ。
信じられない……
これでも私だって、天才テニス少女とか持て囃されて、テレビが取材に来てくれたこともあるのだ。
神奈川放送のローカル番組だったけどさ。
でも、私はなんちゃって天才テニス少女だったみたいだ。
今年の夏には、五年生ながら全日本ジュニアでベスト4まで進出したのも少しは自慢の種だったのに、その自慢と自信は三年生の女の子によって、ボロボロにされてしまったのだから。
本当の天才とは、この子みたいな人間のことを言うのだろうなぁとか、思わず遠い目をしそうになってしまったよ。
天才って本当にいるんだなぁ、と。
つくづく、理不尽な存在だわ。
この子のおかげで、私のメンタルはボロボロにされてしまった。
あとは、ダブルフォルトやら、アンフォーストエラーとか量産してからの自滅。
途中から手を抜いたプレーまでされてしまっただなんて、屈辱だわ。
それにしても、コートの外で対戦相手の母親らしき人が試合を観戦しているのだけど、あの人って庭野まどかだよね?
なんか、大会の関係者の大人がペコペコ頭を下げているし、庭野まどかで間違いないわ。
この対戦相手の子の名前も庭野なんだから、おそらく庭野まどかがこの子の母親なんだろうな。
カエルの子はカエルってことなのかしら?
でもこれって、褒め言葉のようで褒め言葉じゃないような?
……褒め言葉が見つからないわ。
この子を目標にして、練習をして技術を磨いて行こう。
だって、この子は間違いなく世界で活躍できるほどの逸材なんだから。
この子だったら、もしかしなくてもグランドスラムですら優勝しちゃいそうな気がするしね。
それほどまでに、レベルが違いすぎるのだから。
この感覚は、この子と対戦した人にしか分からない感覚なんだろうなぁ。
そしていつかは追い付いて、そして追い越してみせる!
追い越せれたらいいなぁ……
その前に、追い付くだけでも苦労しそうだけど。
追い付けるのかな? 追い付けたらいいなぁ……
それに、この子とダブルスを組めれば、世界でも活躍できるのは間違いないのだから、ダブルスを組めたらいいな。
だから、今のうちから仲良くなっておくことは、私にとっても損ではないよね?
これが、この子が一つ下の四年生だったら、また違った感情が芽生えていた気もするけど。
一つだけ年下の子が実力者だった場合には、「年下の癖に生意気!」とか思えてしまって、素直にその実力を認められないとか、嫉妬の気持ちが先走ってしまう気がする。ほぼ確実に。
二つ下だと、妹が背伸びして頑張っているような微笑ましさがあってなのか、あまり嫉妬の感情が芽生えないのだ。不思議だよね?
私には妹なんていないし、さっきまで嫉妬していたのだから、言っていることも違う気もするけど、感情なんてそんなものだ。
だから、この子が三年生で助かったのかな?
それに、この子チョロそうだから、ちょっと煽てて持ち上げればイチコロの気がするし。
爽やかな笑顔を振り撒こう。
うん、スマイルスマイル。
頑張れ、優梨愛!
「環希ちゃん、優勝おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「それで、あなたのお母さんは、あの庭野選手なんだよね?」
「はい、そうですけど?」
やっぱりそうだったのか。血は争えないってことなのかな?
少しばかりそのDNAが羨ましく思えてしまって、思わず嫉妬しそうになるよ。
「お母さんも凄いテニスプレイヤーだったけど、あなたも凄い選手になりそうだね」
「えへへ、そうかなぁ?」
「うん、絶対に凄い選手になれるよ」
「て、照れるなぁ」
うん、環希ちゃんは思っていたとおりに、チョロかった。
「あとで、お母さんのサインを貰いに行ってもいいかな?」
ごますり、ゴマすり、胡麻擂りっと。
でも、庭野まどかのサインが欲しいのは本当だしね!
「それぐらいなら、喜んで!」
「あはは、サインするのはお母さんでしょ」
「あ、そうでしたね!」
でもこれって、打算的だよなぁ。少しばかり自己嫌悪に陥るわー。
優梨愛ちゃんは黒かった…