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2 0-2 0-40 東京~パリ、とあるスポーツメーカーの電話


 Prrrr……



『もしもし?』


「おう、お疲れさん。いま大丈夫か?」


『はい、大丈夫ですよ』


「庭野との契約更新の手応えはどうだった?」


『ダメですね。いまはローラン・ギャロスに集中したいと、にべもない返事でしたよ』


「なんの為に、わざわざ君をパリまで派遣したと思っているんだ」


『ローラン・ギャロス期間中での我が社の営業ですよね?』


「観光でパリに来たんじゃないと分かっているなら、一つ頼むよ」


『選手関係者への営業は、大会期間中は逆効果ですよ』


「そうなのか? しかし、それではライバルに唾を付けられてしまうだろ」


『同業他社も条件は同じですよ』


「ライバルを出し抜くためにも、粉をかけるとか色々とあるだろ」


『それでしたら、私よりも課長が営業した方が良かったのでは?』


「ん? なんでそうなるんだ?」


『チームマドカは女所帯ですので、粉をかけるのでしたら私では不適任かと』


「それは言葉の綾だよ、綾」


『むしろ、今シーズンまで契約をしている我が社のほうが有利なのだから、先方さんの機嫌を損ねるような真似は慎んだほうが良いかと愚考します』


「むむむ…… 君が言わんとする所は分からないでもないが」


『私の言い分では、同業他社に先を越されると?』


「現に庭野は決勝まで勝ち進んでいるんだし、未来の女王の座は約束されたも同然じゃないのか」


『そうですね』


「だからこそ、ライバルに先んじて何がなんでも来年以降の契約の更新をだな……」


『今年と来年とでは、庭野環希の市場価値は十倍以上変わる』


「ん? 誰の言葉なんだ、それは?」


『麻生さんです』


「あの麻生百合子か?」


『その麻生百合子さんで正解です』


「しかし庭野環希の価値が、いきなり十倍以上に跳ね上がるモノなのか? まだ庭野環希は13歳のジュニアなんだぞ?」


『そんなんだから課長は、部長に上がれないで万年課長どまりのままなんですよ』


「おまえ容赦ないよな……」


『事実ですから』


「上がつっかえてるんだよ。部長が役員になるか定年で退職でもしてくれないと、俺は上には上がれないの」


『オマケに奥さんには逃げられるし』


「それは君との連帯責任でだな……」


『酔った私に手を出したのは課長ですよ?』


「それは君があまりにも魅力的だったから、不可抗力というヤツでな?」


『その後も、何かにつけてズルズルと続いたじゃないですか』


「断らなかった君にも責任はあるんじゃないの? 嫌なら断ればいいんだしさ」


『それはまあ、そうなんですけど…… でもこうなったら、課長に責任を取ってもらいますから』


「お、おう」


『私も来年で三十の大台なんですよ? 私も結婚ぐらいしたいですよ』


「バツイチの俺でもいいのか?」


『私が居ないと、課長の部屋はゴミ屋敷になりそうですので』


「そこまで酷くはないぞ」


『私に言わせれば、かなりヒドかったですよ。だから、バツイチの課長で妥協して結婚してあげます』


「お、おう…… つーか、それって逆プロポーズなの?」


『こうでも言わないと、ヘタレな課長からは言ってくれそうにありませんし』


「おまえ容赦ないよな……」


『それに、もう既に課長は私から逃げられませんよ?』


「そ、それってどういう意味で……」


『先月からきてないんですよねー。アレが』


「アレって、まさか……」


『そのまさかみたいですねー』


「馬鹿野郎! 妊娠が分かっていたのに海外出張に行ったのか!」


『馬鹿野郎とは失礼な。まだ産婦人科にも行ってませんし、妊娠が確実に判明したわけではありませんよ』


「そ、そうか、怒鳴ったりしてすまなかった」


『日本に帰国したら産婦人科に行きますので、ちゃんと責任は取って下さいよ?』


「ちゃんと責任は取るよ」


『その言葉を聞けて安心しました』






「それで、なんの話だったっけ?」


『あー、そうそう、庭野選手との来シーズンの契約ですけど、先方が言うには秋まで待って欲しいそうです』


「秋? 全米オープンジュニアが終わるまでということか?」


『それか、スーパージュニアかジュニアマスターズまででしょうか』


「しかし、なんで秋なんだ?」


『つまり、ジュニアグランドスラムを連続して優勝できると、そう先方は踏んでいるのでしょうね』


「そういうことか。ここで、市場価値が十倍以上の話に繋がるのか」


『そういうことですね』


「しかし、えらく強気だな」


『ここまで公式戦で無敗、ジュニアで敵なしとくれば、誰だって強気になるのでは?』


「それはまあ、そうなるのもやむを得ないか」


『そもそも来年以降の契約は、ラケット、ウェア、シューズ、これら全部をひっくるめて、六百万で契約してくれた昨年のようには行きませんよ』


「そこをなんとか値切って契約を更新してもらうのが、君に与えられた役割ではないのかね?」


『私には無理ですので、課長が直接交渉して下さい』


「ちょ、おまっ」


『おそらく来年に庭野環希は、早くもプロに転向すると思いますよ』


「その情報は何処から出た?」


『私の予感です。といいますか、もう既にウチから契約料を貰っているのだから、実質的にはもうプロみたいなモノでしたね』


「なんだ、おまえの勘かよ」


『なんだとは、課長も失礼ですね。これでも私の勘はそこそこ鋭いんですよ』


「あーはいはい。それで、その女の勘とやらは当てになるのか?」


『環希ちゃんにはジュニアで敵がいませんから、14歳になる来年は早々にITFプロサーキットにも出場するのが自然な流れでしょう』


「まあ実質的には公式戦無敗だし、それはそうなんだが、だったら尚更のこと契約の更新をして貰わなければ」


『課長、私は言いましたよね?』


「なにをだ?」


『大会期間中はアポの約束を取り付けるだけで、契約の話は庭野さんが帰国してからの方が良いって、ちゃんと私は出張する前に進言しましたよ』


「もう既に、先方は気分を害したのか?」


『そこまで心証を害してはいないと思いますけど』


「そうか、それは良かった」


『ただ、麻生さんのガードが固い感じは受けました』


「庭野まどかではなくて、麻生百合子?」


『まどかさんよりも、麻生百合子を攻め落とさなければダメな気がします』


「またなんで、麻生百合子なんだ? 彼女はマネージャーみたいなモノだろ?」


『彼女がチームマドカのキーマンですよ』


「それほどまでにか」


『ええ、庭野さんにも随分信頼されているようですよ』


「現役時代からの長い付き合いだから、庭野まどかから信頼もされるか」


『そうなりますね』


「麻生百合子を口説き落とさなければ、庭野まどかも首を縦には振らないということか」


『そういうことです』


「麻生百合子って堅物だったよな?」


『堅物で通ってますけど、プライベートでは違うと思いますよ』


「俺たちが相手にする場合は、外行きの仮面を被っているだろ」


『まあ、そうですけど』


「ダメじゃん」


『ただ、一つだけ朗報があります』


「朗報?」


『はい、朗報だと思いますよ。ラケットに関して言えば、これからも余程の事がない限りは、コメックスを使い続けてくれる可能性が極めて高いかと』


「それはありがたい話だが、その話にウェアとシューズは入ってないのか?」


『おそらく来年はウェアとシューズの契約も、まだ大丈夫だと思いますけど、将来にわたって我が社が庭野選手との包括契約を続けた場合、その契約料をウチが払えるとでも?』


「それは、どういう意味でだ?」


『ウェアとシューズの契約も継続出来るのなら、それに越したことはありませんけど、ウチの売上高はテニス部門に限って言えば、五百億程度なんですよ? 課長はウチが五億や十億とかの金額を契約料としてホイホイと払えると思いますか?』


「頑張れば五億は役員会議を通るかも知れんが、十億は無理だろうな……」


『シニアのグランドスラムで優勝でもすれば、仮に十億で契約が纏まれば、安い買い物とか言われるようになると思いますよ』


「しかし、そんなにも庭野のスポンサー契約料の相場は高騰するのか?」


『高騰するでしょうね。テニスでも男子では、エンドースメント契約料を複数社から貰っている選手の場合は、最高で年収一億ドル以上にもなるのですから』


「それはまあ、そのとおりなんだけど、なんか納得がいかない」


『欧米ではスポーツは、ショービジネスですからね』


「まったく、サラリーマンとして安月給で働いている、こっちの身にもなってもらいたいよ。こちとら、東証一部上場企業の課長。勤続二十年で年収一千万に届かないんだぞ」


『ふふ、勤労意欲が削がれますか?』


「ガリガリと削がれるね」


『課長の気持ちも多少は解りますけど、プロのスポーツ選手は夢を売るのが仕事ですから、そのアスリートの年収がサラリーマンと同等なのは、いかがなものかと?』


「それはまあ、分かってはいるけどさぁ」


『それで話を戻しますけど、近い将来において、ウェアとシューズはウチが払えない金額にまで高騰するのであれば、すっぱり諦めましょう』


「すんなりと諦めるのか?」


『我が社が単独で払えるとでも? 市場原理は残酷ですよ』


「そうだったな……」


『将来、相場が高騰したとしても、ラケットだけなら二億や三億とかで契約してもらえるかも知れませんし』


「ラケットだけでも死守するということか」


『ラケットが一番利幅が大きいですからね。それに我が社だけで独占すれば、他社からのやっかみも受けますので』


「まるで談合みたいだな」


『パイを奪い合うのではなく、仲良く切り分けて美味しく頂きましょうということです』


「おまえ、いつから保守的な思考になったんだ?」


『女は子供が出来ると保守的になるんですよ。あ! 決勝が始まりますので切りますね。それじゃあ詳しい報告は帰国してからということで!』



「あ、おい、まだ話は終わって……


 ……チクショウ! アイツ上司との電話を勝手に切りやがった!


 はぁ~、俺もズムズムでも見るか……」


そういえば、バフってオールヨネだけど500万ドルぐらいなのかな?

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[一言] マジこいつ無能だよな。 死ねばいいのに
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