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夢見て叫んで引っ越して

ジュー、と焼けるような音で目が覚めた……朝だ。

起きて布団を畳んでいると、キッチンからおじさんが出てきた。手にはご飯と焼いた魚のお皿を持っている。

「おはよう。って、布団畳んでくれたの?」

「はい。もう帰るので、せめて」

「……あー、なるほど」

おじさんは苦笑いを浮かべてお皿を並べていく。

「そうは言ってもお腹空いたでしょ?食べていきなよ」

「いえ、だいじょ、」

ぐぅるる〜〜。

「……………」

「……朝ご飯にしよう」

「……はい」

朝ご飯は鮭とご飯。こんなふうにお菜付きでご飯を食べたのは学校の給食以来かもしれない。

「……あ、面白そう」

おじさんは箸を止めてテレビを観ていた。画面には、童話に出てきそうな白いお城が映っている。ときどき水しぶきが上がって、楽しそうな歓声が聞こえる。

「あれ、なんですか?」

「興味ある?」

聞くと、おじさんはニヤッと笑った。

「……まあ、なくはない、ですけど……」

テレビから、また歓声が聞こえてくる。つられて目が動いたのをおじさんは見逃さなかった。

「これ行ってみない?」

「え、でも帰らないと……」

「大丈夫。遊んでからでも十分間に合うよ。なんなら家まで送ってくし。ここから家までの道順とか、分からないでしょ」

「でも……」

ーーこの盛り上がりをご覧下さい!みなさんとても楽しそうでーーキャーッ!

ああもう、このテレビどうにかなんないかな。ついつい目で追ってしまう。

「楽しそうだし、行ってみようよ」

おじさんが追い打ちをかけてくる。

行くわけには……楽しそうだけど……行ったら帰れなくなりそうだし……けど今日行かなかったら一生行けない……でも……でも……。


結局、行くことになった。テレビの誘惑に勝てなかった。

車で走って一時間半。しばらく高速道路を走っていたけど、ついさっき普通の道に戻った。もうすぐらしい。

「さっきテレビでやってたのって、かなり有名な所なんだけど、行ったことないんだ?」

「ないです」

「そっか。なら楽しみにしておくといいよ。特に女の子には人気なんだ」

そう言われても、なにがあるのかはよく分からない。そもそも、みんなはどんなのが好きなんだろう。

「もうそろそろ城とかが見えてくるんじゃないかな」

「え、どこですか?」

ガラス越しにテレビで観たお城を探す。と、上をなにか走っている。

「あれなんですか?」

道路の上に橋が架かっていて、その上を電車みたいなものがゆっくりと走っていた。車はすぐに追い越して、それはうしろに遠ざかっていく。

「あれはモノレールっていって、まあ電車の一種みたいなものかな。行き先は僕たちと一緒なはずだよ」

「なんで電車じゃなくて、モノレールが走ってるんですか?」

「うーん、なんでだろう。地上じゃ電車を走らせるスペースがなかったからかな……お、見えてきたよ。ほら、あそこ」

おじさんの指差す先には確かに白いお城があった。その隣には火山みたいな山もある。テレビで観たそのままだ。

車は加速して、すぐに火山の麓についた。シートベルトを外すのももどかしく車を降りる。

ぶわっと、強い風が吹いた。ワンピースの裾を押さえる。

「ここは海沿いだから、陸風が……海風だっけ?とにかく風が強いんだよ。スカートとか気をつけてね」

「は、はい……わっ!」

ぶわっ。風が吹きつける。裾がはためいてパタパタと音を立てた。

少し歩くとゲートがあって、そこでお城がプリントされたパスポートをもらった。腕に謎の透明なスタンプを捺してもらってゲートをくぐる。

「うわぁ……」

壮観だ。

ゲートをくぐってすぐの所はアーチのようになっていた。横には見たこともないデザインのお店がずらっと並んでいて、その向こうに白い城が聳えている。人も沢山いて、とても賑やかだ。

「どう?すごいでしょ」

コクコクと頷く。頷きながらも目は次から次へ目移りしてしまう。あ、あのお店のビスケット美味しそう。その隣のなんだかよく分からない食べ物はもっと美味しそう。なんだかよく分からないけど。すごい、あんな所にぬいぐるみが置いてある。クマかな?可愛い。そういえば、あの耳の大きなキャラクター、どこかで見たことある。思ってたより大っきい……。

「おーい?」

目の前で手がヒラヒラと振れる。おじさんが苦笑いしていた。

「ここ、色んな物が売ってあって目移りするんだよね。けど、取り敢えず奥の方に行ってみない?ここは帰る時にも通るしさ、そのとき寄ろうよ」

「あ、はい……そうですね」

やってしまった。恥ずかしいのとまた目が引き寄せられそうなのとで早足で魅惑の商店街を抜ける。お店がなくなると視界が開けて、もっと妙な物が所々に建っているのが見える。大きな人形の顔の形をした建物があったり(その人形の口に何人か人が入っていった)、不気味なビルがあったり、絵本に出てきそうなクネクネした数字が書かれたお屋敷が建っていたり。なんだかここだけ夢の中みたいな、妙な世界。

「さて、どれに行こうか」

「どれに……」

聞かれて、改めて見回してみる。どれもこれも中にすごく面白いなにかがありそうで、でもどこにどんな面白いものがあるのか分からない。

「……すみません、どれがどんなのか全く分からなくて、どれにすればいいのか……」

「あー、そうか、数が多いもんね。迷っちゃうか。じゃあ、そうだねー……可愛い系と怖い系なら、どっちが好き?」

「可愛い系と……怖い系?それなら、可愛い系……」

「なら、のんびり系とビュンビュン系なら、どっちが好き?」

「それなら、ビュンビュン系の方が……あ、でも、のんびりしたのもいい……」

というか、ビュンビュン系ってなんだろう。早いのかな?

「なら、まずは可愛い系のに行ってみよう。こっちだよ」

おじさんに手招きされて歩き出す。人気というだけあって人は多いけど、思っていたほどぎゅうぎゅうではなくて歩きやすい。

おじさんが足を止めたのは、絵本を象った建物だった。ページにはカラフルな絵が描かれていて、確かにこれは可愛い系だ。

「まずはこれからいってみよう」

そう言ってずんずん入っていく。絵本の中に。

「え?あの、入り口ってそこなんですか?」

「そうだよ。凄いデザインでしょ?ここってこういう奇抜なのが多いんだけど、中も負けず劣らず面白いよ」

中はすいていた。ロープで区切られた通路をスイスイ進んで、制服のお姉さんのいる所まで一気にやってくる。そのお姉さんの案内で、まずおじさんが壺みたいな物に乗り込んだ。

「ほら、カモンカモン」

手招かれて乗り込む。ガタン、と揺れて壺が動き出した。

「いってらっしゃ〜い」

お姉さんに見送られて、壺はどんどん暗闇に進んでいく。程なくして、怪しい部屋に出た。紫やピンクこライトが光って、至る所で人形が動いている。見送られたり囃されたりしながら、壺は進んでいく。

「お、今日は運がいいぞ」

おじさんが部屋の一ヶ所を見て呟いた。

「え?運がいいって、どういうことですか?」

おじさんが答えようとした瞬間、壺が一気に加速した。しまいにはぐるぐると回り出す。

「うわぁわぁわぁ、わぁ〜」

目が回る。立っているのか座っているのか分からなくなる。酔いそうだ。壺はしばらく回り続けて、壁際でようやく止まった。助かった……。

ホッとして顔を上げると、目の前に大砲があった。その後ろに立つキツネが、笑顔で何か叫びながら導火線に火をつける。

「え、なに、うわっぷっ!」

大砲から、煙の塊が打ち出された。顔に直撃して息がつまる。ケタケタ笑うキツネになにか文句を言う間もなく、

壺は動き出した。また何度かぐるぐる回って、出発したお姉さんの所まで戻ってくる。壺が止まって扉が開けられても、すぐには動けなかった。

「大丈夫?」

「……うー……はい、大丈夫です……」

とは言ったものの、立ち上がれない。おじさんに手を貸してもらってなんとか壺から降りる。

「もしかして、こういうの苦手だった?」

「そんなことはないと思い……わっ」

足がふらつく。抱き抱えてもらってなんとか転ばずに済んだ。まだ視界がぐらぐらする。

「ちょっと休憩しようか」

「……はい」

おじさんに手を引いてもらって、ベンチのある所を目指す。

「ちょっと待っててね」

私をベンチに座らせて、おじさんは何処かへ行ってしまう。

「お待たせー。これ、飲める?」

しばらくして戻ってきたおじさんは、飲み物を持っていた。可愛いコップに入ったそれ手渡される。……美味しい。

おじさんも隣に座ってストローを咥えた。

「おー、これ美味しいね」

「ですね」

「酔いは覚めた?次、行ける?」

「大丈夫、だと思います」

「そっか、なら良かった。でもそうだなー、次は何にしようか……」

おじさんはぐるっと大きく辺りを見回して、

「……そうだ、あれなんかどう?」

おじさんが指差したのは、壁に奇妙な形の数字が並んだお屋敷だった。

「あれって、どういうのなんですか?」

「ボートに乗って、あの建物の中を回るんだよ。中は人形が沢山いて、けっこう可愛いんだよ」

ボートなんて、乗ったこともない。けどボートならそんなに激しくもないだろうし、どんな乗り心地なのか興味もある。

「乗ってみたいです。ボート」

「よし、じゃあ次はあれにしよう」

おじさんはズズッと一気にジュースを飲み干して立ち上がった。私も残ったのを飲み干してそれに続く。

お屋敷の中は、さっきの絵本の所より少し混んでいた。人が十人くらい並んでいる。

「今度は少し待たないとだね……あ、そういえば、知ってる?」

列の後ろに並んで待っていると、おじさんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「何をですか?」

「ここって、都市伝説があるらしいんだよ」

「としでんせつ?」

「そう。都市伝説っていうのは、まあ噂話みたいなものなんだけど、ここはそういうのが多くてさ。ネットとかで調べると、色々出てくるんだよ」

「へえ……それが、ここにあるんですか?」

「そうそう。なんでも、ここで昔、行方不明者が出たらしいんだよ」

「行方不明者?」

ソワッ。

どこからか冷たい風が吹いて腕をさすっていった。

「ここって夜の十時とか十一時で閉園になるんだけど、その閉園間際になって小さな女の子が一人で来て、ボートに乗って出発したらしいんだよ。けど、その子、それきり戻って来なかったんだって。で、ここって可愛い人形が沢山あるので有名なんだけど、その女の子が乗ったあおの六番のボートに乗ると、その女の子が人形の中に紛れてるのが見えるって噂なんだよ」

「あおの六番……」

列の先でボートに乗る人たちを見る。数字は見えないけど、青色のボートはいくつかあった。

「……もしかしたら、今日会えるかもね。その女の子に」

おじさんは不意に声を潜めて、私のすぐ耳元で囁いた。嫌な気配が背筋をなぞる。

私たちの番がやって来た。後ろに人がいないせいで、おじさんと私の二人だけで乗れた。ボートが動き出す。

少しの間暗いトンネルのような所を進むと、明るい部屋に出た。陽気な音楽が聞こえてきて、両側に並んだ人形たちが踊り出す。手を取り合って回る二体の人形、口をパクパク動かしてなにか喋っている人形、追いかけっこをする人形、動かないで高い所からじっと見下ろす人形……色々いる。口を動かしている人形は沢山いて、時々音楽に混ざって台詞のようなものも聞こえるけど、なんて言ってるのかまではよく聞き取れなかった。

人形の隙間を潜り抜けてボートは進む。部屋を出るときに手を振ってくれた人形がいたりして、ちょっと嬉しい。

次の部屋では、人形たちがパレードをしていた。タンバリンを叩いたり、行進したり、集まって踊ったり。人形が人みたいに楽しく騒いでいて、見てる私まで楽しくなってくる。

そんな人形のパレードを見ていると、一体の女の子の人形に目が止まった。その人形は、部屋の隅で座り込んでピクリとも動かない。壊れてるのかな?

「……ん?」

人形が、滑らかに口を動かして何か呟いたような気がした。他の人形とは明らかに違う動きで、もう一度見ようとしたけど、すぐに影に隠れて見えなくなってしまう。

「どうかした?」

「い、いえ、なんでも……」

パレードの部屋を出る。するとおじさんは、何かを思い出したようにボートから身を乗り出した。

「何してるんですか?」

「……ねぇ、凄いよ。このボート、六番だ」

「え?」

おじさんの指差す先には、『6』と書かれたプレートが貼ってあった。

「それって……いや、でも!このボートは緑色ですから……!」

乗る前にちゃんと確認しておいた。このボートは緑色。青色じゃない。

「あ、そっか。惜しいなー、これで青色だったら完璧だったのに」

あはは、と笑っておじさんは人形たちに目を戻した。この前の映画ではあんなにビクビクしてたのに、なんでここでは残念がるんだろう。不思議だ。

そのあと二つ部屋を抜けると、それでお終いだった。ボートが段々速度を落として、やがて止まる。今度はちゃんと自分の足で降りれた。

「どうだった?」

「楽しかったです。可愛くて、賑やかで」

二つ目の部屋で見た人形はなんだったんだろうとは思うけど、それも今となってはそんなに気にならない。

「ならよかった。それなら次は……」

おじさんがポケットからスマホを取り出して電源をつける。『11:26』。

「少し早いけど、お昼にしようか」


コトッ、と物が置かれた音がして我に帰った。おじさんが戻ってきていて、机にはパンが置かれている。

「お待たせ。考え事でもしてた?」

「いえ……」

これから家に帰ったあとのことを考えてブルーになってたとは言えない。一番小さなパンを手に取って一口齧ると、中からクリームが溢れてきた。こぼれそうになったのを舌で受け止める。甘い。

おじさんも私と同じく、溢れてきたジャムを慌てて口で受け止めていた。寄り目で必死に舌を伸ばすのが面白くて眺めていると、目があった。

「……あはは、まさかジャムが入ってるなんて、知らなかった」

「私もです」

クスクス、互いに笑い合う。それぞれ手に取ったパンを食べ終えると、残ったパンのどれを取ろうか考える。

残ったパンは二つ。一つは今食べたのと同じくらいちっちゃくて、もう一つは大きめ。どっちを取るか。チラッとおじさんを伺うと、また目があった。

普通に考えて、おじさんの方が身体が大きいんだし、おじさんが食べればいい。けど、おじさんも同じことを考えているらしく、中々手を伸ばさない。

「……食べたら?好きな方取っていいから」

先に仕掛けたのはおじさんだった。お皿をこちらに押しやるーーよし!

サッと小さい方のパンを掴む。そのままなにか言われる前に一気に口に押し込んだ。

「あっ」

「ほひらほどほぞ」

お皿を押しやる。おおきなパンを取ったおじさんは微妙な顔をしていた。

「それでいいの?こっちの方が大きいし、なんだったらこれも食べ、」

「そちらをどうぞ」

両手を突っ張って固辞。おじさんは釈然としない顔のままパンを頬張った。

「ほなかふいたらひってね」

「え?」

「お腹空いたら言ってね、また何か買うから」

「分かりました」

やっぱり一つ目のパンはおじさんには小さすぎたみたいで、二つ目のパンもあっという間に食べ終えていた。ジュースで口直しして、パン屋さんを出た。

「次はどこ行く?また可愛い系の所?」

「えっと……」

二つも行くと、可愛い系以外のにも乗ってみたくなる。なんとなく返事を先延ばしにしてよさそうなのがないか探していると、後ろから悲鳴が聞こえてきた。

「ヒーーッ!」

「キャーッ!」

振り向くと、山の周りを人が乗った汽車が走り回っていた。カーブを曲がるたび、坂を下るたびに悲鳴が響く。

「……あれ乗ってみたいです」

「え?あれかなり揺れるけど、大丈夫?」

心配気な顔。さっき私が壺で酔ったから、それを心配してくれてるんだろう。でも今度は大丈夫。な、気がする。

「大丈夫です」

「そう?なら行ってみようか。えっと、乗り場は……あっちだ」

乗り場は、山のトンネルの中にあった。薄暗い待ち場に、やがて汽車がやってくる。私とおじさんは先頭車両の、それも最前列に乗り込んだ。バーが降りてきて、それを掴むように言われる。

「ホントに大丈夫?無理はしなくていいよ?」

「大丈夫……だと、思います」

汽車が動き出す。

まず緩やかな坂を登って、山の外に出る。晴れた空が見えてーーぐん、と急降下。一気にスピードを出して右に急旋回。見えない力で外側に放り出されそうになる。必死でバーを掴んだ。

カーブを曲がりきるとまた坂を登って、今度は急降下。ぐるっと円を書くように旋回して、間髪入れずにまた坂を登る。勢いをそのままに坂のてっぺんまできて、これから進むコースがーー沢山のカーブと坂、どう進むのか見当もつかないほど曲がりくねったコースがーーチラッと見えた。

ガッタンッ!

「ひゃあぁぁぁぁーっ!?」

「わっ、うわぁぁぁっ!!」

気がついたら叫んでいた。一瞬速度を落としたところで一息ついて、加速するとまた叫ぶ。

「いぃやぁぁぁぁぁっ!!」

「ちょ、あぁぁぁぁっ!?」

後ろの人の声が全く聞こえないくらい、私とおじさんは大声で叫び通しだった。

やがて汽車が止まった。バーが上がって、震える足を抑えながら降りる。おじさんも足が震えていた。

「……はぁ、あぁっ……。叫んだ……疲れた……」

「……ですね、叫び……ましたね……」

よろよろと近くのベンチに二人揃って座り込む。しばらくの間、お互い無言

で息を整えていた。ああ、空が眩しい。

先に復活したのは私の方だった。正確に言うとまだ完全復活はしてなかったけど、そこは無理矢理丸め込んだ。早く次のに行きたいから。

「おじさんっ」

「はぁ……なに?」

「ここって、他にもこういうのありますか?」

「あるけど……まさか、」

「もっと乗ってみたいですっ!」

「……マジで?」

そのあと、さっき乗ったのと同じシリーズのジェットコースターに二つ乗った。でもそれだけじゃ乗り足りなくて、急降下したり、振り回されたりするような物には全部乗った。乗り切る頃には、だいぶ陽が傾いていた。

「楽しいですねっ」

「なら、よかった……僕はもうヘトヘトだけどね……」

一周して、私たちは最初に来た綺麗な建物の並ぶ所に戻って来ていた。おじさんの顔がオレンジに照らされて、もう夕方なんだと気がつく。おじさんも、私の顔を見て同じことに気がついたらしい。スマホを取り出す。

「あ、もうこんな時間だ。……もうそろそろ出ないと間に合わないな。よし、じゃあ、あのお店見てみる?」

おじさんが指差したのは、賑やかにライトアップされた綺麗なお店の数々。その先には、出口のゲートが見える。

……もう、そんな時間か……。

「……はい」

「で、悪いんだけどさ」

おじさんはお店の方に歩こうとした私と反対の方向に身体を向けた。

「僕はちょっと休んでるから、好きに見てきてよ。気に入った物があったら買ってもいいし。僕はもう体力的に限界だ……」

「は、はい……」

ふらつきながらおじさんはベンチに向かう。体力というよりは、平衡感覚に無理がきてそうだ。ちょっと悪いことしたなと思いつつ、お店に足を向ける。

お店の中は、外から見て思っていた以上に綺麗だった。可愛らしい動物の顔を象ったチョコだとか、味の見当もつかない飴だとか、色んな色の缶に入ったクッキーだとか沢山並んでいる。お菓子屋さんみたいだ。

クマが描かれた大きな四角い缶を持ち上げてみる。蓋は開けられなさそうだったから振ってみると、ガランガランと音がした。なんだろう、食べ物っぽいけど……クッキーかな?

こっちの袋は……まるで見当がつかない。袋には可愛いキャラクターがプリントされていて、中は見えない。ひとまずお店の中を回ってみる。ひとしきり見て回って、お店を出た。美味しそうな物は沢山あったけど、でも食べ物とかは持って帰れないだろうし、他のが良さそうだから。

隣は雑貨屋さんだった。ペンとかの小物から、ちょっと大きめのぬいぐるみまで、色んな物が建物いっぱいに並んでいる。

試しに入り口の横に並んでいたサングラスをかけてみる。わっ、世界が黒っぽくなった。鏡を見てみると、ワンピースを着た私がサングラスを掛けている。その不釣り合いさが滑稽で面白い。せっかくだしサングラスをかけたままにしようかと思ったけど、見にくいからやめた。

中を歩いていると、小さなぬいぐるみが目に止まった。壁にズラーっとぬいぐるみが並んでいる。その一つが気になった。淡い水色の猫で、頭に絵描きの人が被るような帽子を被っている。そう言えば、さっきのお菓子屋さんにもこの猫が沢山いた。人気なのかな。

「……………」

少し考えて、一番小さいぬいぐるみを手に取った。これくらいならバレないように隠せそうだし、これにしようかな。

「あ、お金」

そうだ、私は一文無しなんだった。どうしよう。けどおじさんにお金を貰うのは気が進まない。なんだか悪いことをしてる気がしてしまう。

取り敢えずおじさんの所に戻ろうと踵を返して、スカートがやけに重いのに気がついた。ポケットに手を入れると、黒い二つ折りの財布が入っている。昨日服を買いに行った時にもポケットに入ってた、おじさんの財布だ。いつの間に入れたんだろう……思い当たる節はない。

「変な人……」

たぶん、これで好きな物を買えってことなんだろう。

財布とぬいぐるみを持ってレジに向かう。途中、棚に並んだ物に目が止まった。それも手に取ってレジに並ぶ。

ベンチに戻ると、おじさんは復活していた。私を見つけて手を振ってくれる。

「いいのはあった?」

「はい。あとこれ、ありがとうございました」

財布を返す。それをズボンのポケットに雑に突っ込んでおじさんは立ち上がった。

「じゃ、そろそろ出ようか。もうだいぶ暗くなってきたしね」

「……ですね」

煌びやかな商店街を抜けて外に出る。入るときは目新しい物が多くてあんなに忙しなかったのに、出るときはすごくあっさり車まで戻ってきた。

乗り込む前に、赤く照らされたお城を眺める。たぶん、もう二度と来ることはないだろうから、目に焼き付けておきたくて。幸か不幸か西日は思ったより眩しくて、鮮烈に視界に残った。

車から降りた時とは逆向きに吹く風に煽られながら車に乗り込む。

「よし、出発するよー」

「……はい」

車が動き出す。時間が遅いせいか他の車は殆どなくて、おじさんは車を加速させた。もっとゆっくり進んでくれたらいいのに。

「少し時間かかると思うから、寝てていいよ。一日遊んで疲れたでしょ」

確かに、疲れた。いっぱい笑って、はしゃいで。自然と体から力が抜けて、瞼が勝手に落ちてくる。

……ああ、私、おじさんの前で寝てばっかりだ。


この……新しく入……。

……都合で……急な……すみま……。

話し声が聞こえる……私、また寝てたんだ。体を起こすと、少し離れたテーブルにおじさんがいた。その向かいにはもう一人、エプロン姿のおばさんがいる。あの人は誰だろう?

「あ。目、覚めた?」

「え、あ、はい……」

私が起きたことに気づくと、おじさんは手招きして隣の椅子に座らせた。向かい側のおばさんと目が合う。おばさんは、ニコッと笑いかけてきた。

「えっと……?」

「紹介するね。ここは君の新しい家になる場所。で、この人が……君の新しいお母さん、になるのかな」

「……え?」

待って待って。どういうこと?新しい家?新しいお母さん?

何一つ話を理解できてない私を見て、おじさんは「少し話を戻すね」と言って咳払いした。

「実は僕、昨日君のご両親に会ってきたんだ」

「……え?」

おじさんはにこにこと笑いながらそんなことを言う。会った?どうやって?

私、家がどこにあるかなんて言ってないのに。

おじさんは私に構わず話を続ける。

「で、君がどうして家出したのか、君に今までどんなことをしてきたのか話してもらった。正直にね」

どんなことをしてきたのか、のところで顔を顰める。でも次の瞬間には元通りの笑顔に戻っていた。

「それで僕は、君があそこに戻らなくてもいいように、新しい所に住めるようにお願いした。少し揉めたけど、君のご両親はオッケーしてくれたよ」

「え……え?」

頭が追いつかない。どういうこと?でも、同時に頭の中の一部が素早く結論を出す。それって、もしかして。

「あの家とも学校ともさよならだよ。今後二度と君のご両親が君に会いにくることはない。君の同級生もここを知らない。完全に自由。だから、」

おじさんが私の耳元に口を寄せて囁く。

「だから、もう家出をする必要はない」

「……………!?」

目が合うと、おじさんは笑った。

「……話は纏まったかしら?」

ずっと向かい側に座って笑っていたおばさんが、空気を変えるように手を鳴らして立ち上がった。

「二人とも、夕ご飯まだでしょ?食べていくといいわ。もう用意してあるから」

すぐにテーブルにご飯が並べられていく。手早く全て並べると、おばさんは

「ごゆっくりどうぞ」

と言って部屋を出て行った。あとには、私とおじさんだけが取り残された。

「……じゃあ、せっかくだしご馳走になろうか」

「あ、はい」

少しの間のあと、箸を取る……あ、この焼き魚美味しい……じゃなくて。

「あの、ここはどこなんですか?ここが新しい家になるって、どういう……」

正直、色々説明してもらったけどほとんど理解できてない。一番大事なことを改めて聞いてみる。

「児童養護施設、って言うのが一番近いのかな。他に子供は入ってないみたいだけど。

「児童養護施設……それって、こんな簡単に入れるんですか?」

私が調べたとき、入るのには色々手続きが必要だと聞いた。詳しいことはよく覚えてないけど、少なくともこんなあっさり入れてもらえる場所じゃないはず。

「あー……そこはまぁ、僕が色々やっといたから。君は気にしなくて大丈夫」

それだけ言うとおじさんは目を逸らしてしまった。これ以上は教えてくれなさそうだし、次の質問。

「じゃあ、学校は……」

「学校は、ここから近くの所に行くことになるかな。転校手続きは済んでるから、九月一日にそこに行ってもらえば大丈夫。場所はあの人に聞くといいよ」

「じゃあ、……じゃあ……」

次はなにを聞こうか。両親のこと?前の家のこと?あのおばさんのこと?おじさんがしたこと?

どれを聞けばいいのか、どれから聞けばいいのかごちゃごちゃになって、今なにが、どうなってるのかぐちゃぐちゃになって。もうなにがなんだか。

おじさんは言葉に詰まっている私を見て苦笑した。

「ごめん。ちょっとわけ分かんないよね。だから取り敢えず今は、もう前みたいな生活はしなくていいってことだけ、」

「あ、あのっ!」

一つ、ぐちゃぐちゃになった中から浮かび上がったものがあった。他の事はもうどうしようもないから、それを掬い出す。……こんなに大事なこと、なんで忘れてたんだろ。

「あの……また、会えますか?」

家に帰ったら、勝手に家出したことも含めて物凄く怒られるのは間違いなかった。扱いはますます酷くなったろうし、当分、学校以外で外に出ることは許されないはずだったから、おじさんとのことは忘れてしまおうと思っていた。けど、そうじゃないなら、私はおじさんを忘れられない。また話したい。遊びに行きたい。また、会いに来て欲しい。

おじさんは、一瞬拍子抜けしたような顔をして、すぐにニコッと笑った。

「分かってる。また今度遊びにくるよ」

「そうですか……」

よかった。つかえがおりた気分だ。

「いつ頃になるかは分からないけど、時間が取れたらまた来るよ。これからしばらくは忙しくな、」

突然、部屋に陽気な音楽が流れた。スマホが鳴っていたようで、ポケットから取り出して耳に当てる。おじさんは無言で相手の話を聞いていたけど、その目の色が徐々に変わっていくのが私にも分かった。

すぐに電話は終わって、 おじさんはスマホをしまうと慌ただしく席を立つ。

「おじさん?」

「ごめん、ちょっと用事ができちゃったから、僕はもう行くよ。あとはおばさんのお世話になって。大丈夫、全部説明はしてあるし、いい人だから。おばさんも君のこと気に入ったみたいだし」

それだけ言うと、食べ残したご飯もそのままに部屋を出て行こうとする。本当に急いでるようで、何回か躓いてようやくドアノブに手を掛けた。

「じゃあね。また来るから」

ヒラリと手を振って、おじさんはドアの向こうに消えた。

「さよなら……」

一足遅れた私の挨拶だけが虚しく部屋に響いた。一人で残りのご飯を食べる気にもなれなくて、私も部屋を出る。と、廊下にいたおばさんとぶつかりそうになった。

「あっ」

「あれ?あの人、もしかしてもう帰っちゃった?」

「はい……」

「忙しない人ねぇ。こんな可愛い子を放っぽりだして。そんな急にいなくなられたら、寂しいわよねぇ」

「……はい……」

『寂しい』。そう聞いた途端、私の中が『寂しい』でいっぱいになった。そうだ、寂しい、寂しい、寂しい。まともに挨拶も出来なかった。急に行ってしまった。次にいつ来るかも言わないで。思えば思うほど、寂しくなる。涙が溢れてきた。慌てて拭う。おじさんの前でも泣かなかったのに、ここで、初対面のおばさんの目の前で泣くわけにはいかない。困らせてしまう。

「……大丈夫よ」

ぎゅっと、おばさんに抱き締められた。目の前が真っ暗になって、おばさんがどんな顔をしてるのかももう見えない……泣いても、いいのかな。

「……っ、うっ、うぅ……」

私が泣いている間、おばさんはずっと背中をさすっていてくれた。

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