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起きて着替えて遊んで

ーーガンッ!崖から落ちた衝撃で目が覚めた。体を起こすと、毛布が床に滑り落ちた。ソファーで寝てたみたいだ。もちろん、崖から落ちてなんかいない。

「あ、起きた」

振り向くと、ジャージ姿の男の人がフライパンを片手に立っていた。

「……売るのは私ですか?それとも臓器ですか?」

「いやいやいや、そんなことしないよ。色々説明するから、取り敢えず座って。朝ご飯にしよう」

男の人の足元には、トーストと目玉焼きが二人分、机の上に並んでいる。

「いや……知らない人に食べ物をもらうのは、ちょっと……」

「えー、そう言わず頼むよー。お腹空いた勢いで作っちゃったんだけど、僕こんなに食べられないんだよー」

男の人は本当に困ってますという表情で手を合わせた。

「……分かりました、頂きます」

考えてみれば、この人がなにか企んでたんだったらそれはそれで都合がいい。お腹は空いてるし、食べさせてもらうことにした。床に座って、トーストを手に取る。

「よかったー。助かったよ」

男の人も向かい側に座るとトーストを齧った。

「……あ、そうそう、君をここに連れてきた経緯を説明すると、昨日僕は家の近くの道を散歩してたんだけど、そのとき物陰に怪しい人たちを見つけてさ。で、その人たちが持ってたキャリーケースを開けてみたら、君が入ってた。でもすっかり寝入っててなにしても起きそうになかったから、僕の家に連れてきた」

その怪しい人たちというのは、たぶん私を捕まえた人たちだ。なら、この人も。

「……じゃあ、あなたはその人たちの仲間ですか」

「いや?全く知らない人だったよ?」

「え?」

「その人たち、なーんかヘンだったんだよね。なにしてるんですかって聞いただけで血相変えて飛びかかってきてさ。これはなにか疾しいことがあるんだなって思ってケースを回収してみたら……まさか人身売買人だとは思わなかった」

「え……え?」

どういうことだろう。この人は人身売買とは全く関係なくて、ただの通りすがりの人で、なのに私が入ったケースを奪ったってこと……?

「もしかして、警察の人ですか?」

「まさか。そんなのじゃないよ。僕はただの一般人」

「じゃああなたは、」

「それよりさ」

男の人は私の言葉を遮ると、からかうような目で私を見た。

「君、もしかして家出してたんじゃない?」

「え……?」

なんでそれを知ってるのか。家出したと分かるようなことなんてなにもないはずなのに。

「こんなに治安の良い国で人攫いなんてまずないし、狙われるとしたら保護者から離れて一人でいるような子だから。君も、家出して怪しい所とかに一人でいたんじゃないかと思って」

「……………」

私の顔をみて男の人は図星だと分かったらしい。ニヤッと笑って目玉焼きを頬張る。

「あの……やっぱり、私のこと警察に届けますか」

「届けるつもりだけど……もしかして、届けて欲しくないの?」

頷くと、男の人は不思議そうな顔になった。

「普通、そんな怖い目にあったら家に帰りたくなるものだと思うけど」

そんなことはない。家に戻されるよりは売られるほうがいいに決まってる。だからむしろホッとしてたのに……まさか他の人に拾われるなんて。

「なんでそんなに帰りたくないの?」

「それは……」

言いかけて、言葉が詰まる。

両親のことも、クラスのことも、見ず知らずの人には言いたくない。もし他の人に言ったことがバレたら、どんな目に遭うのか、どんな仕打ちを受けるか……。

内腿の傷が、警告するように疼く。

でも、言わないとすぐにでも警察に届けられるかも知れない。

「……それは、その、」

「いや、いい。もう言わなくてもいいよ」

私が決めかねている間に、男の人は話を打ち切ってしまった。トーストの残りを飲み込んでお皿を片付ける。

「取り敢えず、その話は保留にするよ。君は家出少女で、家にはどうしても帰りたくないんだよね?」

「……はい」

「なら、君をどうするかは僕が決めるよ。警察に届けた方がいいんだろうけど、嫌がる子を無理矢理家に返したくもないし。僕がどうするか決めるまで、君はここに泊まっていけばいい」

「え、泊まる?」

「うん。下手に外に出てまた捕まったらしょうがないし。泊まる所もないでしょ?」

「それは……そうですけど……」

でも、そんなことをしていいんだろうか。それを聞く前に、男の人はパン屑を払うと立ち上がった。

「よしっ。そうと決まれば色々用意しないとね。ついてきて」

そう言って男の人は部屋を出ていく。ついていくとそこは玄関で、男の人は靴を履いていた……あ、私、靴がない。

「あの、私靴を持ってなくて……」

「あっ、そうか。えーと、じゃあ……とりあえずこれはどう?」

男の人は靴箱から白いサンダルを取り出した。履いてみると、少し違和感はあるけどサイズはちょうどいい。それを履いて外に出る。

私がいた部屋はアパートの二階の、角部屋だった。古い階段を降りると、駐車場に黒い車が一台だけ停まっている。男の人はそのドアを開けた。

「どうぞ」

促されるまま助手席に座る。男の人がスロットルを弄ると、エンジンがかかった。

「あれ、鍵は……?」

私が見てきた人たちは、みんな車のエンジンをかけるときは鍵を使っていた。けどこの人、今鍵なんて持ってなかったような……。

男の人ははっとしたように私を見、スロットルを見ると、人差し指を唇に当てる。

「しーっ」

「……しーっ?」

「そう。しーっ」

なんだか釈然としないまま、車は動きだす。

行き先はすぐ近くだったようで、車はすぐに速度を落として、車のほとんどない駐車場に停まった。

目の前には、学校よりも一回り大きい建物が聳えていた。アルファベットが並んでいるけど……読めないや。

「あの、ここは……?」

「ショッピングセンター。色々あるけど、まずは服を買っちゃおうか。ついてきて」

そう言って連れてこられたのは、学校のみんなが着ているような綺麗な服が沢山並んだお店だった。中には大人もいれば同年代くらいの人もいて、男の人はその中に入っていく。すぐに店員さんがやってきた。

「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しですか?」

「この子に似合う服を見立てて欲しいんですけど……」

店員さんは私をじっと見つめた。私の全身を見て、にこっと笑う。

「かしこまりました」

「あ、あと……」

男の人は店員さんの耳元に口を寄せてなにか囁く。店員さんはもう一度微笑むと、私を店の奥に促した。

「ではこちらにどうぞ」

「え、あ、あの、」

え、なに、なんなの?どこに行くの?

店員さんは私の肩に手を置いてやんわり、でも強引に歩かせる。助けを求めて振り向くと、男の人はその場から動かずに手を振っていた。

「じゃあ、僕は外で待ってるから。ごゆっくり」

「え!え、いや、ちょっ、」

男の人の姿は、すぐに見えなった。

幸いなことに、服選びはすぐに終わった。

店員さんは鏡のある小部屋に私を連れていくと、次から次に色んな服を着せて感想を聞いてきた。けど緊張しきってたせいでほとんどまともに答えられなくて、それを見て取った店員さんは一人で服を選ぶと、私に持たせてレジに連れていった。

「八千七百円になります」

店員さんはカタカタとボタンを押して金額を表示する……あれ、私お金なんて持ってたっけ?いや、持ってない。

どうしようどうしよう。店員さんは笑顔でお金を払うのを待っている。どうしようどうしよう……!

あるはずないのにポケットをまさぐる。と、中になにか入っていた。

取り出してみると、それは財布だった。黒い二つ折りの財布。

「…………っ!?」

私のじゃない。私の知ってる誰かのでもない。なら、この財布の持ち主は。

振り向くと、お店の外のにいた男の人は私の手の中の財布を指差して親指を上げた……これで払えってこと?

「ありがとうございました」

大きな紙袋を提げて店の外に出る。

「お帰りー」

「あの……ありがとうございました」

財布を返す。やっぱり男の人のだったようで、雑にポケットに突っ込んだ。

「ちゃんと足りた?」

「はい、足りました」

「ならよかった。じゃあ次は、」

「……けど、なんで外に行っちゃったんですか?」

途端、男の人の表情が固まった。ゆっくり振り返って、私の顔を見ようとする。けど、見えないはずだ。俯いているから。

「いや……その、気まずく、て……」

「……………」

「ほ、ほら、あそこは女性向けの店だからさ、僕みたいな大の男がいるとどうしても怪しまれるというか……」

「……………」

気まずいというのなら、私だって怖かった。あんな所に入るのは初めてだったし、知らない人に話しかけられるのだって。

……でも、そんなことを言ってもしょうがない。そもそも、私なんかの服を買ってくれてること自体信じられないことなんだから。なあなあでついてきてしまってるけど、見ず知らずの私にここまでしてくれる人がいるなんて思わなかった。

だからこれ以上困らせるのは止めよう。

けど私が私が怒っていると思ったらしい男の人は、手を合わせて慌てたような声でこう言った。

「ごめんっ。謝るから怒らないでっ。アイス奢るからっ」

「……アイス?」

案内されたのは、フードコートという机と椅子が沢山並んだ場所だった。そのうちの一つに私を座らせて、男の人はお店の一つに向かっていく。

戻ってきた男の人は、アイスが載ったプレートをスッと差し出した。

「……どうぞ、お納め下さい」

「……頂きます」

スプーンを手にとって、まずはピンク色のアイスを一口。冷たい。続いて苺の甘い味が舌の上で広がった。

「……美味しいです」

「でしょ」

男の人は誇らしげに胸を張る。

「溶ける前にどんどん食べちゃって。これ全部君のだから」

「え……いやそんな、全部もらうのは……」

これもこの人が買ってくれたもの。全部私が食べるわけにはいかない。プレートを押し出す。

「いーのいーの」

押し返されて戻ってきた。一緒に男の人の顔も近くにくる。

「……だから、さっきのはその、勘弁して下さいというか、水に流して……」

こんなに沢山買ってきてくれたのはそれが狙いらしい。ついさっきまで誇らしげな表情だったのに、その変わりようがなんだか面白い。

「……ぷ、ふふっ。分かりました。もう怒ってません」

男の人は表情を緩めると、椅子にもたれて息を吐いた。

「よかった……助かった……。ところでさ、どんな服にしたの?」

「えっと……」

横に置いた紙袋を見る。どんな服、と聞かれても上手く説明できない。これがなんて名前なのかも分からないし。

「なら、そこにトイレがあるし、着替えてきたら?その服もちょっと汚れてるでしょ」

「そうします」

アイスももう食べ終わったし、今着替えた方がいいかも知れない。紙袋を持ってトイレに向かう。

運良く多目的トイレが空いていたから、周りに使いたがっていそうな人がいないのを確認して滑り込む。古い服を脱いで、早速新しいのに着替えた。

店員さんが選んでくれたのは、シャツとスカートが合わさったような服だった。なんでこの服になったのかは分からないけど、白みたいだけど微妙に白じゃない色合いが綺麗だなと思ったのは覚えている。

鏡には見たこともない私が映っている。まるでドラマみたい。クルッとターンすると、裾がはためいてふんわり広がった。すごい、これって本当にできるんだ。

古い服を袋に詰めてトイレを出る。帽子もあったけど、さすがに帽子は被らなくてもいいや。

あの人は、なんて言うだろう。

「ど、どうですか……?」

席まで戻って、スカートの裾を摘んで見せる。男の人はじっと私と服を見つめて、微笑んだ。

「……すごい似合ってる。色も綺麗だし。それ、白っぽいけど微妙に違うよね?」

「ちょっと青色が入ってるみたいです」

「そうなんだ。いい色だね」

「はい」

やった。一番気に入ってた色にちゃんと気づいてくれた。

「よし、せっかくそんなに可愛い服に着替えたなら、ここからは娯楽タイムにしようか」

そう言うと、男の人は膝を打って立ち上がった。

「娯楽タイム、ですか?」

「うん。遊びの時間。まずは手始めに映画とかどう?」

「映画……」

映画。話には聞いたことがあるけど、私は一度も見たことがない。どんなのだろう。

「観てみたいです」

「オッケー。なら行こう」

フードコートを出て少し歩く。着いたのは薄暗い一角だった。壁には沢山ポスターが並んで、天井から吊るされたテレビには映画のワンシーンが映し出されている。

「どれが観たい?」

どうやら、壁一面に並んだポスターが今やってる映画らしい。一つ一つ見て回る。

「……あ、これ、観てみたいです」

「え、それ?うーん、それは……」

「駄目ですか……?」

私が選んだのは、テレビからワンピース姿の女の人が出てきているポスターの映画。私と似た色のワンピースを着てたから、ちょっと興味が湧いたんだけど……。

男の人はポスターを横目で見ながら頭を掻いた。

「それ、結構ガチなホラーだから刺激が……いや、それにしよう。ちょっと待ってて」

言うなり奥のカウンターに向かう。戻ってきた男の人は小さな紙を二枚持っていた。それを店員さんに見せてちぎってもらって、更に奥に入っていく。

奥は左右に黒い廊下が伸びていて、いくつかある扉には数字が書かれていた。もらった紙に書かれた数字の部屋に入って、アルファベットの分だけ階段を上って椅子に座る。

しばらく待つと、部屋が音もなく暗くなる。

もうすぐ始まるってことは私にも分かった。

映画が始まる。

これはかなり怖い映画だって聞いていたけど、いざ始まってみると、そんなに怖くはなかった。もちろん背筋は冷えるし驚くけど、むしろこのくらいは面白い。

そう言おうと隣を向くと、予想と正反対の反応をしていた。映画の中で叫んでいる人たちと同じような表情で、目を覆った指の隙間から覗き観るようにしている。叫び声が響くたび、ビクッと肩が跳ねる。

なんでそんなに怖がるんだろう?

数えてみたら、映画が終わるまでに二十三回もビクッとしていた。

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