そっちがその気なら、こっち(悪役令嬢)にも考えがあります。
同僚と上司の不倫写真を指紋がつかない様に丁寧に封筒に入れる。
「姉よ、それは自分の部屋でしてくれないか?」
ちょっとオタク系な妹が乙女ゲーム、通称乙ゲーをやりながら姉である私に言った。
「自分の部屋じゃ、足が付きそうだからな。念には念を、だ。クソどもが!生きていることを後悔させてやる。」
ビニールの手袋をした両手で出来上がった封筒を抱えながら、不敵に笑った。
「サイコパス乙。」
妹が姉である私に向かって言う。
そう、何を隠そう小学校までの私のアダ名は「サイコ」だった。
あれは小学校に入った頃。
近所の悪ガキ達が道で拾ったヘビをあろうことか、私に投げつけてきたのだ。
犬も子どものうちから躾けないとバカ犬になると知っていた私は、直々に悪ガキどもを躾けることにした。
躾ける方法は簡単である。
どちらが上か知らしめれば良いのだ。
私は投げつけられたヘビを掴み、首を千切るとそのまま悪ガキどもの顔面に投げ返した。
その顔といったら、実に面白かった。
滴り落ちるヘビの血にガキどもは、はじめのうちは顔面を蒼白にして固まっていたが、事態が飲み込めると一目散に逃げ出した。
逃げ行くガキの背中を見ながらに私はガハハと高笑いする。
後にガキどもがトラウマになったりとちょっとした騒ぎにはなったが、周りにも迷惑を掛けていた連中だったため、私をどうこう言う奴はいなかった。
むしろ躊躇いなくベビの首を捩じ切った私を誰もが遠巻きにしていたところもある。
そして出来たアダ名が「サイコ」。
しかし、ダメ人間をしっかりと躾けて救ってあげたのだから、私は褒められるべきだと今も思っている。
「じゃあ、行ってくるわ。バカどもを殺しに(社会的に)。」
猿でも襲う時は女子どもしか狙わない。
人間ならば尚更のこと、その選別をしっかりと行うべきである。
現に同類と縄張り争いになることはなく、むしろ友好関係を築けていると言うのに、こういったポンコツがいると縄張りが荒らされてしまう。
こっちは大人しく過ごしているからと調子に乗りやがって。
妹が使っている原チャにまたがり、わざわざ遠くの郵便局に向かう。
封筒は6枚。
それぞれの実家と配偶者の実家、そして本人たちの家庭に。
今はまだ職場にはやめておくことにした。
下手なことをしてケーサツ入ったらヤベーし。
それに会社から帰ってきてからサプライズ!なんて、素敵じゃないですか!
乙女心がこもったプレゼントをポストに封筒を入れると、祝杯をあげるためにウキウキしながら家に帰る。
ゴミはゴミ箱に。
良いことをした日は実に清々しいものだ。
信号が青に変わった交差点を鼻歌を歌いながら進んだ、その時、私は信号無視したトラックに脇から突っ込まれ、呆気なくその生涯幕を下ろした。
はずだった。
目を開けると、アンティークだがゴージャスな部屋の中にいた。
「お嬢様がお目覚めになりました!」
女性の声が頭に響く。
クソ!うるせぇ。こんなメイド、自分なら即クビや。
メイド服、と言っても妹が喜びそうなフリフリではなく、シックなメイド服を着た女性が上げた声に殺意を覚えながら頭をさすった。
「アンジェリカ!」
濃い顔した外人夫婦がドアから飛び出してきて、私に抱きついた。
それは現実にあった話を再現したテレビを見ているかのようだった。
「私の可愛いアンジェリカ…目覚めてよかったわ…」
パッキン、碧眼の女優さんのような妻の方が大袈裟な三文芝居を広げる。
「本当に良かった…アンジェリカ。婚約者である殿下にもご報告しなければ。」
夫の方もひざまづいて私の手を握って、そう言った。
頭が痛む中、薄ら寒い演技に巻き込まれて、私の我慢は限界に近づこうとしていた。
なんだよ、コイツらは。殴りてぇ。
そして、やっと気付いたのだ。
これは私の身体ではない、と。
まず、身体が小さい。
外人夫婦と言えども、明らかに子どもと大人ほどの体格差があり、私の手は小さくしかも白かった。
チラチラと視線の中に入る自分の髪の毛も、妻の方に似たパッキンである。
「鏡を…」
出した声も鈴の音のように可愛らしい声だった。
アラサーにはちと高すぎる声だ。
「…傷なら残らないから気にすることはない。」
おそらくこの身体の父であろう夫の方が私にそう言うが、そんな問題ではない。
メイドから渡された大きめの手鏡を覗く。
そこには母に似て金髪碧眼で父に似て少しツリ目な女の子がいた。
やっぱりかぁ。
ため息をつくと母が私を抱きしめ、父は私の頭を撫でた。
まぁ、若干ツリ目で冷たそうな雰囲気だが、容姿は端麗な方だ。しかも金持ち。
これなら使い道も沢山ある。
ゆっくりと情報収集しながら今後について考えることにしよう。
「王太子殿下がお越しです。」
メイドが慌てて部屋のドアを開けて入ってくると、私たちに伝える。
王太子、殿下?
たしか、さっき殿下だの婚約者だの言っていたな。
殿下と言われる人と婚約するくらいだから、私もまた身分が高い生まれなのだろう。
面倒臭そうであるが、乞食で生まれ変わるよりはラッキーかもしれない。
冷ややかな目で殿下っちゅー奴のお越しを待った。
「モンテスギュー公、突然の訪問痛み入る。」
偉そうなクソガキ風味のヤツが父に向かい、挨拶する。
白髪?というより銀髪の髪を揺らし、緑の目は大の大人の男をしっかりと見据えている。
そして、幼いながら整った顔は、澄ました顔をしているのでより一層大人びてみえた。
「いえ、こちらこそ、婚約者あらせられる殿下に来ていただき、アンジェリカも喜んでおります。」
父の返事に、喜んでねーよと言うツッコミは今は辞めておこう。
「具合はどうだ、アンジェ?」
ふと殿下から声をかけられ、私はジッと殿下の顔を見つめてしまった。
「アンジェリカ、殿下にお返事しなさい。」
父に促されて、ハッとする。
「嬉しさのあまり声を忘れてしまいました。ゆっくりと話したいので二人っきりにさせてもらえませんか?」
お得意の猫を数匹被って、笑顔で父に言った。
「ああ、ゆっくりと話すがいい。」
チャチャっと人払いをし、部屋の中には殿下と私の二人だけになった。
殿下が先に口を開く。
「父上から言われたから来ただけだ。」
小憎たらしい言葉を吐くも、私には痛くも痒くもないが、せっかくだから躾けるとしよう。
「それでも嬉しいですわ。」
私はさらっと殿下の両手を握ると、手の内に隠していたリボンで縛り上げた。
「なっ…」
これ以上声が出ないようハンカチを猿ぐつわにして殿下の口に巻きつける。
「これ以上騒ぐと殿下の評判にも傷が付きますよ?」
逃げようとする殿下に足をかけて転ばすと、背後から馬乗りになって言った。
そしてズボンに手をかけると、勢いよく下げる。
すると御坊ちゃまに相応しい白くきめ細やかな肌のお尻が露わになった。
バチーン!
鞭のような音が部屋の中で響いた。
「んっ!」
殺虫剤をかけられた芋虫のように、殿下が身体をくねらせて悶える。
「可哀想に、パパの言うことが無ければ何もできない無能な子。弟の方が出来がいいみたいだから、貴方を暗殺するって案もあるみたいね。」
言葉の区切りごとに私は手を大きく振りかぶって、気持ちのいい音を響かせて行く。
すると、綺麗な肌は真っ赤に充血し、痛々しい色になった。
「本当に可哀想ね。でも、こんなのが王になるなんてもっと可哀想。」
初めはビクッと身体を震わせていたが、反応が悪くなった時点で私は手を止めた。
王太子の耳元で囁く。
「私は例えどんな姿になっても味方です。この状況の貴方を見て誰もが軽蔑しようとも、私は貴方を見捨てたりしない。」
そう私はニッコリ笑うと涙と鼻水でグシャグシャになった殿下の顔から、涎まみれの猿ぐつわを取ってあげた。
「この秘密にかけて、誓いましょう。私だけが貴方の理解者であると。」
最後に両手を縛っていたリボンを解いてあげると、労わるかのように両手首をさすり、流れる頰の涙をペロリと舐めて救ってあげた。
放心している殿下を抱きしめる。
これがあの王子様なんてね。
**
目の前で女の子が持っていた用紙をぶちまけた。
「…すみません。」
「あら、いいのよ。」
私はわざわざ膝を折って用紙を拾ってあげる。
「ありがとうございます。」
女の子が深く頭を下げてお礼を言った。
「いいのよ、気にしなくて。」
この猫被りも更に磨きがかかって、私は近寄りがたい容姿を持つが優しく、温かい笑顔を誰にでも向ける評判の令嬢となった。
「あの子可愛かったわね。」
隣に居る無愛想な婚約者にそう言と、婚約者は無視するかのように顔を背けた。
そんな婚約者のお尻を鷲掴みにする。
「んっ。」
小さいけれど甘い声が婚約者から漏れる。
「ダメでしょう、学校でそんな声を出しちゃあ。」
ニッコリと笑うとあの頃よりも凛々しくなった殿下が熱のこもった視線で私を見つめていた。
「他の者などどうでもいい。」
こんな会話をしている私と殿下を周りの人間は遠巻きに微笑ましく見ていた。
私は殿下のこの顔を初めて見た時、ピンと来たのだ。
この男は妹がプレイしている乙ゲーの王子であり、私はこの婚約者でヒロインをいじめる悪役令嬢である、と。
そして今日がそのヒロインと私の婚約者である殿下が初めて出会うイベントだった。
殿下の無愛想な態度は同じだが、私のヒロインに対する態度はゲームと全くもって違うものだ。
そして、私と婚約者である殿下の関係も全く違う。
さて、どうなることやら。
善良な市民である私が悪役とは、神様も神様だ。
このまま行けば一族共々処刑されてあの世行きなんて、させる訳がない。
そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
そして主人公は後に無血で隣国とのわだかまりを無くし、影の薄い国王や王太子に変わって女王と呼ばれる。
が、しかしこの国と隣国の王族ともども全裸にした本物チェスで勝負を行ったことはその場にいたもの以外は知らない。
王太子殿下は愛する主人公の椅子として、とても幸せに暮らしましたとさ。メデタシメデタシ。