第8話 「疑心暗鬼」
書庫の埃っぽく乾いた空間から見えていた外の空は昨日今日と晴れ間が見えなかったが「城」として紹介されたこの場所の全容把握するのにはそこまで時間はいらなかった。
日の光は昨日と同じく白く厚い雲に阻まれて俺たちに青空を拝ませてくれない。
「こっちの世界って季節とか暦とかそんなのは存在しているのか?」
科学技術から文化とかのレベルを測れるのではないかという俺の予想だが…
「その位はあるわよ、雨月から雪月までの12ヶ月。それに時間の単位だって10進法が確立されてから正式に…」
「あ、うんそこから先は多分長いしこちらの時間の単位とは異なるから多分頭が混乱する」
「え?!時間的概念はあるのにどうして違うのかしら!!イデア(そちら)の時間はどうやって表されているの!!」
レイラはかなり長い時間あの書庫に引きこもっていたのだろうか、実際の所この城で整頓がされていたのはあの書庫位なもので他の部屋はむず痒くなる様な埃と物で溢れかえっており機能を果たしていなかった。
「この城、廃城にされてからもう長いのよね。
元は南部の要衝だったようだけど、ほら城の南端は崖になっているから高いところからの景色が一望できるし怒りで我を忘れそうにお勧めかしら」
因みに高台から時たま狼男の遠吠えがするという麓の村からの噂話の正体は彼女だったり…する。
「崖って…それまた急に土地の高さ変わり過ぎじゃないか?」
「それはまあ、ここらへん岩山と湿地帯の切れ目で隣滝なの、こっち側の防御の拠点として使われて帝国統一までは地方庁だったけど、今じゃ見る影も…って感じね」
サラッと言われたがこの城の下は断崖と来たか、割と辺鄙な場所に呼び出されたんだな俺。
古くなったからか必要とされなかったからか、領土が拡大したからなのか、
放ったらかしにされていた廃城は新たに主人を迎え、少し誇らしげに見えない事も無い。」
「まだ埃とカビと虫と格闘しなきゃいけないとなると身の毛がよだつ気分になるから、それを先ずは手伝って貰おうかしら?」
えぇ…俺を家政婦か何かだと思っているようだが俺に女子力もとい主婦力の類は期待してくれるなよ、
嫌だぞ、殺虫と除草剤を散布するだけの簡単なお仕事とか普段からやっていることとあんまり代わり映えしないのもどうなの…
「ま、それは半分冗談として周囲の状況を説明しないといけないわね」
石畳には苔や長い雑草が生えていることからかなり長い間で放おって置かれたことは想像に難くない。
椅子やら机やらが積み上がり、蝶番の外れた扉がいくつか見つかるなど真昼間から廃墟独特の雰囲気を出していた。その有様にレイラは肩を下ろす。
「こんな場所見つけて人を放り込んでおくにはある意味打って付けなのよね、街道からも町からも離れた天然の要害…誰もこんな山奥には来ようとしないわ」
山奥なのかここ、確かに人の気配がしないとは思っていたけども….なるほど警備は最低限で良く、廃墟になりつつあるのでよっぽどの物好きしか近づかないという訳か…
「レイラ、質問がある」「あら、何でも答えられる範囲でどうぞ聞いてみてちょうだい?」
「此処から出るにしろ反旗を翻すにしろ先ず必要になるのは俺は味方を作ることだと思うのだが、四大貴族だか一角と皇帝の権力の差ってどの位あるんだ?」
大番狂わせにジャイアントキリングと巨大な勢力を友情と奇跡的な運を用いて捩じ伏せる話は昔からお伽噺から噂話まで千差万別様々だ。
俺と目の前の事情がありげなお嬢さんの物語は果たして…喜劇か悲劇か、少なくとも俺は舞台て踊るだけにはなりたくない。
「むー、そこなのよね私が帝位にいた十年無いし八年位で爵位の乱発を阻止して大分整理したんだけど…軍事力とか動員できる傭兵の数とを考えなきゃいけない…わー、それはそれは」
彼女はこの埃だらけでと苔むした廃城から王宮でその冠を再び戴くまであと幾多の階段を登らなきゃいけないのだろう。
「うーん、四大貴族には公爵の爵位は与えられているけれども傭兵の動員数だけみれば「エステルハージ」だけれど貴族階級同士の派閥争いもありますし」
しがらみや個別の人間関係まで落とし込みをすると当然、誰が頂点となるかは分からないもんだよな。
だが目の前の女は国をひっくり返す、そんな事をすれば当然帝国の力は削がれてしまうだろう、あくまで机上の空論のままに夢を語るだけなら良いのだが如何せん、その正統性があるだけで不満爆発の材料として担ぎ上げれれそうで恐ろしい。
本気で彼女一人の我儘が動き出し、疑心暗鬼と混乱が悪戯に振り撒かれる様になってしまった時俺は彼女を止められるのだろうか…
「あーあ、せめて手短に駒として置いておける貴族の二、三人囲っておけば良かったわ失敗ね!!もう!」
小さな幸せを掴む為に頭抱えたり、あたふたしたりする位が丁度いいと思うんだがなぁ俺は…
「…タツヤ、先ほどから何でそんなに静かなんです? せっかくの異世界何ですから興味の一つ二つ示してくれないと…今日の報酬を支払うのを考えなくてはいけなくなるわ」
ま、今のところは此処にいるだけで金貨一枚、不定期だとしても課税されない収入源があるとか強みしか無い、
「俺が必要とされる場面や役立つ事があれば別に使ってくれて構わないんだが、戦力差的には結構な差があるって事でいいのか?」
レイラは素直に首を縦にふる。
「帝国の戦力の半分以上を手中にしてないのに帝王名乗るわけないでしょう?」
権力=軍事力ではないし、権力≠権威だ」なんてのはただのの言葉遊びか、しっかし貴族階級がある国で彼等を全て味方にするのなんて無理な話だろうな
「ま、それもそうだが…例えばの話金を鋳造する技術を持った連中を味方にするだけでその国は怪しくなったりするもんだぜ?」
レイラが報酬としてくれる金貨だが後になって気づいた話、この収入はこっちの世界でしか使えないんじゃないかってな、換金し過ぎて怪しまれたりしたらたまったもんじゃない。
「国を壊すには外からの力だけじゃダメだって事かしらね?」
何も年老いて病気になる事だけが人が死ぬ訳じゃない様に国という枠組みが壊れていくには戦争だけじゃないって事さね。
「綺麗な言葉と通りの良い話をいかに駆使して相手の揚げ足を取るか…あぁ、散々私がされてきた事だわ」
人の印象は案外と取るに足らない噂や風向きの悪い話でコロリと変わったりする。
その口振りからするとレイラは恐らく身に覚えがあるのだろう、
「だってそうでしょう? 例えば別の文脈から出た発言を切り取られて新聞ではすっぱ抜かれる、戦争もしていないので、あんな無駄の塊、誰が自ら起こしたいと思います!?
国境付近の少数派を受け入れろなんて…あの方達単なる遊牧民族なんですから彼等の保護と国境の制定なんて無理ぜーったい無理!」
レイラさんによる女帝さんの実感のこもったエピソードでしたが、どうやらだいぶ叩かれたみたいですね。
「いやだって、対外政策強硬路線って言いながら地租改正って言ってくるんだから無茶苦茶にも程があるわよ…簡単に言うとお金を使いながら節約しろって訳のわかんないことを言ってくるのよ。」
それは…ご愁傷様な話だ、自分達の言葉を理解できていないらしい人と言うのは案外と何処にでもいるものなのか…
「さてと、後案内出来るのは現状地下牢位ね。
あー、そう言えばあそこにいた暗殺者はまだ一言も発しないんだけどタツヤ、何か良い方法ない?」
国家転覆の企てを立てるの次は拷問しろって、俺ただの農家さんなんですけど…あれだよRPGの役職なら村人Dとかそんなのだからね? あんまり期待すんなよ?
俺はそんな念を押してレイラと共に薄気味悪い地下牢へと向かうが、先導する彼女の背中を追いながら俺が抱いた小さな違和感は着々と根を張っていたのだった…
次回へ続く!