第6話 春眠暁を覚えず
何かが始まる予感というのは何も春にばかりするものじゃない。 俺の場合は白の烏だったがなんなら青い春からでも赤い夏でも黒い秋でも白い冬でも始まりというものに貴賤はなく、いつだってホイッスルを吹いて開始の合図を鳴らすのだ。
始めるのが国家一つひっくり返すとかいう大掛かりかつとんでも計画に加担することでなかったら…どんなに気が楽だったろうか…はぁ。
日給一万円で皇帝だかお姫様だかに異世界のお話を聞かせてやる御伽衆のポジションで良かったってのに、政治やら軍事やらなんてのはまるで門外漢だ。
そんな他人が介在しその思惑を予想しながら丸め込む手筈を整えなくてはならない事を俺の頭でやったら三分で沸騰してお湯とカップラーメンができてしまう。
なんでよりもよって俺なんだとその晩、布団に入りながらふと考え込んでいた。
因みにフェヘールは納屋にあった古い鳥籠の中でスヤスヤと眠りこけている。
「飛べなくなっているところを拾ったので暫く保護する」と言ったら割とすんなり思いの外問題にもならずに我が家(築80年)のへ入る事を許可された。
俺は布団から黒くどこまで広がっているか一見してわからない天井を見つめながら意識をその中へ飛ばす…起こった事を整理するにはこの時間に限る。
それでは一つ目、異世界…二つ目の世界があってそこへ冗談抜きで召喚された。
二つ目、シュシャ・レイラという女、褐色めいた赤髪に金色の瞳をした大きな目、自分より多分少し年下の彼女、俺をそっちへ召喚した張本人である。 穏やかだが賑やかで
三つ目はその続き、レイラは曰く彼女の身分はとんでもない事に元国家元首…いや時代的にはその前かもしれないが彼女は身分を「女帝」もしくは「皇帝」と名乗った。
皇帝とはなんぞやと久しぶりに「歴史」と名のつく本へ手を伸ばしてみたら色々と発見をした訳だ。
四つ目、かつてレイラが皇帝を称した帝国は反乱により第四代皇帝の彼女は退位を余儀なくされた。
背景には帝国を構成する領地の多くをもつ貴族達と皇帝一族との権力闘争、革新的な女帝の政策による反動…とまぁそれらしい用語で飾るとするならこんな言い方が出来るんだ。
さて、元女帝様はその権力闘争への再介入をお望みな訳だが…俺の手に余るものなのは承知の上で出来る事はあるのだろうか? てか何で俺?
現状は女帝は南西の首都と真逆の方角で幽閉中、城から出るのは憚られて一般市民には現政権下でネガティブなキャンペーンを組まれていると…なんだそれ、詰んでるだろ、軍事力も無いしかといって反乱分子を呼び込むわけにもいかないんだろうし…
現状、レイラを匿っている貴族も帝国成立直前に帝国に対して反乱を起こしたと聞いている。 一番妥当なのはこの貴族を抱き込んでクーデターを画策する事だが…
「あー、それは恐らく現体制側は読んでいるだろうな、素人の俺ですら考え付かんだから」
貴族という自己中心性のある階級を統制するきっかけとして反乱分子の完全鎮圧と思考の統一、一石三鳥を願わくば狙っているんだろう。
あーもう、俺に一体どうしろと言うんだ…しかし問題はこのあっち時代がどれ程の文明レベルを持っているのかだ、衣装と装飾からすると中世は超えていそうなのだが?
「後はあっちにもマナーとかやっちゃいかん事もあるだろうからそれがを知るのが必要か…」
分からない事だらけだからこそ面白くもあるんだ、切り替えていこう。
フェヘールが呼びに来ないという事は寝てもいいって事だよな? 嫌だぜ?真夜中に起こされるの…
そのまま天川竜也の意識はふわふわと混濁してゆく、泡沫の夢…そこにはひたすらになにか机に齧り付く様に向かっている少女の姿があった。
しかし俯いているため表情までは分からないが笑顔では無い事は何と無く分かるし、今まであったことのない人だと言うのに何処かで見た様な…?
「俺はまた妙なもんを見てんな…」
意識があるし、どうせこの手の夢は適当な記憶と妄想のツギハギのはず…しかしまたなんでこんなに生々しく感じるのだろうか…
俯瞰しているというよりその隣に俺は立っていた、日本語ではない言葉でしきりになにか同じ言葉を連呼している。
「Fattyú、Fattyú、Rohadj meg!!」
いや、何言ってるかわかんねぇし、俺には恐らくどうにも干渉できないし、俺には眺めることしか出来ない。
「同情をしない事だな」とフェエールの言葉が脳裏に浮かんで肩へ伸ばそうとした手を引っ込める、訳分からない事態が今日は起こりすぎているというのに、これ以上は俺が認識・処理できる範疇を超えてるって言ってんだろうが…巫山戯るなよ。
ゾワゾワとしたかゆみと恐怖心に襲われて頬が掻きむしりたくなりながらも俺は今まで味わったことのないこの気持ちをあとで彼女の感情を感じているのだと起きた後でなんとなく思ったが、こんなことで起こされてはたまったものじゃない。
どこを見てもおんなじ丸だったものがバッテンに変わっていくのを見るのはもう嫌なんだよ、こんなとこでなんにも要らない生活をしているのだから「欲」ってやつを起こさないでくれますかね…
世界ってのはみんな平等に不幸を撒き散らす生き物なんだ、だからこの手に余るサイズの代物なんかならなくていいと俺はそう思った。
閉ざしてしまえばいい、殻のない貝はいない。自分から袋小路を見つけて空っぽな空が落ちてこないかと逃げ惑っていればいい。
それで足り得てしまう、満ち足りて人間もいるのだから羨ましい限りだが生憎と俺もそう思った時期があった、こんな葛藤が馬鹿みたいだというのならそれでもいい、別に俺は人を小馬鹿にする人間は嫌いじゃない。
人の愚かさそのものみたいな奴だからな、速やかに首から上を覗いて土に埋められて欲しい…だいぶ苦しいけど我慢してな?
「miért、miért、miért!!」
おいおい!? 今度は机を叩き始めたぞ、なんにも俺してないからな!? 本当になんなんだよ…今度は子供に殺される夢でも見ろってのか?
少女は突然立ち上がると俺の胸にぶつかって恐る恐る俺の顔を見ようと顔を上げる、抱き止めたのはいいものの嫌に軽い…
「オネガイ…ワタシヲ…スクッテ…ミセロ…!!」
真っ暗だった、眼球があるはずの場所にはなにもない。
駆け寄った少女のような何かに声を上げそうになったのを俺は堪えていた。
縋り付くような振り絞った小さな声と突然のホラー展開に為す術もないし返してやるような叫び声もなかった。どちらかというと毛虫が目の前に現れたときのような嫌悪感が強い。
その子供の容姿などには全く気にもかけず俺は「さっさと起きろ」と自分に言い聞かせる。 どうせこんなのは夢なんだからとっとと消えてなくなれよ、俺はもう人間じかけのドラマは飽き飽きしてるんだ、こんなのはその一部なんだろ?
分かっているから俺はそいつの目掛けて言葉を吐く、
「はっ! 知るかよ、救いなんて劇的結果が得られるのは理論と妄想の世界だけさ。まぁここは夢の中だから夢を見るのは自由だが、叶えるのは残念ながら頭の中じゃ出来ない…そうだろ?」
どうせ俺の頭の中で起こっていることなら少しくらい格好をつけたってバチは当たらない…はず。
少女の形をした何かは俺の言葉が分かるのか、上がっていた眉と寄っていた眉間の皺が緩んで今にも崩れそうになっていった。
「鬼才でもなければ天才でもないんでね、救いを求めて他人に掬い取れない重さを俺に背負ってくれだなんて、虫が良すぎる話なんじゃなぁないのか?」
夢の半分位は自問自答だとどっかで聞いた事がある、ならばこれは答えを出さなくてはいけない。
「どうせなら夢じゃなくてもっと良いものを見ようぜ、花なら色々綺麗なの知ってるからさ。 先ずは浮かんでるそれを手元に引き寄せる事からだな。」
軽く少女らしきものの肩を叩いて俺は部屋を出ていった。
面倒な事が一つ増えたし他人に吹聴する気もないが雇われてしまった以上はあの女帝様に付き合ってやりますか。
もし何か明確な「理由」がいるのだとしたら…俺には彼女に何を望みたい? そうでもしなくては原動力が持たない。
美女だからと言って誰もが感情的に彼女の境遇に対して怒りを覚え、恩を売るために近づいて行くの…
それだけで俺はこの生命までも賭けられる…訳がないそんなアホな話があるか。
そうだな、例えば俺の野菜の広告だ、レイラの新しく作る帝国には俺、アマカワブランドの葉物や米を流通させてやる…どんな土地と気候かは分からないが何であれ工夫を凝らせば現代科学と魔法?で解決すればいい。
「なんだよ、ちゃんと考えればあの子を支持する訳位作れるんじゃないか」
そう呟いたのは夜が大分明けていていつの間にか朝焼けの前に意識が覚醒してしまった。
仕方なしに二度寝を試みたが、今度は遅く起きすぎて親に叩き起こされたのは内緒である…
次回へ続く!