不用品買い取ります。(三十と一夜の短篇第22回)
『不用品 なんでも 買い取ります』
古見矢新はポスティングされていた小さなチラシを眺めた。
説明書きの背景にはレトロなイラストが描かれている。ビー玉、メンコ、かるたか何かのカード。
そして、ワイングラスの足を切って逆さまにしたような形の物。これは多分びいどろだろう。
「この部屋に、買い取ってもらえそうな物なんてあるの?」
チラシの話を聞いた茉莉は笑った。
「ないだろうなぁ……ただ」と言い掛けて、ビールでその先の言葉を流し込む。
ただ、そのチラシがどうしても気になるのだ。
「でも捨てちゃったんでしょ?」と、彼女は空になった皿を重ねながら問う。
「うん……まぁ、その時はいらないと思ったから」
新は皿に残った肉の欠片を箸でつまんだ。
彼女とはそろそろ三年になる。時々互いの自宅で食事をし、たまに泊まり合う。
ほどよい距離感のある恋人だと新は思っているが、茉莉の方はどう思っているか訊いたことがなかった。
* * *
数日後、新は同じチラシがまたポストに入っているのを見つけた。
「おや、まだ引っ越しシーズンでもないのに」
立て続けにポスティングされるのは珍しいと思ったが、「いや、そうか……先に不用品の処分だよな」と、納得する。
記載されている連絡先をなんの気なしに確認する。メールアドレスも載っているのが今風だ。住所によると、最寄り駅の裏にあるらしい。
「覗いてみるのも面白いか」と声に出して、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
モヤモヤした気分の正体が気のせいだとわかれば、このチラシに対する奇妙な執着のようなものも消えるだろう、と新は考えたのだ。
実際歩き回ってみると味気ない灰色の雑居ビルの前に出たが、それらしき看板はどこにもなかった。
「どの辺りだろう?」
だがスマートフォンの地図アプリには、このビルだと表示されている。
「ひょっとして住所を書き直していないとか……」
「ああ、それ、うちのチラシですね」という声に驚いて振り返ると、紙袋を抱えた男性が立っていた。
随分と色の白い男だな、と新は思う。
不健康に青白いのではない。一般的な黄色みを帯びた肌より色素が薄く、透明感のある肌だ。
だが髪色は艶のある深い黒で、その対比がまるで人形めいて見える。
「何かご用事でした?」
「ええ……いえ、どんな店なのかと」
冷やかしだということをつい白状してしまったが、青年は「あぁ」と軽く笑う。
「うちは店じゃないんですよ。すみません――でもよろしければ、お茶でもいかがですか?」
「はぁ……」
――そんなつもりではなかったのだが。
しかし新は青年に誘われるまま、雑居ビルに足を踏み入れた。階段を上り三階の薄暗い廊下を進み、奥から二番目の右手にある一室へ導かれる。
ドアには数字らしき手書き文字が羅列された小さいプレートが貼ってあるが、かすれて読み取れない。
ソファを勧められて腰を下ろす。キッチンらしき方へ消えた青年は、間もなくマグカップをふたつ手にして戻って来た。
「何か不用品がおありで?」
「いや、不用品というか……」
「じゃあ言い換えましょうか――何か捨てたいものが?」
「え――あぁ、しかし」
新は内心ぎくりとする。
チラシを目にしてからずっと心の中がザワザワ落ち着かなかったのを、青年に言い当てられた気持ちになった。
「うちは基本、なんでも買い取りますよ」
青年は微笑みながら向かいのソファへ腰掛ける。
「ほう――では例えば、形のないものでも?」
少し意地悪な気持ちになって問うてみたが、青年は余裕の表情でうなずいた。
「物によりますけどね」
「それは、その……水とかそういう」
新は気まずくなり、咳払いをする。
「まぁ、水も空気もですが。あとは――そうですね、命はさすがに無理ですけど、時間や記憶なども」
「ははは……」
新は青年に対して徐々に興味が湧いて来た。
自分のような年上に――彼は新より十歳は若く見えた――平然とした顔で冗談を言えるこの人物は、一体どんな仕事をしているのだろうか、と。
「試してみますか?」
「え?」
「信じられないのも当然でしょうけど」と、青年は微笑む。
「いやしかし」
記憶を買い取るなんて不可能だ。そう新は考えていた。
「何かお試しになられても差し障りのなさそうな記憶など、ございますか?」
「そうだな……では、昨日のことなんだが――」
新は、いつも買っているコーヒー豆と間違えてまった違う品種を買ってしまった。間違いに気付いた時はがっかりしたが、物は試しで挽いて味見をしてみると、なんとも奥深い風味ですっかり気に入ったのだ。
その経緯を話し、「――間違って買った、とがっかりした記憶を、買い取ってもらえるだろうか」
新にしてみれば、冗談半分での発言だった。
しかし青年は「わかりました」と言うやいなや、左手を無造作に伸ばして来て新の額に触れる。
「――取り出しました」と手のひらを返すと、マーブル模様のビー玉のような物が載っていた。窓からの光を滑らかに反射している。
「これは?」
深い褐色と乳白色のマーブル模様を物珍しげに眺めながら、新は問う。
「あなたが今、買い取ってくれとおっしゃった『記憶』です」
青年は手のひらの上でそれを転がしてみせた。
「そういえばそんな話をしていたな――だが俺はどの記憶を? その、何故か思い出せなくて」
青年は妖艶な笑みを浮かべた。
「ここにありますから、思い出せなくて当然です」
まるで女性のような柔らかな表情だったが、視線が合った途端、新の背筋に冷たい物が走る。自分はとんでもないものを失ったのではないか、という恐怖が喉元までせり上がった。
ごくりと生唾を飲み込み、ようやく言葉を絞り出す。
「……その、記憶をまた買い戻すということは」
「本当ならそういうことはしないんです」
青年はまたにっこりと微笑んだ。
* * *
「最近どこへ出掛けてるの?」と、茉莉は訝しげな表情で問う。
「駅の裏の方にね――ちょっと面白い店があって」
新は新聞に視線を向けたまま、素気なくこたえた。
「あら? 何か新しくできてたかしら?」
「いや、古いビルの辺りだよ。茉莉にはきっと、つまらない」
「なぁに? 古本屋か何か?」
茉莉は読書をほとんどしない。
新の方は、図書館で借りたり古書店巡りをして、月に数冊は読んでいる。古いビルや興味がないものと聞いて、彼女が古書店を連想するのは自然な流れだった。
記憶を取り出すというのは体験しなければ理解できない。
そのうえ、他人の記憶を飴玉のように『味見』ができるなどということも、何も知らない相手に話せば一笑に付されるだろう。
だが新はその両方を経験してしまった。
新聞を畳みながら、新は話題を変える。
「それよりも来週の土曜の――」
「あ、それごめんなさい、急用が入っちゃった」
茉莉は顔の前で両手を合わせる。
「急用? コンサートに行きたいって言ったのは茉莉だろう?」
「そうだけど。でも女子会って欠席すると後が面倒なのよ」
「また女子会か……最近急に増えたな」
去年の秋頃から、茉莉は女子会と言って留守にすることが増えていた。
平日の夜に食事をして帰宅することもあれば、休日の昼間から集まることもあるらしい。
「新しく来た人が仕切りたがりで――本社から出向してる人だから、みんな気を遣っちゃって」と、茉莉は肩をすくめる。
「女社会はめんどくさそうだなぁ」
新は呆れた表情でそう言うと、「じゃあチケットは誰かに譲るとするよ」とため息をついた。
「あら、あなたは行って来ていいのよ?」
「男ひとりでクラシックコンサートなんて、よほどクラシック好きでもなきゃ行かないもんだろう。俺は、茉莉が行くから一緒に行くだけだ」
新も肩をすくめてみせる。
実際、ゆったりした曲が続くようなコンサートの場合は、始まって三十分もしないうちに眠ってしまうことが多かった。
「じゃあ、今までは嫌々付き合ってたっていうの?」
茉莉は急に拗ねたような表情になる。
「そうは言ってないだろう。ただ、ひとりで行くほどは好きじゃないってだけで」
「悪かったわね、予定を変更させて。でもしょうがないでしょう? 呼び出されたんだから!」
最近、彼女はこんな風に急用で予定をキャンセルして、逆ギレのような態度を取ることが増えた。
付き合い始めの頃の新鮮さは、三年も経てばなくなる。
デートらしいデートも月に一回あるかないか。そして今回のようにたびたびキャンセルされれば、新も計画を立てるのが億劫になる。
これはマンネリというものだろうか……と新は考える。
――でも会社帰りに落ち合って食事に行ったり、休日を互いの家で過ごすのは変わらず……いや。
「そういや、茉莉は最近はうちに来てばっかりだよな?」
キッチンで、皿がカシャンと音を立てる。
「駄目なの? だって新、うちに来てもつまらなさそうにしてるじゃない」
「そういうわけじゃないんだが――じゃあ来週は茉莉の家へ行ってもいいかい?」
「だから、来週はいないってば」と茉莉は笑う。
「女子会が終わる時間からでもいいじゃないか」
少しむきになって、新は食い下がった。茉莉は呆れた表情で新を見つめる。
「ええ? だって、何時に終わるかなんて幹事やその時のノリで変わるじゃない。わかるでしょ?」
「『彼氏が待っているから』で抜ければいいじゃないか」
「ねえ、ちょっと。やめてよそういうの」
不機嫌な声とともに、ジャッと音を立てて水が出た。
「みんながみんな、彼氏がいたり結婚しているわけじゃないのよ? 何がきっかけで嫌がらせされるのか、わからないんだから――それに、たまにはそれぞれの週末を過ごすのも悪くないじゃない?」
――たまには、なんかじゃない。最近は一、二ヶ月に一回くらいのペースでそういうことがあるじゃないか。
新はため息をついたが、もう何も言い返さなかった。
* * *
「――新先輩、こういう趣味があったんですか」
三年後輩の京塚がコンサートチケットを眺めながら笑う。
「これは俺じゃなく、彼女がね。でも都合が悪くなったから。お前のかみさん、好きだって言ってただろう」
「よく覚えてましたね――じゃあ、ありがたくいただきます。お金は?」
「いや、いいよ。チケットが無駄にならなくて済む。明後日のコンサートだから、急で悪いんだが」
「そうですか。いえ、喜んで鑑賞させていただきますよ。とにかく、ありがとうございます」
お金は別に惜しくはない。
ただ、こう何度も約束を反故にされるとやはり虚しくなる。それを茉莉に理解して欲しいという思いはあるのだが――それでも強くは言えなかった。
* * *
土曜日はよく晴れていた。
部屋に籠っていても鬱々とするばかりだ。新は出掛けることにした。
「――たまには、あまり行かない方面に行ってみるか」
茉莉の女子会は二つ隣の駅の辺りだと聞いていたが、そのエリアは新にとっても普段の行動の範囲内だ。
下手にうろつくと、監視しに来たのかと目くじらを立てられるかも知れない。
予定をキャンセルされた上に言い掛かりをつけられるのは御免だった。
反対方向の電車に乗り、一番近い繁華街の駅で降りてみた。
五つほど離れた駅の駅前には大きな楕円形の広場が造られていて、バスのロータリーもある。昼下がりの駅前には買い物途中の親子連れの他、デートの待ち合わせらしい男女の姿も見える。
新は駅ビルのカフェに入り、通りを眺めながらスマートフォンの地図アプリで書店を探してみることにした。
窓を挟んだ向こうに若い男性が現れた。カフェの外壁に寄り掛かり、煙草に火を点けたかと思うと、立て続けに数本吹かす。
ここは禁煙エリアではないが、少し行けば喫煙所もある。
最近の世の中は、公共の場で所構わず煙草を吸うこと自体がマナー違反と取られるというのに……と、新は冷めた眼で男性を観察していた。
男性の足元には見る間に吸い殻が転がる。味わっている様子ではなさそうだ――その行動は単なる『演出』のためなのだろう、と新は見当をつける。
男性がまた煙草を取り出しながら、何かに気付いたように顔を上げた。そして軽く手を上げる。
待ち合わせの相手が来たらしい。
――やれやれ。どんな女性がこいつに騙されているのか。
興味半分で男性の視線の先を追う。だが次の瞬間あまりにも驚愕して、新はコーヒーのカップを取り落としそうになった。
「――まさか……嘘だろう?」
新の眼が大きく見開かれる。
嬉しそうに頬を染めながら男性の方へ駆けて来たのは、普段よりも若作りな服装をした茉莉だった。
* * *
「――今日は何を『味見』なさいますか?」
ドアを開けた瞬間に、青年はそう言って新を迎えた。しかしいつもと違い沈んだ表情をしている新を見て、「おや……」と眼を丸くする。
最寄り駅の裏の地域にある雑居ビル。
その三階の部屋に訪れた新は、青年の顔を見て少し驚いたような表情になった。
「――俺はいつの間にここへ?」
「今ですよ――何かありましたか?」
青年にうながされ、ソファに腰を下ろす。ここまではいつもと同じだった。
しかし今日の新はいつものような『秘かな楽しみを抑えきれない』という笑顔ではなかった。生気が抜けてしまったかのように力なく、顔色も蒼白い。
「あぁ、そうか……どうやら相当ショックだったらしい」
「よければお話をお聞きしますが」
「いや――今日はあれをお願いしたい」
新の表情は硬く、その声はかすれた。
「記憶を失うのは、お嫌だったのでは?」
新は無言でうなずき、倒れこむようにソファに身を預ける。
「では何故」
「……それ以上の、耐えられないことがあったんだ」
「そうですか」
青年は自分のマグカップを手に取る。
「何があったのか、話さないといけないだろうか」
「お話にならなくても『取り出す』ことはできます」
「何も見なかったことにしたいんだ」
「――それで解決するのであれば」
「どういう意味だ?」
青年は新を見つめた。
「同じようなことが、今後また起こらないとも限らないですよね?」
「そうかも知れない。だが、俺が何も見なかったことにすれば済むと思うんだ。それでまた、以前と同じように――」
「失礼ですが、人間関係でお悩みですよね? 例えば恋人とか」
その瞬間、新は表情が変わるのを抑えられなかった。
「なんでも買い取ってくれるんだろう?」
つい語気が荒くなる。
「ええ、買い取れますけど」と、青年は困惑したような表情になる。
「――でもあまり何度も同じような記憶を取り出すと、耐性が付いてしまうか、逆にあなたが壊れてしまいますよ?」
「言っている意味がわからないんだが」
「薬と同じようなものだと思ってください。一時的には効果があっても、使い過ぎると耐性菌が発生したり身体を壊してしまいますよね」
「『嫌な記憶』は病気みたいなものか」と新は苦笑する。
「喩えが気に入らないのであれば言い直します」
青年の眉間にかすかな皺が浮かぶ。
「いや、よくわかるよ。ならばいっそ、病巣ごと取り払ってしまおうか?」
そう吐き出した新の頬は、引きつるように歪む。
「――おっしゃっている意味が、わかりません」
「きみにはわかってるだろう」
自嘲のような笑いが湧いた。
「この際、茉莉のことをすべてを忘れればいいんだ」
「あなたはそれでいいのですか?」
新を思いやるような青年の視線は温かい。
「とても大切なかたなのですよね?」
「大切だからこそ、ひと言でも話して欲しかったのに……」
裏切られたという傷が深過ぎて、新はもう笑顔を作ることもできない。
いらない記憶が消えることでどれだけ気持ちが楽になるかを、想像しないではいられなかった。
「できるなら、今この瞬間に引っ越しをして電話も替えてしまいたいくらいだがね。さすがにそれは無理だろうから、せめて彼女の記憶がなくなれば」
青年はしばらく無言で見つめていたが、やがてため息をついた。
「わかりました――しかし完全に忘れることは不可能です。あなた自身の記憶まで傷ついてしまいますから」
「じゃあどうなるんだ?」
「多分あなたには、彼女のことを忘れてしまったように思えるでしょう。付き合った相手がいた、それ自体はもちろん消えません。ですが彼女の声や仕草、一緒に行った場所も忘れるかも知れませんね。場合によっては、行った場所は覚えていても、誰と行ったのかを思い出せなくなるかも知れません」
「随分曖昧なんだな」と、新は肩をすくめる。
「記憶の強さは人によって違いますから。場所に固執している人は場所を忘れないでしょうし、固執していないならその記憶も一緒に消える。まぁ、そんな感じだと思ってください」
「きみがそれを選り分けるのか?」
「いえ、あなた自身がです」
そう言って、青年はテーブル越しに左手を伸ばして来た。
「――ああ、そういえば……」
ひんやりした指が額に触れた途端、心地よいまどろみに誘われた新はつぶやく。
「最近は彼女の方から電話を掛けて来ることもなかったんだよ……」
* * *
一ヶ月が過ぎた。
新は京塚から焼酎を贈られた。好きな銘柄だ。
お礼だと言われたが、不要だったチケットを譲っただけなのでかえって申し訳ないとすら思った。
そもそも、興味のないコンサートのチケットを何故自分が持っていたのかも思い出せないのだ。多分福引で当てたとか、忘れていた懸賞が届いたとか、その程度のことだろう。
それから気分転換も兼ねて、四年過ごした部屋を引っ越すことにした。
間もなく引っ越しシーズン本番のため、善は急げと週末ごとに不動産屋を巡り、数駅分会社に近い場所で部屋を決めた。
不用品を処分するため青年を呼んだ。青年は馴染みという引っ越し業者を連れて来て、手際よく分別してくれた。
最終的に荷物が半分くらいの量になったが、この数年でそこまで『不用品』が増えたとは、新自身にも驚きだった。
結構な額の買い取りになり、引っ越し代金が半額ほどで済みそうだと言われたので、青年に紹介された業者に引っ越しを任せることにした。
ついでに携帯のメモリーも見直す。仕事の付き合いや飲みの時の社交辞令で交換したアドレスなど、誰なのかわからない名前がいくつもあった。
冗談で「これも買い取ってもらえるのかな?」と訊いてみると、さすがにそういった個人情報は買い取れない、と青年に笑われる。
「きみに出逢って、人生が変わった気がするよ」
引っ越し当日、新は青年に礼を伝えた。
「そんな、大袈裟ですよ。こちらはあくまでも商売。お客さまとは持ちつ持たれつなんですから」
こたえる青年の表情は、しかし営業用の貼り付けた笑顔ではなかった。
「それだけじゃ済まないよ――個人的にも、きみには助けてもらったという気持ちがすごくあるんだ。よくしてもらったお礼に、何かできることはないだろうか」
「そうですか? ではこのチラシを、マンションのポストに入れてもらってもいいでしょうか」と青年はくすくす笑う。
それはレトロなイラストが描かれているチラシの束だった。
「これは――ああ懐かしいな。俺が興味を持ったきっかけの」
「ええ。強要はしませんが、ご近所に配っていただけるとありがたいです」
なかなか売り上げの上がらない商売で、と青年は笑う。
なんでも買い取るとは言うが、その後あれを誰に売るのか、新にも見当がつかない。買い取るばかりでは赤字になりそうなものだ。
「その程度のことならいつでも。また『味見』をさせてもらいに行くのだし」
『記憶』を『味見』することは、今や彼の趣味のひとつになっていた。アマチュア映画を観る感覚で楽しんでいる。
「そうですね、お気が向きましたら」
「じゃあまた」
手を上げて青年たちを見送る。彼らは無言のままこたえる。
朱い大きな夕陽が景色を染め、新の記憶に刻み込まれた。