起点
夢をみていた。懐かしい人達の夢を。願いはただひとつだった。
ーやめておじいさま!パパとママを殺さないで!
ーどきなさい詩織。それはもうおまえの両親じゃない。
ーいやー!パパ、ママ。
目の前で苦しみもがいて死んだ両親。返り血に染まった祖父の手。
ー泣くなよ詩織。俺たちがいるだろ。
ー恭も葵もおじいさまも嫌い。『宇奈月』なんか大嫌いよ。
何を信じたらいいのかわからないままに彼女は家をとびだしてー彼にあった。
ー気がついた?
目を覚ましたのは見知らぬ少年の部屋。
ー公園に倒れていたから・・・僕は柏木文久。あ、ごめん。びしょ濡れだったから・・・・。
生まれたままの姿。少年が脱がしたのだろう。もしこのままこの少年に抱かれたら『宇奈月』としての力はなくなるだろうか。
ー抱いて。
ーえっ?
ー抱いてほしいの。
ーわかった。
いとも簡単少年は承諾した。所詮、男なんてこんなものだ。でもー。
ーこれでいい?
言葉どおりに抱きしめられた。少年のあたたかい体温がTシャツごしに伝わってくる。
ー夏だから毛布ぜんぶクリーニングにだしちゃって。ごめんね寒いよね。
どうやら寒さに詩織が凍えていると勘違いしたらしい。素直な少年の優しさが詩織の凍てついた心を溶かしてゆく。涙が嗚咽となってあふれた。文久はなにもきかずただ詩織を抱きしめてくれた。そのまま詩織は眠りについた。両親を失ってから初めての眠りに。翌朝、目覚めた詩織に初めて文久が聞いた。
ーきみの名前は?
ー詩織。麻城詩織。
ーいい名前だね。
にっこり笑ったひだまりのような少年の笑顔を詩織は一生忘れない。
ーであいは運命だった。
「気がついたかい?」
二年前、初めて聞いた大好きなひとの台詞。それを言った少年は兄妹のように育った彼女の守護。詩織は微笑んだ。
「ごめんなさい心配かけて。どれくらい眠ってたのかしら?」
「ほんの三十分くらいだよ」
「そう。文久君の夢をみたわ」
葵はなにも言わずに微笑んだ。
「葵はあの二人のことどう思う?」
「『見えざるモノ』に対しての戦力にはなる。でも『見えすぎるモノ』に対しては優しすぎるな」
「もちろん『見えざるモノ』相手よ。ふたりとも素直でいい子ね」
「本当にそれだけか?」
「佳隆が文久くんのクラスメイトだからってこと?もちろんないわけじゃないわ。だっていくら私達でも学校までは守れないもの。でも、それだけの理由じゃないわ。『アサギ』に佳隆は必要なの。『宇奈月』にいればあの純粋さは失われてしまうもの。そんなのもったいないわ。静穂だってそうよ。それにふたりとも予想以上の力だわ」
「確かにあんなに簡単に剣をだすとは思わなかった。静穂の治癒能力もたいしたものだ。泥餓鬼相手には通用するだろう。でもあいつに隆生が殺せるのか?」
「殺すわけじゃないわ。救うのよ。それを理解するかどうかね」
その難しさは誰よりも彼女は知っている。それを知っていて言うのなら、葵に言う言葉はない。少年はただ頷いた。
「大丈夫。佳隆には静穂がいるわ。私に文久君が、恭と葵にはお互いがいるようにね」
詩織の言葉に珍しく葵が嫌な顔をした。
「俺と恭は別々の人格をもっている。いいかげんに二人でひとり扱いはやめてくれ」
『守護』の少年の切なる想いに詩織は肩をすぼめた。
「ま、なんにせよ明日までにかたをつけるわ。明後日はデートなの」
「文久は知らないだろ」
「いいの。私があいたいんだから」
「わがままなお姫様だ」
詩織は小さく舌をだした。
突然、静穂が息をのみ佳隆にしがみついてきた。
「おいおい見せつけるなーなるほどね」
笑いかけた恭は納得する。砂利道の真ん中に土気色した人間の右腕が落ちていた。昨夜佳隆が蹴った泥餓鬼のものだ。
「死んだら人間に戻るなんて皮肉だな」
無造作に拾い上げると田圃に放り投げた。
「おい!」
ーゾーリザーリ。
すぐに腕はあとかたもなく泥の中へ消え去る。佳隆は恭の腕をつかんだ。
「なんてことをするんだ!」
「じゃあ墓でも作るのか?こうするのが一番いいんだ。雨でも降ってみろ。もう一体泥餓鬼が増えるだけだぞ」
「それにしたって・・・・」
恭は佳隆の手を振り払った。
「いいか?相手はもう人間じゃないんだ。殺すんじゃない。救うんだ。人間のまま死なせてやるんだよ」
「だけど・・・・」
あんなこと佳隆にはできない。恭は息をはいた。
「おまえはそのままでいい。でも優しさと甘さは違うんだ。覚えておくんだな」
「・・・・・」
「ねえ、恭さん」
それまで黙っていた静穂が言った。
「どうして泥餓鬼はこの村から出て行かないの?」
「佳隆の母親が結界をはっているからだ。たぶん母親はこうなることを予知していたんだと思う。おまえは知らないだろうけどな佳隆。東塚小夜子っていったら『宇奈月』でも有名な能力者だったんだぜ。普通の人間と結婚したってそこそこの力はもってたんだ。ただそれがバレると一族に連れ戻されるから黙ってたんだよ」
「予知してたのに隆生を救えなかったのか?」そんなこともあるのだろうか?佳隆は納得できずに恭を見上げる。悔しいことに恭の方が背が高いのだ。少年は肩をすくめてみせた。「認めたくねーけどな限界ってのは、人間を馬鹿にしたみてーに存在すんだよ。あった、ここだ」
恭が指したのはー村で唯一のガソリンスタンド。個人ではなく村営のガソリンスタンドだ。乗り手がないままにタンクローリーやハイエースワゴン等が放置されている。恭はハイエースに鍵がついていることを確かめると言った。
「佳隆、おまえ運転はできるか?」
「できるわけないだろ。僕は十五歳だぞ」
「それじゃあいま覚えろ。オートマならゴーカートをでっかくしたのと同じだ。じゃないと山火事にまきこまれるぞ」
佳隆はその言葉に眉をひそめた。
「まさか焼き払うつもりか?」
「ご名答。ここのガソリンで足りない分は詩織と俺でなんとかする」
なんとか?ガソリンもなくて発火するというのだろうか?そういえばー。
「さっきいってた詩織さんは炎に焼かれないって?」
「そういう契約なんだ。あいつは生まれながらに四大聖霊の力をもっているからな」
「神様みたいね」
静穂が感心したようにため息をつく。神様というよりは女神だろう。あの人間ばなれした美しい少女にはぴったりのような気がする。恭は笑った。
「時代が時代ならそうさ。ほんとはあいつに守護なんか必要ないんだぜ。俺と葵が束になっても勝てないんだから」
手際良くポリ缶にガソリンをいれていく。すべてのポリ缶にいれてしまうと今度はタンクローリーに乗り込んだ。たまたまやってきた村でタンクローリーの運転手は泥餓鬼の餌食になったのだろう。運が悪かったとしか言いようがない。
「このポリ缶はどうすんだよ」
「そこにハイエースがあるだろ。それに積んで役場に戻ってくれ。大丈夫、鍵もついてるしオートマだ」
「恭さんはどうするの?」
「村中にガソリンをまいてくる」
そう言うといともたやすくタンクローリーのエンジンをかけると発進する。すぐにタンクローリーは視界から土煙をあげながら消えた。
「ほんとに同じ十五歳か?あいつは」
あきれて佳隆はつぶやいた。そして真新しいハイエースのトランクをあけるとポリ缶を積み込む。貨物登録らしく運転席と助手席以外の座席はなかった。積めるだけ積み込んでトランクを閉める。
運転席に乗り込むと助手席に乗った少女にシートベルトを促し、エンジンをかけた。もともと運動神経には自信があるし、恭が言ったようにオートマ車はゴーカートと同じだとも思う。
頭ではわかっていても緊張した。ギアをドライヴにいれてサイドブレーキをおろすといきなり車が前に走りだした。オートマ特有のクリープ現象だ。佳隆はあわててブレーキをふむ。
あまりに強く踏んだため、衝撃が大きくなった。
「キャッ」
「ご、ごめん。わからなくて・・・・」
サッカーにしか興味がなかったから車の構造なんてわからない。かろうじて右がアクセル。左がブレーキということがわかる程度なのだ。こんなことならにゲーセンでもっとカーゲームをやっておくんだった。などと的外れなことを、本気で思いながら冷や汗をぬぐう佳隆を見て、静穂はちょっとためらったあと言った。
「私が運転しましょうか?」
「できるの?」
「この前、ドラマで乗る場面があってー。矢野さんに・・・マネジャーさんに教えてもらったの」
「じゃあ交替しよう。どうも僕は運転にむいてないみたいだから。足とどく?」
「なんとか・・・。男の人ってみんな車が好きなのかとおもってた」
「それは偏見だよ。もちろん女の人に比べたら多いとは思うけどね」
座席を交替すると静穂はまずブレーキを踏みギアをパーキングからドライヴにいれる。ブレーキを踏んだままサイドブレーキをおろしすとブレーキから足を離してアクセルをやわらかく踏み込む。
するするとハイエースが動き出した。
仮免に受かったばかりのような運転でも二回目にしては上出来だ。佳隆は内心舌をまく。やっぱり運転には適性というものが存在するのだと思った。静穂には話す余裕すらある。
「でも本気で放火するのかな?」
まっすぐ前をむいたまま疑問を口にする。
佳隆は顔をしかめた。
「放火って言い方はちょっと・・・」
ー人聞きが悪い。
「でもやることは結局、放火でしょ?」
静穂は気にせずにさらに言う。この気の強さはどこから来るのだろう。
「うーでも、確かにそれがベストだとは思うよ。ちょっとやりすぎだけど、しょうがないんじゃないかな」
「・・・・なんか怖いな」
前を見たまま静穂は言った。声の調子が沈んでいる。
「いつのまにか詩織さんたちのペースに巻き込まれてる。立派な犯罪なのに平気になってる。そーゆーのって怖い」
人の死というものがあまりに身近で起こりすぎて、感覚がどこかマヒしている。佳隆は静穂の言葉に感心した。
(すごい娘だな。こんな状況なのに流されないで自分の意見をもっているなんて)
佳隆は、放火だってしょうがないと思うくらいに流されている。
しょうがないという言葉で片付けようとしていた。そうしないと正気でなんかいられないような気がする。なのにたかだか十三歳の少女が冷静に考えているなんてー。
素直に感嘆の声がでた。
「すごいね、静穂ってーとごめん呼び捨てにして」
「いいの。私も佳隆君のこと名前で呼んでるから。でも何がすごいの?」
「十三歳なのにしっかりしてるなと思って」本当に三年前の自分とえらい違いだ。病弱でわがままな弟を持った分、同い年の少年たちよりはしっかりしていたけれど、ここまで冷静に物事を考える力はなかったように思う。静穂は首をふりそんなことかと笑った。
「母子家庭で育ったから必然的にそうなったの。だってお母さんが仕事でいないとき自分しか頼れないんだもん」
どんなに心細くてもひとりだった。熱をだしても母はいなくて、頼れるものは自分だけ。だから自己管理もなにもかも、初潮の用意すらも自分でした。
芸能界入りを決めたときも母には相談しなかったし、いつだって結果だけを伝えて来た。母のことは大好きだけど、いざという時に頼れるのは自分だけだといつも思っていた。
年齢に似合わないくらいにしっかりしていること。それはひとりでいることが多かった彼女の身につけた自分を守るための手段だった。
「隆生も同じなんだけどな」
「女の子の方が男の子より成長が早いから。それに隆生君には佳隆君もお父さんもいるもの」
少なくても隆生には頼れる家族がいた。ひとりっきりだつた自分とは全然違う。
「静穂のお母さんてなにしてる人?」
「昔は市民病院で栄養士してたけどいまは専業主婦。お母さんの再婚相手病院で医師だった人なの」
「へぇーうちと一緒か」
「いまはちっちゃな小児科をしててとっても温和な人。私のこともいろいろ心配してくれてお母さんも気にしてるみたい。こういう仕事してると外野もうるさいし」
そう。働かなくていいようになって母は変わった。いままでの分をとり戻すかのように静穂の行動に口を挟むようになったのだ。生活にゆとりができて初めて娘のことを思う時間ができたのだろう。でもすでに静穂は母の手を離れていた。反抗期とは違う。ただ静穂が母を必要とした時期と母が自分を必要とする時期がずれただけ。それだけなのだ。
「そっか。静穂ってアイドルなんだよね。あんまり身近に感じるから忘れてた。そうだ、君が出演してるドラマや映画ってビデオでているの?」
「連ドラはあるけど・・・・どうして?」
「見てみたいとおもったから」
佳隆の言葉に静穂は微笑んだ。
「きっと帰れるよね?」
「約束は守るさ」
にっこりと笑う少年に少なくてもこの事件で佳隆にあえたことは収穫だと思う。ひととの出会いはどんな場合でも奇跡だ。静穂は十三年間生きてきてたくさんの奇跡に遭遇したけれど佳隆との出会いは運命を感じる。これから先なにが起こるにしろ佳隆を信じていたい。
(私、佳隆君に会えてよかった)
失ったものは多すぎるけれど手に入れたのはかけがえのない仲間たち。詩織の言葉を借りるなら、
ーであいは運命だ。




