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必然

     

 ーであいは運命だった。

それが彼女、麻城詩織の口癖だった。文久は夏休み明けにある体育祭の計画書をまとめながらため息をつく。半ば無理やり押し付けられたクラス委員にくわえて担任から生徒会まで指名されて、なんだか気分はブルーだった。

高校の生徒会なんてただの雑用係だ。なり手なんかないから担任の指名制をしいている。クラス委員というだけで指名されるなんてつくづくついていない。

こういうブルーな気分の時は詩織の声を聞きたいけれど、彼女からの連絡はいつも一方的だった。つきあって二年以上たつのに文久は詩織の電話番号すらしらない。

連絡はいつも一方的だ。でもそのことに不満はなかった。詩織が必要なときにそばにいる。それだけが文久の望みで、それはたぶんかなっている。

ーであいは運命だった。

言葉どおりの愛をくれる詩織になにも望むことはない。ただ詩織が望むように文久はそこに存在するだけだ。ただー。

「なんで僕なんだろ」

文久は脳裏に詩織の姿を思い描いた。夜露のような漆黒の黒髪に漆黒の瞳。艶やかな紅い唇に鈴のように澄んだ、それでいて甘いシュガーボイス。つくづく美少女だと思う。

文久はあまりアイドルとかを知らないけれど、きっと詩織以上にきれいな少女は存在しないんじゃないだろうかと思う。

それに詩織の一族はみんな美形ぞろいで、詩織の従兄弟だという双子の少年たちは、男の文久でさえ息をのむ美少年で、僕なんかのどこがいいのかと悩まずにはいられない。

詩織が面食いでないのだけは確かだ。十五年間生きてきて、文久は詩織以外の女の子にもてたことがないし、詩織以外の女の子を好きになったこともない。

ーであいは運命だった。

詩織だけでなく文久にも言える言葉なのに、なんだかおこがましいような気がしてー。

(情けないよなー詩織ちゃんは僕をあんなに大切にしてくれてるのに)

大きくため息をつくと先日自転車でこけた時に打った足首が痛んだ。誰かが悪戯してブレーキがきかなくなっていたのだ。

もう少し気づくのが遅かったら大通りにつっこんでいた。電柱に無理やりぶつけて足首のケガですんだのは不幸中の幸いともいえる。このことは詩織にも話していない。

もともとドジな方なのに詩織と逢ってからますますドジに磨きがかかって、こんな怪我は日常茶飯事になっていた。文久の怪我を必要以上に恐れる少女には絶対に言えない。

それと同時にドジな自分が恨めしくなってくる。そして思うのだ。どうして詩織は自分を選んだのだろうと。従兄弟なら結婚だってできる。

文久なんかより双子の方がよっぽど詩織にはお似合いだし、詩織と双子の間には文久なんか入り込めない絆があるような気がする。

「つくづく僕って情けないよな」

今日だって担任にひと言いやだと言えば生徒会なんかやらずにすんだ。でも口をついてでたのわかりましただ。クラス委員長なんてリーダーシップがとれなければできないのに。「こんなのは有川がむいてるんだ」

サッカー部のルーキーはクラスでも人気者だった。そつなくなんでもこなして人当たりもいい。近隣の女子高生の間で赤丸急上昇中だとか。ああいう人間も世の中存在するのだとつくづく感心してしまう。よりによってこういうブルーな日にかぎって祖父母は海外ロケだったりするのだ。

文久が中一のときに両親はひとつ下の妹を連れて海外赴任先であるアメリカに渡り、文久は母方の祖父母にひきとられた。

世界に名をはせる写真家の祖父はまだまだ現役の六十五歳で、その妻である祖母を助手として海外を飛び回っている。

一年のうち三分の二は海外にいる祖父母なので、実際は一人暮らしとなんら変わらない。だから、ひとりにはなれていた。でもこういうブルーな時は弱音をはける存在を思わずにはいられない。

文久はもういちど詩織の姿を思い描い描きながらぶやいた。

「詩織ちゃんいまごろなにしてるんだろう」

 


そのころ詩織はといえば佳隆の飲み込みの良さに感心していた。本人の自覚があろうとなかろうと確実に佳隆は東直系の血をひいている。こつを教えただけでこんなに早く剣をだすことができるなんて本当は思っていなかった。恭も口笛を吹く。

「すごいなおまえ。相手にお面をかぶった黒づくめでのっぽな親父を連れてくるか?」

「ふざけんなよーあっ」

「集中力がいまひとつね」

あとかたもなく光の剣は消えてしまった。剣をつくりだすのに精一杯で維持する能力なんかないのだ。意識がそれるといまみたくなってしまう。

「気にすることないわ。剣をつくりだしただけでもたいしたものよ。維持する力はそのうち自然に覚えるから。あとは静穂。あなたにも教えてあげる」

「私にも?キャッ詩織さん!」

いきなり詩織がそばにあった果物ナイフで手首を切った。赤い鮮血が噴水のように流れ出す。動脈を切ったのはあきらかだ。

「そんな大ケガ私には直せないのに」

それでも静穂はあふれだす血を止めようと左手をかざす。

(お願いとまって。お願い)

流れ出す血の勢いはとまらない。静穂は泣きたくなった。どうして詩織はこんな無謀なことをやったのだろう。そうこうしているうちに詩織の肌がますます白くなっていく。

それは青さを増していった。

「落ち着いて静穂。お願いとかじゃなくて命じるの。私の体にかよっている霊気に命じて。大丈夫あなたならできるわ」

そう言いながらも詩織の息がきれている。静穂は佳隆がやったように目をとじて左手に神経を集中する。ー感じる。暖かくて強い生命の気。詩織の霊気。

あふれだす鮮血とともに失われていくそれに静穂は命じた。

(彼女の生命をたつののは許されない。自然の理に逆らい血よ。偉大なる霊気よ。その流れをとめ、回復につとめよ)

今までにない力を左手に感じて目を開けてみると、みるみるうちに傷口がふさがっていく。詩織が息をはいた。その身体がおおきく揺らぐ。

「詩織!」

「詩織さん!」

支えた恭の腕につかまって詩織は土気色の顔で微笑んだ。

「よくやったわ静穂。さすが北直系の血をひくだけあるわ」

「たしかに静穂はすごいけど無茶しすぎだ詩織!おまえの力ならある程度のところで血をおさえられただろうが!」

「詩織、これを」

葵が自分の手首を浅く切りつけて流れる血をコップについだ。それを詩織に渡す。佳隆と静穂はただ黙って詩織がその血を飲み干すのをみていた。

グロテスクでもそれが彼ら流の献血だと気がついたのだ。それに静穂は自分の責任も少なからず感じている。たとえ詩織が自分からあんな無謀な行動にでたとしても、それは静穂のためだったのだから。

詩織は葵の血を飲み干すと欠伸をかみころした。

出血のショックで眠気が襲ってきていた。葵が言った。

「詩織は少し休んだ方がいい。その間に佳隆と静穂。それに恭は村を偵察してくれ」

「おまえはどうすんだ葵?」

「今度は俺が詩織を守る番だ」

「さっきおいて行ったことをまだ根にもってるのか?ちぇっ、わかったよ。行こうぜ佳隆、静穂ちゃん」

「あの、恭さん。私、ロケで借りた家に荷物をとりに行きたいんだけど」

「わかった。ほら行くぞ佳隆なに荷物あさくってんだ?」

「ちょっとまってろ。詩織さんこれ柏木の写真。クラスマッチの時のやつなんだけどたまたま一緒に写ってたから」

ソファーに横になった詩織の枕元に写真を置く。母や隆生に見せようと偶然もってきていたのだ。礼を言う詩織にうなづいて佳隆は恭と静穂の後を追った。


 「詩織さん。どうしてあんな無茶をしたのかな?」

役場をでると静穂が言った。手には泥餓鬼対策に木の棒をもっている。役に立つとは思ってないが気休めにはなっていた。

「静穂が気にすることはないさ。もともと詩織は死に急ぐようなとこがあるからな」

「詩織さんは『宇奈月』を嫌いなのか?」

「憎んでさえいる。詩織は十四の時に一族に両親を殺されているからな」

恭の言葉に二人は言葉を失う。淡々と恭は続けた。

「一時詩織の状態は最悪だった。俺や葵にすら『宇奈月』というだけで拒否反応を起こした。無理もないことさ。目の前で両親が殺されたんだ。詩織のショックは大きすぎて『宇奈月』にはどうしょうもなかった。ただショックをあたえないように距離をおくのが精一杯で、詩織が行方不明になったことにも気づかなかった。詩織が完全に気配を断ったからな。詩織を越える『力』の持ち主は『宇奈月』にはいない。元帥すら及ばないんだ。俺と葵がやっとの思いで見つけたのは文久の隣で子供のように眠る詩織の姿だ。文久との間に何があったのかは俺たちも知らない。でも詩織を救ったのは間違いなく文久だ。もどってから文久を守るために詩織は『アサギ』を作った。一族の奴らには、退屈しのぎだの我がままだの言われたけれど、それが詩織の『宇奈月』に対する反抗なんだ。『アサギ』は『宇奈月』に縛られない。だから静穂や佳隆を『宇奈月』より先に仲間に入れたかったんだよ。さっき詩織が言ったようにおまえらが『宇奈月』に捕らわれる必要はないし、詩織はそれを望まない。この中で佳隆の気持ちがわかるのは詩織だけなんだ」

恭はそこまで一気に喋ると軽く息をはいた。

「もしも文久が死んだらと思うとぞっとするぜ。詩織が暴走したら大水害だけじゃすまなくなる。一族の奴らはそれを知らないんだ」

「二年前の大水害ってもしかして・・・・」

「詩織のせいだよ。あいつが泣いてばかりいたから自然も協調したんだ。さっき言った詩織の力が暴走したら日本が破滅するってのは嘘じゃないんだぜ。ーっとこの家か?」

古い大きな民家はロケ隊が借りたもの。一歩中に入ると真夏の日差しをものともしない涼しい木の匂い。わりあたられた女性用の部屋。

静穂のバックの隣には優しかった先輩の荷物。もうーあの優しい笑顔にはあえないのだと思うと目頭がつんとしてくる。

「大丈夫?」

佳隆が心配そうに静穂の顔をのぞきこむ。つらいのは佳隆も同じなのにー。

静穂は笑顔を作ってみせた。

「ゆうべ、おもいっきり泣いたから平気。それより泥餓鬼は昼間はいないのね。だったら逃げることもできるんじゃないかな?」

「でも逃げたってなんの解決もしないよ。そのために『アサギ』が来たんだろ?」

佳隆が恭を振りかえる。

「佳隆の言うとおりだ。この場合東の奴らの領域だけど、奴らには手に負えない相手だからな。『見えざるモノ』の『狩り』は特殊だし、相手は佳隆の母親の血によってパワーを増している。やっかいだ」

「その『見えざるモノ』ってのはわかったけど『見えすぎるモノ』ってなんなんだ?」

「人間のことさ。外国のスパイでもテロ組織でも表の奴らには邪魔な奴らを『狩り』つまりは暗殺するんだ。まあもっともふたりには関係ないよ。『見えすぎるモノ』の『狩り』は俺たちの領域だからな」

「この剣・・・やっぱり人も殺せるんだ」

「いや殺せないぜ。俺や葵が『狩り』に使うのは非合法的な手段だから」

「ー銃ってこと?」

「頭のいい女の子は好きだな。なんならおまえも覚えるか?佳隆」

「・・・俺はいいよ。必要があっても遠慮する」佳隆の答えに恭は笑った。

「それでいい。詩織が望むのはそういうことだ」

「詩織さん大丈夫かしら」

「葵がついてるから平気だろ。それより偵察ついでに俺たちにはやらなきゃいけないことがある。ついてきてくれ」

恭は役場とは反対の方向を顎で示した。

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