終末
ーニゲナクテハ。
『影』は『器』を捨てて、炎の中を駆ける。ーニゲナクテハ。
強すぎる。強すぎる。あんな相手にかなうわけがない。
ーハヤクハヤク。
追いつかれないように。
「ーどこに行くの?」
背筋が凍る。
ーサキマワリ?
それは彼をそそのかした一族の『姫』。まぎれもなくそう『姫』となのれる少女。冷ややかに彼を見つめる漆黒の瞳。
ーオレハワルクナイ。ゼンブオマエノイチゾクガシクンダコトダ。
「そうね・・・」
ーオマエノイチゾクガ・・・。
強い。強すぎる。勝てるはずがない。
ーシヌノハイヤダ。イヤダ。
「殺しやしないわ」
ーナニヲノゾム?
「ーなにも。あなたは私が殺さない。それだけよ」
冷たい微笑が『影』の見た最後の光景。
ーギャーッ!
光の剣に背後から貫かれ、『影』は絶命した。
「・・・遅くなってごめん」
佳隆は散り散りになった『影』の残像に唾を吐き捨てると言った。深い哀しみと静かな怒り・・・。一生、消えることがない想い。詩織は佳隆を見た。少年はまっすぐに彼女を見つめ返すと言った。
「行こう。みんなが待ってる」
ーサーッ。
風が雨音に負けるかのように弱くなり、炎が煙となって夜空に立ちのぼる。あれほど勢いづいていた炎が一時間もたたないうちに消火された。
その焼け野原を歩きながら・・・重たい足をひきずるようにして佳隆は詩織とともに静穂たちのもとへと急ぐ。煙のとどかない深い谷のほとり、三人の人影。鏡のようにそっくりな少年たちに抱き抱えられているのはー。
「ー静穂?」
佳隆の顔色が変わる。恭が言った。
「目の前で文久を送って来た泥餓鬼が死んだことにショックをうけたんだ」
「泥餓鬼?」
「知り合いだったらしい」
「そんな・・・静穂」
そっと青白い頬に手をあてる。その感触に少女は目をあける。漆黒の瞳が泣き出しそうな佳隆の顔をうつしていた。その顔が安堵に変わるのとは逆に少女は眉をよせて佳隆と残りの三人を見比べた。
「静穂?」
佳隆が名をつぶやくのと同時に、静穂の口から言葉が出た。
「ー誰?」
にわかに災害対策本部となっているふもとの町役場が活気づいた。絶望視されていた生存者が確認されたのだ。隆行をはじめとする関係者たちはテレビ画面に釘付けになる。
時としてハイエナのようなマスコミは当事者よりも事実をはやく知る場合がある。いまがそうだった。隆行たち一般市民は、たとえ親族でも火の勢いが強すぎて村には近づけない。
興奮した記者の声が画面から聞こえてくる。
『えー、生存が確認されたのは少年少女のふたりです。現在確認作業中ですが、ひとりはタレントの桜木静穂さんのもようーあっ、いま正式に確認されました。桜木静穂さんとあとひとり、桜木静穂さんを守るようにして救助された少年は、夏休みで帰省中だった有川佳隆くんと判明。繰り返しー』
わっと歓声があがり拍手がもれる。
少女の母親らしい人物が声をあげて泣き出した。隆行自身、目頭が熱くなる。握手を求めてきた消防団員の手を握る手が震えた。
かすむ視界の片隅でまるで砂糖に群がる蟻のようなマスコミに囲まれた佳隆が救急隊員に支えられておりてくるのが目に入った。
目が痛くなるほどのフラッシュやライト。無遠慮に差し出される無数のマイクが静穂にむかわないように、インタビューにこたえていた佳隆の言葉がとまる。マスコミをかきわけるようにして立つ人物。いつも整っていた髪はぼさぼさでー。
「ー父さん・・・」
「佳隆・・・」
震える手が抱きしめる。何年ぶりだろうかのぬくもり。ほんとうにあたたかくてー。
「ーっ・・・」
涙がこみあげてくる。失ったものはあまりにも大きくて。村人たちの苦しみも、家族の哀しみもすべてをこれから背負っていくにはあまりにも自分は小さすぎるけれど、
「ーっ!」
いまはただ、父の腕のなか少年は静かに肩を震わし続けた。いつの日かこの哀しみが癒える時がくるのだろうか・・・。それはこれからの生き方が教えてくれる。




