決戦
ーゾーリザーリ。
外の異変に気がついて、
ーゾーリザーリ。
シオとキョーは顔を起こす。
ーゾーリザーリ。
あったかい少年は、
ーゾーリザーリ。
それすら気づかずに、
ーゾーリザーリ。
眠っている。
ーゾーリザーリ。
それにしても、
ーゾーリザーリ。
騒がしい。
ーゾーリザーリ。
あの気配。
ーゾーリザーリ。
あいつがやって来る。
ーゾーリザーリ。
この少年は、
ーゾーリザーリ。
どうなるのだろう。
ーゾーリザーリ。
『影』は姑息。
ーゾーリザーリ。
でも、
ーゾーリザーリ。
彼らは『影』が生み出したモノ。
カタンと音がしてドアが開けられた。『影』を宿した少年。
「ふうん・・・。泥餓鬼を手なずけちゃったんだ。やるもんだね」
ーゾーリザーリ。
口調とは裏腹に、
ーゾーリザーリ。
冷たい声。
ーゾーリザーリ。
シオとキョーは後ずさる。
ーゾーリザーリ。
『影』にはかなわない。
ーゾーリザーリ。
でも・・・。
ーゾーリザーリ。
この少年は?
「そのままでいいよ。お客さんだから」
ーゾーリザーリ。
お客?
「あっ、でもひとりは自分の家か」
クスクスと笑う。
ーリンゴーン。
時計が十二時を知らせる。新しい日。一秒先は未来。
ーウギャーッ。
断末魔の声。熱い、空気。焦げる匂い。焼ける音。
ーゾーリザーリ。
何が・・・?
いきなりドアが開けられた。そのドアのむこう一面にひろがるあか・・・・。あかい・・・。あかくて・・・あつい。あれはー?
ー炎?
炎はアツイ・・・あつい・・・熱い・・・。
「派手な登場のしかただね。兄さん」
ドアの前に立つふたつの人影。片方の人物は『影』と似ている。
ーゾーリザーリ。
たぶん、
ーゾーリザーリ。
『影』を宿す少年の兄。
ーゾーリザーリ。
もうひとりはー?
ーゾーリザーリ。
思わず目をおおう。
ーゾーリザーリ。
まぶしい。
ーゾーリザーリ。
この少女は、
ーゾーリザーリ。
光りそのもの。
ーゾーリザーリ。
『影』と、
ーゾーリザーリ。
対なすもの。
ーゾーリザーリ。
彼女は?
「文久くんを返して」
静かな声。
ーゾーリザーリ。
驚くほど澄んでいる。
ーゾーリザーリ。
文久?
ーゾーリザーリ。
それが、
ーゾーリザーリ。
少年の名前。
「文久くんに何をしたの?」
ーゾーリザーリ。
『影』を睨む、
ーゾーリザーリ。
その瞳が、
ーゾーリザーリ。
とても、
ーゾーリザーリ。
きれい。
ーゾーリザーリ。
この少女はー?
「べつに薬で眠らせてあるだけさ。だってそいつ僕の泥餓鬼たちを手なずけてるんだもん。危険だから。変な奴。人間のくせに僕らを恐れないなんて」
「おまえだって人間だろ!隆生」
佳隆は叫んでいた。少なくとも外見は昔の隆生と変わらないはずなのにー。
「僕が人間?そう見える?あんな弱い存在に?」
「隆生?おまえはー」
「僕は隆生だよ」
にっこりと笑うその顔はー。
「『影』!おまえ隆生を食ったなっ!」
その瞬間、佳隆は見えない刃によって吹き飛ばされた。勢いで壁に激突する。
「人間の分際で呼び捨てにしないでよ兄さん。不愉快だから」
隆生とは違う低い不快な声。
「それに『力』を望んだのは隆生だ。こいつは居心地がいい。人間に対する憎しみと嫌悪で一杯だからな」
「そんな・・・」
「教えてあげようか?こいつが一番憎んでるのはおまえだよ」
「ーくっ・・・」
佳隆はこぶしを握りしめる。はじめからわかっていた。そうわかっていたけれどー。
「どうしてだっ!どうしてそんなにも俺が憎いっ?」
「ー兄さんが完璧だったからさっ」
応えた声はボーイズソプラノ。隆生はまだ食われてはいなかったのだ。食われずに『影』の器として生きることを選んでいた。
「どうしてだ隆生」
あれほど慕ってくれていたのにー。
「兄さんのことは大好きだよ。でもそれは子供の頃の話さ。兄さんは昔から完璧で、母さんや父さんも兄さんを信頼しきっていた。決して僕にはない信頼を兄さんは受けるだけじゃたりずに、サッカーも女の人たちの人気も勉強もいつだって全部兄さんのものだった。僕はほんとに兄さんが誇りだったよ。大好きだった。でも、だからこそ兄さんが憎かった。なぜって?だってほかの連中と同じように兄さんは僕を哀れんでいたんだ。ほかの連中と同じように!」
ーダン!
ふたたび佳隆の身体が璧に打ちつけられる。「ーぐっー」
「兄さんは僕がふつうに学校に行けないからっていつも可哀想なふりして見下していたんだ。なにもひとりではできない僕を!だから本当は家を出れて嬉しかったんだろ?僕から解放されてっ」
「隆生・・・俺はー」
ー違うと言えるだろうか。
外に出れないから、走れないから、学校に行けないから。
ー可哀想だから。
そう確かに自分は思っていた。
「この村を出るとき、ほんとうにほっとしたんだろ!僕の世話をしなくてもいいって!」「隆生・・・それは・・・」
「言い訳なんかたくさんだ!兄さんを殺したくて、見返したくて僕は『影』の『器』になることを選んだ。なぜって?兄さんは僕の大好きだった母さんの『力』まで受け継いでいたじゃないか!僕だって母さんの息子なのに!なんでだよっ。なんでいつだって兄さんばかりが欲しいものを手に入れることができるの?そんなのおかしいじゃないか。僕らは同じ血をひいているのに!だから僕は『影』の『力』をもらったんだ!」
「ー甘えてるわね・・・」
静かに少女が言った。隆生の動きがとまる。佳隆は詩織を見た。
「・・・詩織さん」
詩織はまっすぐに隆生だけを見ている。その瞳は驚くほど冷酷に見えた。そしてその顔どおりの声で続けた。
「『影』の『力』をかりて私たちを倒して満足?文久くんを誘拐してまでして私たちに勝ちたいの?あなたは『宇奈月』のなにを知っているの?」
ゆっくりと隆生ー『影』に近づく。『影』は思わず後ずさった。
ーコイツハタダノ『ウナヅキ』ノ『ヒメ』デハナイ。
彼が欲しかったのはただの『宇奈月』の『姫』だったのに。
本能が警笛を鳴らしていた。だが器となる隆生は『影』のそんな動揺も感じとれない。それほど『隆生』が動揺していたのだ。目の前にいる少女の目を睨み返す事ができない。
怖いものなんてなにもないはずなのに。自分は『力』を持ったはずなのに。
ーなぜ?
自然に言葉がもれる。彼は気づかなかったが、その声は震えていた。
「だって・・・だって・・・僕にはなんの『力』もなくて・・・」
「そうやってあきらめるの?」
「だって僕はー」
ー僕はなにか努力をしたんだろうか?
父や母にもっと信頼されるために、大丈夫だと胸をはって言うことができるために、
ー兄を越えるために・・・・。
はなからあきらめて・・・・でも・・・でも・・・。
「いまは違う!」
「キャッ」
「詩織さん!」
壁にぶつかる寸前に佳隆が詩織の身体を抱きとめる。驚くほど少女の身体は軽くたよりなかった。この時、はじめて佳隆は詩織が少女だということを思いしらされた。
静穂よりもずっと頼りない感触。
消えてしまいそうな体温は、まぎれもなく『男』が守るべき存在なのだ。女神なんて架空のものじゃなく、現実に存在するものとしてー。
「大丈夫?詩織さん」
「ええ・・・油断したわ」
詩織は唇を噛み締めた。この時になってようやくそれが彼女の癖であることに佳隆は気がつく。
「だめね・・・もう」
ふだんは感情を抑えた声が悔しさにあふれていた。
「えっ?」
「隆生が『影』に食われてないならーもしかして『影』を追い出すことができるかもしれないって思ったけどー」
悔しそうに唇を噛み締める横顔に佳隆は詩織の真意を知る。詩織はもとから隆生を助けるつもりだったのだろう。でもその可能性はあまりにも低くてー。
だから、ぬか喜びさせないために。佳隆のショックをより少ないものにするために・・・。
ーこういう少女なのだ。
そう理解した時、自分が何をすべきかわかったような気がした。
「・・・・詩織さん・・・ありがとう。でももういいよ。柏木を連れて逃げて」
「ー佳隆?」
怪訝な顔をした詩織の目の前で、光の剣が佳隆の右手に現れた。・・・・いまならきっとこいつを操れる。
「隆生との決着は俺がつける。・・・いいだろ隆生」
いま隆生は『影』よりも上にいる。佳隆への憎しみの『力』で。隆生は佳隆と詩織を見比べると肩をすくめた。
「・・・いいよ。よけいな茶々をいれられそうだからね。きっとそのお姉ちゃんが本気を出したら『影』なんかひとたまりもないと思うし」
「頭はいいのね」
今度は詩織が肩をすくめる。その通りだ。さっき『影』は詩織がただの『姫』でないことに気がついたはず。彼女の異母姉妹はこんなところにいるはずない。隆生はシオとキョーを示した。
「その二匹を連れていったらいい。その子になついているから危害は加えないよ」
詩織には『力』はあっても力はない。眠っている文久を抱えるなんてとうてい無理なのだ。素直に頷いた。泥餓鬼たちに言う。
「お願いね」
ーゾーリザーリ。
泥餓鬼たちはただ頷く。
ーゾーリザーリ。
なんだかあったかいこの少年が、
ーゾーリザーリ。
殺されないことに、
ーゾーリザーリ。
感謝して、
ーゾーリザーリ。
大切に、
ーゾーリザーリ。
キョーが背にのせる。
ーゾーリザーリ。
すっと手が伸びて、
ーゾーリザーリ。
とても美しい少女が、
ーゾーリザーリ。
暗示をかける。
ーゾーリザーリ。
深い眠り。
ーゾーリザーリ。
『影』とは違う。
ーゾーリザーリ。
安らかな寝顔。
ーゾーリザーリ。
この惨劇を、
ーゾーリザーリ。
見なくてもすむように、
ーゾーリザーリ。
少女が、
ーゾーリザーリ。
かけたもの。
ーゾーリザーリ。
きっと少年は、
ーゾーリザーリ。
自分たちにあったのも、
ーゾーリザーリ。
夢だと思うだろう。
ーゾーリザーリ。
開けられたドアの外。
ーゾーリザーリ。
火の海。
ーゾーリザーリ。
熱風が、
ーゾーリザーリ。
襲ってくる。
ーゾーリザーリ。
泥は、
ーゾーリザーリ。
熱に弱い。
ーゾーリザーリ。
ぽろぽろと肌が、
ーゾーリザーリ。
乾燥して崩れる。
ーゾーリザーリ。
泥は、
ーゾーリザーリ。
熱に、
ーゾーリザーリ。
弱い。
「大丈夫?」
ーゾーリザーリ。
少女の声とともに、
ーゾーリザーリ。
新鮮な空気が、
ーゾーリザーリ。
周りをつつむ。
「がんばってね」
ーゾーリザーリ。
優しい言葉。
ーゾーリザーリ。
不思議な『力』
ーゾーリザーリ。
この少女のせい?
ーゾーリザーリ。
少女が言った。
「そうっと運んでね。大切なひとだから」
ーゾーリザーリ。
ゆっくりと・・・。
ーゾーリザーリ。
仲間たちの、
ーゾーリザーリ。
断末魔。
ーゾーリザーリ。
踏みつける、
ーゾーリザーリ。
屍。
ーゾーリザーリ。
それすら気がつかずに、
ーゾーリザーリ。
ただ、
ーゾーリザーリ。
少年を運ぶ。
ーゾーリザーリ。
やさしく・・・。
ーゾーリザーリ。
やさしく・・・。
ーゾーリザーリ。
この惨劇に、
ーゾーリザーリ。
少年が、
ーゾーリザーリ。
目を覚まさないように・・・。
再会
燃えさかる炎を避けて、いち早く惨劇を免れた恭と静穂は山間にいる葵と合流した。ふたりとも顔はすすけ、髪は炎に散り散りになっていた。むろん、わざとだ。
「すすをかぶるのは静穂ひとりでよかったはずだが?」
冷ややかに葵がふたりに言う。恭は言い返した。
「バカヤロー女の子ひとりにそんなマネさせられるわけないだろ。俺はフェミニストなんだよ」
「素直に予想以上に火の回りがはやかったと言えないのか?」
「うっ・・・それは・・・」
「だいいちおまえがそんなにすすけていたら後で山を下りたときに不審に思われるだろう。どうする気だ?」
追い打ちをかける葵の前に恭はひとたまりもない。
「くっそー。弟はもっと兄を敬うものだなんだぜ」
「おまえと俺はほぼ時を同じくして生まれている。それに俺だっておまえが敬える兄ならいくらでも敬ってやるさ」
「だーっ!かわいくねーっ!おまえほんとに俺と双子なのか?」
「俺だってこんな理由もなくわめく奴と双子とは・・・」
「ため息をつくなため息を!この炎の功労者は俺だぞ」
「その炎を食い止めてるのは俺だ」
「ちっとは、ねぎらいの言葉をかけようとは思わないのかっ」
「ーごくろうだったな」
「だーっ!棒読みじゃねーかっ」
地団駄を踏む恭を冷めたまなざしで見つめていた葵はふと風壁の方を見た
ーゾーリザーリ。
くぐもった声。
「まだ生き残っていたやつもいたのか」
恭がつぶやく。でもそれもこれまでなのだ。あの風壁を破れやしない。
「静穂は見ない方がいい」
葵が言った。あまり気持ちのいいものではない。
ーゾーリザーリ。
「あっー」
静穂が驚きの声をあげる。
ーゾーリザーリ。
風壁をやぶって、
ーゾーリザーリ。
二体の泥餓鬼が姿を現した。恭が眉をしかめ、葵は無言で泥餓鬼を見つめる。そしてー。
『ー詩織か』
まったく同じ間合いで同時につぶやく。そしてまた同時に顔をしかめた。なんだかんだ言ってこういうところはやっぱり息が合うのだ。(双子なんだから仲良くすればいいのに。それとも双子だから仲が悪いのかな?)
そんなことを思いつつ静穂がたずねた。
「詩織さん?でも姿は見えないけど?」
静穂の目には男女二体の泥餓鬼しか映らない。かろうじて泥餓鬼を守っている『空気』がわかるだけ。いやー、その『空気』の中心に、泥餓鬼の背中にもうひとつ人影。
ー少年?
「文久だ」
恭がつぶやく。
ーゾーリザーリ。
ゆっくりと、
ーゾーリザーリ。
泥餓鬼たちは、
ーゾーリザーリ。
近づいてくる。
ーゾーリザーリ。
恭のもつ、
ーゾーリザーリ。
炎の剣すら、
ーゾーリザーリ。
恐れずに、
ーゾーリザーリ。
大切に、
ーゾーリザーリ。
少年を横たえた。
「・・・詩織はどうしたんだ?」
剣の炎を消すと恭は聞いた。詩織の『力』に守られていた以上、この泥餓鬼たちは殺せない。この泥餓鬼たちに敵意はない。
ーゾーリザーリ。
燃えさかる炎。
ーゾーリザーリ。
指をさす。
ーゾーリザーリ。
この場所を示して、
ーゾーリザーリ。
あの、
ーゾーリザーリ。
光の少女は、
ーゾーリザーリ。
炎の中、
ーゾーリザーリ。
引き返した。
ーゾーリザーリ。
とめようと、
ーゾーリザーリ。
腕をつかんだけれど、
ーゾーリザーリ。
ひとこと、
ーゾーリザーリ。
大丈夫だと。
ーゾーリザーリ。
炎の中、
ーゾーリザーリ。
消えた。
ーゾーリザーリ。
不思議な、
ーゾーリザーリ。
『力』に、
ーゾーリザーリ。
守られて・・・。
「佳隆を守るためにもどったか」
恭が風壁のむこうに目をこらす。
「えっ?どういうこと?」
「文久が『影』の下僕であるこいつらに背負われて帰ってきたってことは、隆生が文久を逃がしたんだろう。たぶん、佳隆との一対一の勝負のために」
「でも詩織さんは?」
「詩織はここまでそいつらー文久をガードして来て、引き返したんだ」
「佳隆くんを助けるために?」
「いや違う。・・・いや、ある意味あってるんだけど・・・。隆生との勝負に首を突っ込むことはないだろう。詩織はそういうやつだ。たぶん佳隆が負けたときのために引き返したんだと思う。どっちにしろ、隆生は倒さないといけないからな」
「じゃあ、詩織さんは佳隆くんが殺されそうになっても?」
「手はださないだろうな。これはあくまで佳隆自身の問題だから」
「そんな・・・」
絶句する静穂の肩を葵が軽くたたいた。
「意地が悪いな恭。フェミニストじゃなかったのか?どうしてほんとうのことを教えてやらないんだ?」
「ーほんとうのこと?」
静穂は葵を見上げる。冷たいようでいて、もしかしたらとても優しいのかもしれない。恭が舌打ちをした。
「いまから話すところだったんだよ」
「嘘をつけ。からかって楽しんでいたんだろ」「う・・・なぜそれを・・・」
「ーなんのこと?葵さん?」
わけがわからない。首を傾げる静穂に葵は説明した。
「詩織が引き返したのは、確かに恭が言ったように佳隆がもしも隆生に負けた場合、『影』を『狩り』するためだけど、佳隆が勝ったとしてもこのままでは火事に巻き込まれてしまうだろう。それを守るために詩織は戻ったんだ。それに佳隆を見捨てれるやつならはなっから『アサギ』なんかつくってない」
無口な葵らしく簡潔で要領を得た説明。これからは葵に説明してもらおうと心に誓いつつ静穂は一番気になっていることをたずねた。「勝率は?」
「フィフティフィフティってとこだな。でもいまは佳隆を信じるしかない」
「・・・うん」
静穂たちに手出しはできない。これは佳隆が越えなくてはいけない壁なのだ。そしてなによりもほかならぬ佳隆自身が決めたことなのだから。
ーゾーリザーリ。
突然、泥餓鬼が身をひるがえした。
「どこに行くの?」
静穂は驚く。
ーゾーリザーリ。
約束どおり、
ーゾーリザーリ。
少年は届けた。
ーゾーリザーリ。
役目は、
ーゾーリザーリ。
終わり。
ーゾーリザーリ。
だって、
ーゾーリザーリ。
彼らは、
ーゾーリザーリ。
『この世』の、
ーゾーリザーリ。
モノではない。
ーゾーリザーリ。
いるべき世界に、
ーゾーリザーリ。
還らなければ・・・
ーゾーリザーリ。
熱い、
ーゾーリザーリ。
炎の、
ーゾーリザーリ。
中へ、
ーゾーリザーリ。
還らなければ。
「待って!」
ーゾーリザーリ。
悲鳴を上げて、
ーゾーリザーリ。
腕をつかむ、
ーゾーリザーリ。
少女。
「そんなことしたら死んじゃうわ。もう詩織さんがはっていた『結界』はないのよ?」
ーゾーリザーリ。
泣いている。
ーゾーリザーリ。
ヒトではない、
ーゾーリザーリ。
自分たちの、
ーゾーリザーリ。
ために。
ーゾーリザーリ。
少女の、
ーゾーリザーリ。
瞳から、
ーゾーリザーリ。
涙が、
ーゾーリザーリ。
あふれる。
ーゾーリザーリ。
どこかで、
ーゾーリザーリ。
見たような、
ーゾーリザーリ。
懐かしい、
ーゾーリザーリ。
たいせつな・・・。
ーゾーリザーリ。
誰?
「なにも死に急ぐ必要はないでしょう?きっと詩織さんがなんとかしてくれるから」
ーゾーリザーリ。
自然に、
ーゾーリザーリ。
手がのびた。
「えっ?」
ーゾーリザーリ。
キョーは、
ーゾーリザーリ。
泥が、
ーゾーリザーリ。
つかないように、
ーゾーリザーリ。
頭に、
ーゾーリザーリ。
手をおく。
(この感触・・・まさか・・・)
静穂の鼓動がはやくなる。忘れるはずがない。忘れてはいけない人物たち。
ーゾーリザーリ。
いかなくては・・・。
ーゾーリザーリ。
自分たちはもう、
ーゾーリザーリ。
ヒトではない。
「いや・・・いや・・・」
ーゾーリザーリ。
なんども、
ーゾーリザーリ。
かぶりを振る、
ーゾーリザーリ。
少女を、
ーゾーリザーリ。
シオは、
ーゾーリザーリ。
抱き締める。
ーゾーリザーリ。
いつか、
ーゾーリザーリ。
たぶん、
ーゾーリザーリ。
こんなふうに、
ーゾーリザーリ。
抱き締めた。
ーゾーリザーリ。
優しい少女。
ーゾーリザーリ。
たしかに、
ーゾーリザーリ。
知っていたはずなのに、
ーゾーリザーリ。
思い出せない。
ーゾーリザーリ。
でも、
ーゾーリザーリ。
大切な、
ーゾーリザーリ。
少女。
「やだ・・・やだー。いっちゃやだよ」
静穂の肩がふるえる。涙が声を濡らした。もう二度とあえないと思っていた人物たち。もう・・・もう・・・。
ーゾーリザーリ。
名残惜しげに、
ーゾーリザーリ。
それでも、
ーゾーリザーリ。
思いを断ち切って、
ーゾーリザーリ。
ふたりは、
ーゾーリザーリ。
背をむけた。
ーゾーリザーリ。
飢えに、
ーゾーリザーリ。
少女を、
ーゾーリザーリ。
食べることがないように、
ーゾーリザーリ。
土に、
ーゾーリザーリ。
還る。
ーゾーリザーリ。
ただ、
ーゾーリザーリ。
それだけ・・・。
「やだ・・・やだ・・・まって!まってよ」
「静穂!」
追いかけようとした少女の腕を恭はつかんだ。もうあの泥餓鬼が誰だったのかわかっていた。わかっているからとめた。
「放して!恭さん。だって、あれはーあの人たちはー」
「行かせてやるんだ」
ふりしぼるように言った恭の声もかすれていた。いくら詩織でも泥餓鬼になった人間をもとに戻すことはできない。それに、彼らがそう望むのならー。
「ーっ・・・」
静穂の膝から力が抜ける。その目の前で、泥餓鬼たちは炎に巻き込まれた。
ーゾーリザーリ。
身体をおおっていた、
ーゾーリザーリ。
泥がなくなって、
ーゾーリザーリ。
もとの姿にもどる。
苦しくないはずはない。なのに・・・。声すらあげずに炎に巻かれるふたつの人影。大好きだった優しい人達は、
ー炎に見えなくなった。
「いやーっ!」
地面に額をこすりつけて静穂は絶叫した。こんなのって、こんなのってない。こんなのひどすぎる。だって、だって、すべては、
ー彼女が『宇奈月』の血をひいていたからー。「静穂!」
ぐらりと地面に倒れ込んだ少女の身体を寸前で葵は抱きとめた。十三歳の少女にはあまりにも辛すぎる出来事に、
ー静穂の記憶からこの事件はすべて失われることとなる。




