決戦前夜
ーゾーリザーリ。
文久によって、
ーゾーリザーリ。
シオとキョーと名付けられた泥餓鬼たち。
ーゾーリザーリ。
文久の両脇、
ーゾーリザーリ。
少年の寝顔をみつめる。
ーゾーリザーリ。
苦しそうな寝顔。
ーゾーリザーリ。
深い眠り。
ーゾーリザーリ。
『影』のせい。
ーゾーリザーリ。
ただ、
ーゾーリザーリ。
泥餓鬼たちは、
ーゾーリザーリ。
少年の、
ーゾーリザーリ。
眠りを、
ーゾーリザーリ。
守る。
いつのまに眠ってしまったのだろうか。
「・・・痛っー」
ガンガンと痛む頭を抱えながら隆行は目覚めた。ひどい頭痛。二日酔いなんて学生時代以来だ。顔をしかめながらなんとか身を起こす。
ソファに無理な体勢でよりかかるように眠っていたせいで身体が痛い。あんな無茶な飲み方をしたのは本当に久しぶりだった。
「よー目覚めたか」
自分がつぶれてしまう前と変わらない姿勢で宇奈月が声をかけてくる。テーブルに肘をついてグラスをかかげる姿が嫌みなくらい似合ってる。
隆行は起き上がったままの態勢でただ頷いた。口を開くのも億劫だった。
「調子にのってあんなに飲むからだ。胃薬いるか?」
「いや・・いい。薬は嫌いだ」
こたえた声がかすれていた。
「医者のくせにいいのか?」
「医者だからあまり薬に頼りたくないんだよ。いざって時にきかなくなりそうだし、薬なんてただの気休めの場合が多いからな」
「患者には言うなよ、そのセリフ」
「ー水をくれ」
肩をすほめる宇奈月の言葉を無視して隆行は言った。はやくこの頭痛をなんとかしたかったのだ。珍しく素直に宇奈月が言うことをきいた。
コップになみなみと水をくんで隆行に渡す。その水を受け取りながらワイドテレビの上にある時計に目を移すと時計は一時をさしていた。
ーもう昼か。
すぐに思い直した。昼にしては暗すぎるし、室内には明々と電気が灯されている。いまは深夜一時なのだ。となるとー。
「もしかして私は丸一日眠っていたのか?」徹夜の緊急オペを終えたばかりの身体で慣れない酒をあんなに飲んだのだから無理もないと言えば無理もないのだが・・・。
「情けないな」
苦い思いでつぶやきながらテレビをつける。この時間ならどこかのチャンネルでニュースをしているはずだ。
『ーで発生した山火事は村を飲み込みながらさらに拡大している模様。現在必死の消化活動が行われていますが強風に消防隊のヘリも近づけない状況です』
興奮した記者の声とともに闇を引き裂くかのような炎が画面一杯に映っている。どのチャンネルもこのニュースで一色だ。どうやら山火事にどこかの村が巻き込まれているらしい。ー嫌な予感がした。
「『アサギ』が動いたな」
隣で宇奈月が言った。
「この炎は村と周辺を焼きつくすまでー村を焼きつくすまで決して消えることはない。佳隆がもしも『アサギ』にはいったのならきっと大丈夫だ。
火は村を焼きつくせば消えるはずだ」
冷静なその声もいまの隆行の耳には入らなかった。
頭痛を押して、彼は立ち上がった。宇奈月が顔をあげる。何かいいたげな漆黒の瞳に隆行は言った。
「今度は止めても行くぞ。もう黙ってはいられん」
「とめやしないさ。その代わり対策本部までだぞ。そこまでなら送ってやる」
「おいー飲酒運転はー」
「『宇奈月』にアルコールをコントロールできないやつはいない」
「つくづく人間離れした一族だな」
「そいつはどうも」
肩をすくめると宇奈月は隆行の車のキーを手に取った。
時刻は隆行が火災を知る前にさかのぼる。タバコを一本吸ってしまえば日付が変わるという時間。『アサギ』が最も活動しやすい時間。
それぞれの持ち場についていた。『鏡塚』はふたつにわかれ、静穂は恭とともに行動することを選んだ。静穂に『癒す力』はあっても『守』の『力』はない。彼女には『守護』が必要だった。本来彼女の守護を努めるはずの少年は、本来『鏡塚』に『守護』されるはずの少女とともにいる。考えてみればこんなふうに佳隆とはなれて行動するのは初めてだ。
昨日知り合ったばかりだというのにあの少年は彼女にとってとても身近な存在となっていることに気がついた。
ロケなんかで同年代の男の子たちと一週間近く一緒に過ごすこともあるけれどこんな感覚はなかった。
ー佳隆くん大丈夫かな。
いくら詩織がついているとはいっても心配だった。
ーゾーリザーリ。
異変に気がついて、
ーゾーリザーリ。
泥餓鬼たちは炎に手を伸ばす。
ーゾーリザーリ。
消さなくては、
ーゾーリザーリ。
炎は、
ーゾーリザーリ。
怖い。
ーゾーリザーリ。
ことごとく、
ーゾーリザーリ。
炎の剣に、
ーゾーリザーリ。
消されても、
ーゾーリザーリ。
まだ、
ーゾーリザーリ。
生きたい。
剣の炎を消そうと群がってくる泥餓鬼を切りつけながら、恭は舌打ちをした。
「ったく、あんまり剣を使わせるなよ。おまえらに罪はないんだから」
ひとふりごとに嫌悪感がつのる。そう泥餓鬼たちに非はない。
「静穂、大丈夫か?」
村全体をガソリンの匂いが覆っている。それとともに恭のふるう剣から泥餓鬼たちの悲鳴が闇を引き裂く。ひどい悪臭だ。多感な年頃の静穂を心配して恭は言った。
「えっ?」
物思いにふけっていた静穂はびっくりして恭を見る。
「おいおい。しっかりしてくれよ」
「ごめんなさい」
「佳隆のことが気になるのか?」
静穂は迷ったあげく頷いた。この少年にはー『アサギ』には嘘がつけない。ついたところですぐにわかってしまうだろう。
「詩織さんがいるから大丈夫だとは思ってるけど・・・」
「けど?」
「佳隆くんに弟が救えるかしら?」
わざと、殺すとは言わなかった。恭の言葉どうりならば殺すのではなく救うのだから。それでも、あの少年にはつらいことには変わりがない。さっき一時の激情にまかせて剣を隆生にむけたけれど、冷静になったいま、同じことができるのだろうか?泥餓鬼と同じように救いだと思えるのか・・・・。
「俺たちにはどうすることもできない。ここから先はどんな結果になっても佳隆自身がこえないといけないんだ。俺たちはあいつが戦いに集中できるように、サポートするしかない」
ー村を焼きつくす。
また一体、泥餓鬼を葬りながら恭は言った。「生きてさえいれば、どんな心の傷だっていつかは癒えるものなんだ」
ーただ、生きてさえいれば。
そのために、いまできること。
ーピーピーピー。
静穂のしていたGショックが日付が変わったことを知らせる。恭は正面で剣をかまえなおした。
「いくぞ、静穂」
「はい」
傍らで少女が頷くのを確認して意識を集中するとー。
ー炎!
一瞬にして村は火の海と化した。
ーはじまったな。
村が一瞬にして炎にのまれる様子を眼下に見下ろしながら、葵は風の剣を恭がしたのと同じように正面で構える。恭の剣からガソリンに燃え移った炎は、恭の意志で動く剣の炎とは種類が異なる。
ー生の炎。
その炎をも従える『力』の持ち主は詩織しかおらず、そしてまたここにはいない。村以外の場所に被害が及ばぬようにするのが葵の役目だった。時間とともに勢いづく炎をとめるためにー。
ー風!
風が竜巻のように剣から吹き出した。瞬く間にその風は村から山へと燃え移ろうとする炎を阻む。村と山の境で炎は風壁に阻まれ、また風は炎に飲み込まれる。
命からがら炎から逃れた泥餓鬼たちは風によって押し戻され、そしてまた炎によって無に還る。ガソリンと死臭が強くなる。風壁のむこうでもがき苦しみながらくずれ消えゆく、
ーかつてヒトだったもの。
これから力強く咲き誇るはずだった新芽たち。ーすべてが炎にのまれてゆく。
葵はしっかりと目をあけてその光景を見ていた。その漆黒の瞳はなにを映すのか、
ーただ、風だけが知っている。




