1章-7 欲望の国
「アレックス様、都が見えてきましたよ。」
クラウドが読んでいた本を閉じ、窓から外を眺めていた。もう夜になっていたが都はアレックスが住んでいる東の農村と違い、あちこちが灯りで明るかった。東の農村の比較的賑やかなロード家の周辺でもここまで明るくない。そして夜だというのに外に人間が居るというのは初めて見た時には驚いたものである。
「もう少しで宿に着きます、降りる準備を。」
「うむ。」
ロード家が贔屓にしている宿屋は都の外れの方に建っている。アレックスは隣に置いていた大剣を背負う。鞘や柄も金色であり、ロード家の裕福さを物語っている。
今日はもう店は閉まっているだろうし、さて明日は何を食べようか。
「宿屋の近くに新しくパン屋さんができたそうですよ?」
アレックスは、それは興味深いと思った。だが数秒後、クラウドに考えが読まれていたと気付き、優男の方を睨む。
「アレックス様はすぐ表情に出ますからね、とても分かりやすい。」
丁度宿屋の前に着いたらしい、クラウドが馬車から降り、扉を開ける。アレックスはそれを確認すると馬車から降りた。
「ジャック、都が見えてきましたよ!」
窓から身を乗り出すアンヌを見て、グリーンはあたふたしていた。そんな様子を見たジャックはアンヌを馬車の中に引き戻す。
「姉さん、もう子供ではないのですからそんなに騒がないで下さい。」
ジャックはアンヌに注意するがアンヌは全く反省する様子は無い。
「でもジャック、都に着くのですよ?教会の方や信者の皆様とお話できるのです、どうして興奮を抑えられるでしょう?」
シスターさんは元気かしら、と満面の笑顔を見せるアンヌ。頭の中がお花畑状態の姉に対し弟は冷静であった。今回の円卓では北の狼の一族も来るらしい。奴らは聖女であるアンヌに対し良く思っていない節がある。表で派手な行動をするとは思わないが警戒するに越したことない。杞憂であるといいのだが、ジャックは窓の外を見た。今日の都も魔法灯で照らされ、活気付いていた。
「ふあーぶしょいっ!!」
狼の長は大きなくしゃみをした。トリ―はすぐにちり紙を取って渡す。ふむ、と受け取り、思いっ切り鼻をかむ。
「久しぶりの都じゃのう、近頃物騒で来る機会が無かったからな。」
この国の北と西は絶え間なく隣国からの襲撃を受けている。北の守りを任されている狼の一族もここ数カ月ずっと戦っており、忙しくて来れなかったのだ。窓から外を見やると少しずつ灯りが見え始めて来た。
「トリ―よ、久しぶりの都だというのにおまえは何も思わんのか?」
トリ―は首を傾げる。こいつは他の兄弟と比べ感情が薄い。自分というものを持たず、ただ言われたことをそのまま淡々とこなす殺人マシンである。剣士にも魔術師にもなれなかった哀れな存在だ。
「儂は教会が気に食わん、何が聖女だ。儂達も銀髪であるし、あんな小娘より儂の方が聖女に向いておるだろう。」
二人の間に少し沈黙が続いた。聖女のことが気に食わないのは本当だが、自分の方が聖女に向いているというのは冗談のつもりで言ったつもりだった。「聖女という歳でもないだろう、婆」と長男や次男なら笑うところであるが、三男のこいつには冗談が通じないのだ。
「もうよい、宿まで黙って居れ。」
こいつははじめから喋っていなかったが。命令を受けたトリ―は頷くと全身鎧のまま腕を組みそのまま氷の様に固まった。
「他の者を連れて来るべきだったかのう。つまらん。」
長は窓から外を見る。北の農村と違い夜でも明るく、人が歩き回っていた。この国の平民どもは全く呑気なものだ、長は鼻で笑った。