1章-5 欲望の国
「将軍、お疲れ様です!」
南の将軍ジャック・グロウは船から柄に舵のようなものが付いた大剣を引き抜き船から降りた。銀色の鎧を身に纏い、白いマントを翻す姿に騎士達は民衆を掻き分け道を作る。今日も風が強いのか、彼の茶色短髪は風に揺れていた。
グロウ家は代々海に面している南の守りを任されている名家である。東のロード家、南のグロウ家と並べられるほどだ。大きな船を操り、海賊の退治や物資の輸出入が主な仕事である。そして、グロウ家はこの国にある大きな役割を果たしている。
「おかえりなさい、ジャック。」
黒い修道服を着た銀髪の少女がジャックに速足で近づいて行く。危なげな歩き方で周りの騎士達もハラハラしているようだった。しかし、騎士たちの気持ちは届かず、少女はその長髪を揺らしながら派手に転倒した。ゴン、と鈍い音が響く。周りの騎士が動くより速く、ジャックは少女を抱え上げる。銀色の鎧の騎士が銀髪の少女を両手で抱えている(お姫様だっこ)、非常にお似合いな関係に見えるがーー。
「姉さん、迎えに来てくれるのは嬉しいのですが、周りに心配を掛けさせないで下さい。」
そう、この二人は姉弟である。そして、周りの騎士達の制止を無視し、民衆達はその少女の元に駆け寄る。
「聖女様、大丈夫かい?」
「おら、絆創膏持ってるよ。」
騒がしくなって来たところで剣を地面に突き刺す音が鳴り響いた。南の将軍補佐のグリーン・クラウドである。
「静まれ、そして控えよ!聖女様と将軍様に無礼であろう!!」
その声を聞いた騎士達は将軍の元に近づいた民衆を確保しようとする。少女はそれを見て慌てた様子でジャックの腕から降りる。
「いいのです、グリーン。彼らは私を心配してくれたんですもの。」
「しかし、アンヌ様――。」
「私の言葉が聞けないのですか?」
聖女、アンヌの言葉を聞きグリーンは溜息を吐く。そしてグリーンは手を叩く。
「今回は不問とする。解放しなさい。」
グリーンの一言で騎士達は捕らえた民衆達を解放した。民衆達はすぐに聖女に駆け寄り跪く。
「聖女様、先程のご無礼をお許し下さい。」
「構いませんよ、皆さん頭をあげて下さい。」
アンヌの言葉を聞いてなお民衆達は頭を下げ続ける。
ジャックの姉、アンヌは聖女である。銀色の髪の人間なんて居ないが、この少女は生まれつきの銀髪であった。さらに人を癒す力を持っており、その力と聖書に描かれているような天使のような外見から聖女と呼ばれるようになり、この国を宗教面から支えている。これがグロウ家が国を支えている大きな役割である。聖女として崇められているアンヌ、そして南の守りを任されている将軍のジャック、グロウ家はこの二人が居る限り安泰だと思われていた。
「将軍様、そろそろ出なくては。」
騎士の一人がジャックに声を掛ける。都で定期的に開催される円卓会議である。ここから都まで距離があるので早めに出る必要があるのだ。
「それでは姉さん、私はそろそろ出発しますので。」
ジャックはグリーンに連れられて馬車に向かう。アンヌはそれを見てジャックの方に駆け寄る。
「私も行きます。王様と話さなくてはいけないことがあります。」
「アンヌ様、教会の方にお戻りください、馬車は警備が手薄になりがちですので。」
「私には立派な弟が居るのです、問題ありません!」
えっへんと立派な胸を張るアンヌ。それを見てグリーンは頭を痛そうにする。
「姉さん、腰が痛いだの文句は言わないでくださいよ?」
アンヌもジャックに連れられて馬車の方に向かって行った。グリーンも急いでそれを追う。こうして民衆に見送られて聖女と南の将軍は都へと向かって行った。