1章-3 欲望の国
アレックス・ロードは憂鬱であった。明日は4カ月毎に行われる円卓会議のため今日から馬車で出発しなくてはならないためだ。ロード家はこのグリード王国の東門を代々守っている騎士団の長を継いでおり、アレックスは現在の長である。と言ってもこの国の東側は平和であり、忙しそうな西と北には悪いが特に報告することもないのである。強いて言うならそろそろ行われる東西の合同練習の打ち合わせくらいだろうか。
「馬車での移動は腰が痛くて堪らんのだ、どうにかならないのか?」
「はいはい、アレックス様、そんな我儘を仰らずに準備をして下さい。」
アレックスの我儘を聞き流しているのは専属のメイドのクックである。椅子に座っているアレックスの髪を櫛で梳かしている。
「その鎧が重くてな、やはり着ないといけないのか?」
「外出する際には着用するようにといつもお父様に言われているじゃないですか。」
アレックスは東の将軍とはいえ、まだ16歳である。よくこのように不満を漏らしてはメイド達を困らせていた。クックは不満そうなアレックスに鎧を着けて行く。金色に輝くボディラインが分からくなる程の重装であるから、見ただけでも重いというのは分かる。
「ヘルムは外しててもいいと言われているのでまだマシではありませんか?」
「うむ…。」
「そんな顔してたらダメですよ、騎士達が不安に思うじゃないですか。」
「うむ…。」
一度不機嫌になると面倒なのが困り者である。クックはその様子を見て溜息を吐く。
「ほら、籠一杯にクッキーを焼きましたから、これで機嫌を直して下さい。お母様には内緒ですよ?」
クックはアレックスに隠しておいた籠を渡す。蓋はしてあるが焼き立ての香ばしい匂いが漂っている。アレックスの母親は食事に関してとても徹底していて、このような菓子を食べることを許していない。だが、アレックスはクックが台所で何か菓子を作っていると寄って来て母親には内緒で菓子を食べるのが日課になっていた。
「それでは馬車の中でお食べになって下さい。勿論、クラウドには口止めしておきますので。それじゃあそろそろ出ましょうか。」
アレックスはクックに促されるまま部屋から出る。一歩歩く度鎧の金属音が鳴り響く。その音を聞き、廊下を歩いていたメイド達がアレックスに頭を下げる。
「それじゃ行って来る。」
金色の鎧を着て、不死鳥の印が入ったマントをなびかせながら東の将軍アレックス・ロードは馬車に乗り込んだ。
「「行ってらっしゃいませー。」」
メイド達の声が屋敷中に響き渡る。