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茜天の鱗鎖(せんてんのりんさ)  作者: 早海和里
第1章 比奈国の遠見
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1-(1)遠見の娘

 美玻ミツハは暗闇の中で目を覚ました。

 少女の五感が最初に感じ取ったのは、湿った土の匂いだった。次いでそう遠くない所で、湧水が岩の隙間をちょろちょろと流れている音に気付く。朦朧としていた意識がもう少しはっきりとしてくると、外で木々が風に煽られて擦れ合う音や、草叢に潜む虫たちの声が耳に入り始めた。


 闇だと思っていたその場所も、いつしかほんのりと白色が混じり込んだような薄い闇に変わっていた。どこか小さな隙間から、月明かりが入り込んでいるのかも知れない。ぼんやりとそんな取りとめのないことを考える。それでも周囲の様子が見えてこないのは、自分が目隠しをされている所為なのだと気づく。そして不意に、今、自分がどういう状況に置かれているのかが、すとんと頭の中に落ちて来た。


――ああ……先に目が覚めてしまったんだ。


 そう悟った途端込み上げた恐怖に、美玻は思わず身を固くする。その途端、

――痛っ。

 僅かに身じろぎをしただけであるのに、手首に打たれていた縄が皮膚を擦って、小さな悲鳴を零す羽目になった。痛さのせいなのか、怖さのせいなのかは判然としなかったが、美玻の目からはじんわりと涙が染み出した。


 意識のない間に、何もかもが終わっていてくれれば……そんな淡い期待を抱いていた。それがどうにも仕様のないことだと理解していても、死というもの対する恐怖が心に湧きあがるのを止めることは、まだ十五の少女には難しかったのだ。


 美玻は、龍神への生贄として、この祠に捧げられたのである。せめてもの情けだと、ここに運ばれる前に眠り薬を嗅がされた。もう二度と目覚めぬ眠りに落ちた筈だったのに、自分はどうして目を覚ましてしまったのだろう。やるせない思いに苛まれる。例え目が覚めても、祠の入り口は、岩を積み上げて塞がれている筈だから、美玻一人の力では逃げることは出来ない。それはつまり、自分はただこの場所で、この命を奪いに来る神がやって来るのを、恐怖と闘いながら待ち続けなければならないということだ。


――どうして。


 その問いの答えは分かっている。美玻が祟り者だから。

 それでも、問わずにはいられない。

 どうして、

 どうして、

 どうして、と……



 美玻が生まれたのは、比奈国ヒナのくに遠見とおみと呼ばれる山あいの集落だった。この集落の呼称にもなっている遠見を名乗る一族は、遥か遠方を見ることが出来るという特別な目を持っていた。そして遠見はその能力によって、比奈の王の為に、龍を探すという役目を与えられていた。


 比奈国は世界の辺境に位置する小国である。そして、この世界の中心に座するコウという大国の朝貢国であった。

 この世界には、七宝しちほうと呼ばれる希少品がある。七宝はその希少さゆえに、希物まれものとも呼ばれている。宗主国である鴻国の皇帝は、周辺の国々が、その希物を朝貢品として納めることを望んでいた。

 表向きは望みであるから、もちろんそれは強要ではない。強要されたとて、そもそも希物なのであるから、そうそう簡単に手に入れられる筈もない代物である。それでも、貢物として納められた希物の量や質によって、あからさまに国に序列が付けられ、希物の代価として支払われる鴻札(鴻国発行の紙幣)の額が、その序列に少なからず影響を受けるとなれば、どの国の王も、無理をしてでもより多くの希物を集めるしかなかった訳である。


 ちなみに、鴻札は鴻国とその周辺地域でしか流通していない紙幣なのであるが、鴻には、他のどの国よりも、希物に限らずあらゆる物品を高値で買い取ってくれる鴻商人たちがいたから、この世界の大抵の物品は鴻へと流れ集まる様になっており、鴻札はそれらの品物を購入するための重要な資金となり得たのである。 


 ところで、比奈国が鴻から望まれたのは、『龍ノうろこ』という希物であった。比奈国では、龍は神の御使いとも言われ、また、それ自体を神と崇めもする神聖な生き物であった。一方で、その鱗は万病に効く薬の材料になるとも言われていた。

 更に一説には、それは不老不死の秘薬とも言われ、世界でもっとも入手困難な希物とされていた。それは、数十年に一度、僅かばかりの量しか納められない希物でありながら、他国を抑え、比奈国を常に序列の最上位に位置づけるほどの逸品だったのである。


 そして遠見の一族のみが、その特別な力によって鱗の持ち主である龍を探すことが出来た。美玻は、その一族の長の末娘だった。



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