SS07 「菓子男」
「すっごく美味しいです。全部食べちゃいそう」
アップルパイを頬張りながら、女は言った。歳は二十歳。カールした茶色の髪は丸みを帯びた顔の輪郭を隠すため。口紅を塗らなくとも赤く艶やかな唇と陶磁器のような白い歯が可愛らしい。
「ああ、どんどん食べてくれ」
食欲旺盛な女の子は大好きだ。料理人にとって喜んで食べて貰えるのは一番の幸せ。それが可愛い女の子なら格別だ。俺が「菓子男」と呼ばれるのはお菓子好きな女の子の食欲と心を満たすために生きているからだ。
「ああ、どうしよう。こんなに食べちゃって」
「カロリーは控えめに作ってある。それに君が食べる姿は美しい」
「そんなこと言われると困っちゃうな」
彼女はパイを掴んだまま口を尖らせた。食欲旺盛なのも好きだが、それを隠そうとする表情も嫌いではない。だが、俺の前でそれは不要だ。
「そんなこと言わずにどんどん食べてくれ。君のために作ったんだ」
俺はテーブルの皿を指で示した。
「・・・・・・今日は体重のことは忘れようかな。菓子男さんが作ってくれたんだし」
「そのとおり」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
それから彼女は食べに食べた。
アップルパイを1皿。ブルーベリーのパイも1皿。イチゴのショートケーキを1ホール、タルト、モンブランは半ダースずつ、クッキーはキロ単位、紅茶はガロン単位で。
紅茶のカップをかじった。パキンと音がして破片が彼女の口に吸い込まれる。
「ああ、美味しい。美味しいよぉ」
彼女はケーキ皿とフォークも平らげると、紅茶のポットを齧りながら、テーブルの板を手で割り始めた。
「椅子を食べるのは、お行儀が悪いですよね」
「そんなことはないよ。俺の家で遠慮は無用」
菓子男のお菓子の家に遠慮は無用だ。
「もう食べれません」
部屋のものを食いつくし、彼女は剥き出しの床に座り込んだ。
「クリームが付いているよ」
人差し指で唇をぬぐう。彼女は微笑んで俺の指を咥え・・・・・・食いちぎった。
彼女の歯が俺の指をすりつぶす。
「美味しい?」
「美味しい」
ちなみに人差し指はイチゴ味だ。