絶えればいい
先に頑張れ!? 夜行ちゃんをお読み下さい。
短編設定変えられないの見落としてまして。
「おかーさーん」
どさり、と背負っていたモノを玄関口に落とすように置いて、夜行椿は声を上げた。
お気に入りの藤の杖に体を預けて待つこと暫し。
ぱたぱたと足音を立てて、開けっ放しの玄関から母親が顔を出した。
「あらあら、それ、どうしたの?」
「裏山で偶然」
「そう……じゃあ下拵えをお願いね」
「えー、面倒くさい。お母さんやってよ」
母親は頬に手を当てて、困ったように言う。
「今、掃除で忙しいのよ。
下準備はしてあげるから」
「むー……でも」
「お願いね」
「……はーい」
畳み掛けるような母親の言葉に、椿は不承不承と頷いて、準備のために母親と入れ替わるようにして部屋へと向かった。
背後からは大きいわねー、というのんびりとした母の声と、ずりずり、という引きずる音。
面倒臭い面倒臭い。こんな面倒なことになったのも、裏山に来る馬鹿共のせいだ。
我が家の私有地であるところの裏山に入ること自体は、別に止めないし、山菜を取りたければ取っていけばいい。
だけど、取り方ってものがある。たらの芽を採るにしても、頂芽の部分を採るのでじゃなくて側芽や動芽までへし折る様にして採って行ったり、後のことを考えずに根こそぎ浚っていったり、ゴミを捨てて行ったりする。
はっきり行ってマナーが悪いのだ。だから主に手が空いてる椿が山を見回る羽目になっていた。
「面倒だなー」
まず杖保管用に設置してあるロッカーに籐の杖をしまう。
上を脱いで汚れてもいいTシャツに替えて、髪の毛を一纏めに。
そしてレインコートを羽織り、使い捨てのビニール手袋を引っ張り出て装着する。
そして勉強机の引き出しから短刀を取り出して、念のため鞘から抜いて中身を確認。
刃渡り四寸余りの短剣に曇りはない。鞘へと戻し、懐紙を手にとって庭へと向かえば。
「彼方達ねぇ……」
期待に溢れる三対の視線に迎えられた。
一つは我が家の番犬である雑種犬マツであり、残りは山で野生化していたのを連れ帰ったところ、グングンと巨大化した中型犬並みの大きさを持った謎猫ウメとタケである。
成猫だと思ったら子猫だったよ……。
友人が言うには、メークインなる品種らしい。ジャガイモみたいな味がするのだろうか。食べないけれど。
…………いや、ジャガイモから猫の味がするからメークインと名づけられたのか。
まあいいや、と頭を振って縁側から庭へと降りる。
「そんなにモミジが好きか……好きなんだろうなー」
犬猫は立派な肉食である。
順々に頭を撫でてやってから、無駄に広い庭の端に準備された解体現場へと三匹を引き連れて移動する。
立派な木に逆さ吊りにされた今夜の晩御飯を前に、椿は深くため息を吐いた。
「血抜きくらいはしとくべきだったんだろうけどなー」
刃物を持ち歩く趣味はない。
裏山を歩くにしても、杖が一本あれば事足りるのだ。
まあ頸骨粉砕による死亡なので、そこまで味が落ちることもないだろう。
そう考えて、椿は短刀を引き抜いた。
* * *
うめえうめえ、とマツとタケとウメが取り分けた内臓と生肉を貪るのを、椿は少し離れた所に置いた折りたたみ椅子に座りながら微笑ましげに眺めていた。
「血腥いなー」
念のためレインコートを着て、しかも手袋をしたというのに、体には血腥さが付いてしまっていて、椿は嫌そうにため息を吐き出した。
これだから動物の解体は嫌なのだ。
どうやったって血の臭いが体についてしまう。けれど、これは我が侭なのだろうなと椿は思う。
世の女性は、血腥さが体に付くなんて理由で解体を嫌がったりしないだろう。
村の女性陣を見れば一目瞭然だ。
一見すると良い所の貴婦人……というか、実際に良い所のお嬢さんらしい母も、嫁に来て直ぐに鶏の占め方を覚えたというのだから、こうやって嫌だと思ってしまう自分は我が侭なのだ。
友人や親戚などと会話していても、動物の解体が嫌だなんて話が出たことはない。
出来て当たり前のことで、文句を言うようなことでもないから誰もが態々口にすることもないのだろう。
はぁ、とため息を吐こうと息を吸った瞬間、肉と内臓を貪っていた三匹が凄まじい勢いでこちらに振り向いた。
「どうし………あら?」
言いながら、椿は光を感じて足元へと視線を向ける。
足元には置いた短刀と……何か、土の地面に、見たこともない光る魔法陣が描かれて――――景色が切り替わった。
「ああ、お待ちしておりました勇者様!」
第二話 或いは 最終話
今度の召還は王女様♪
………………………………椅子からは立たない。立つのが面倒くさいし、立ったら立ったで難儀なので。
首を回すような動きで周囲を見回していく。
石造りの地下室だろうか、壁も床も天井も、全て石垣よろしく大小の石を組み合わせて作られたもののように見えた。
そして3mほどの距離をおいて、魔法使いっぽいローブ姿の人影が六つ。魔方陣にある六忙星の頂点の先に立つような形で佇んでいる。
更にその背後には、全身鎧を着たのが十三人ほど囲むようにして立ち、椿の正面には、先の全身鎧とは別に二人の全身鎧を侍らせた、何か煌びやかな娘が立っていた。
仕立ての良さそうなドレスに、宝石を着込んでいると言えそうな程の装飾品、西洋人形のような整った顔を透き通るような金色の髪が彩っていて、幼き日に市松人形と言われた自分とは正反対の顔立ちだなと椿は思う。
こちらを真っ直ぐに見据える、太陽の光を増幅してレーザーにしそうな赤い瞳から目を逸らして、足元へと向ける。
短刀と淡い光を発する魔方陣が描かれた土の地面。魔方陣の外円を見れば、そこを境界線にして石畳に変わっていた。
「あ、あの………?
何となく地面から小指の先ほどの大きさの小石を一つ摘んで投げてみる。弾かれるようにして跳ね返った。
なるほど。
私とて年頃の女である。多くの少女がそうであるように、おまじいの話で盛り上がったことは少なくない。
その知識からするに、恐らくこの魔方陣は、悪魔を召還すると同時に、悪魔が逃げ出したり、召還した人間に害を及ぼさないようにするものと同じものだろう。
きっと防御結界としての効果を持つのだろう。
「おい! 貴様、聞いているのか!!」
くぐもった男の声に、椿はゆるりと顔を向けた。
その声の主は、聞こえてきた方向的に、恐らくは煌びやかな娘の背後に控える全身鎧だろう。
「アドム、落ち着きなさい。勇者様は突然のことに困惑なされておいでなのでしょう」
いや、別に。
個人的には言葉が通じていることが不思議だ。
何か煌びやかな娘の口の動きを見た感じ、日本語を喋っているわけでもなさそうなのだが。
「勇者様、突然の召還にさぞ驚きでしょう」
いや、別に。
「ですが、まずは私の話を聞いていただきたいのです」
改めて足元に視線を向ける。
地面は土のままで、ここだけは元々の世界のようだった。
自分が呼び出された……という訳ではなく、恐らくはこの魔方陣の中だけは元の世界なのだろう。
これは元居た場所と、この場所の一部を入れ替えたのか。
「私はヴァルヴァン王国が第二王女エーリアと申します。
実は現在、王国は南方の蛮族に攻め立てられ滅亡の危機に瀕しているのです。
不作があったことともあり民は餓え、多くの貴族が失われ、王家も第四王子が戦死するなどの多くの被害を受けました」
知らんな。
魔方陣は、よく見れば地面に直接的に描かれているようにも見える。
地面の土ごと短刀でひっくり返せば壊せそうだが、やっていいものか。
推測が確かなら、入れ替えたものが元に戻るだけで終わるが、そうでないならこの場に置き去りだ。
それは困る。今晩は私の好物のモミジ肉だ。態々解体までしたのに食べ損なうなんて御免被る。
「このままでは我が国は滅び、民は蹂躙され、奴隷として末代まで使い潰されるでしょう。
どうかお力をお貸しください」
知らんな。
しかし前回と違いすぎて嫌になる。
前回はただ横になってるだけでよかったのに、今回はそうも行かない。
何か全体的にじめっていて、不快指数がかなり高い。
あと臭い。全体的に臭い。自称王女は香水臭い。
それ以外は汗とか色んな臭いで臭い、あと時折、流れてくる空気も糞尿の臭いが混じってる気がする。
「当然、ただとは申しません。
事が成った暁には、報酬にヴァルヴァン金貨を十万枚お渡ししますし、爵位と土地も授与いたします」
要らんな。
そういえば親戚のしょーさんが社会だか歴史だかの授業で教わったらしいんだけど、なんでも中世欧州の衛生は最低最悪だったらしい。
RPGとか小説で題材にされる感じの世界みたく小奇麗ではなく、そこら中に糞便が撒き散らされてた上に、風呂にも殆ど入らなかったとか何とか。
日本人が中世って言うと、江戸時代を思い浮かべるから、西洋もそういうレベルだと考えて小奇麗になるだけで、実際の中世欧州に行ったら日本人には耐えられそうにないとか
それなりに中世欧州への憧れはあったが、その話を聞いて、自分で調べてからは創作の世界が至上だと椿は考えるようになっていた。
「あの……勇者様? ご不満でしたら、宝石類や美術品の類もお付けしますが……」
要らんな。
そもそも香水も、平安時代の香木とかと同じような用途らしいし。
汗臭さや体を洗っていないが為の臭いを誤魔化すために使われたと聞いている。
おかげで香水をつける=自分は体臭がキツイ女ですと言ってる様な気がして付けられなくなった。
まあマツタケウメが香水の臭いを嫌うので、どちらにしろ香水を付ける機会はなくなったのだけれど。
「…………これでも足りないのでしたら、解りました。
私、勇者様に輿入れいたします」
要らんな。一番、要らんな。
「ひ、姫!?」
「姫様!?」
慌てふためく全身鎧たち。
まあうん、同性相手に嫁ぐとか言い出したら普通に驚くよなー。
というか、前回見たく追い返してくれそうにないので、そろそろ本格的に足元の魔方陣破壊に挑戦してみようと思う。
幸いにして短刀が足元にあるし。
「貴様! 先ほどから何も言わずに!! 姫様にここまで言わせて何もしないとは恥を知れ、強欲者めが!!」
知らんな、と思う前に、アドム! と自称王女の叱責が飛んだ。
「ですが姫様! この者は不遜が過ぎます!
そも王命なのですから受けるのが平民の義務というもの!
褒章まで約束しているというのに、この者は!!」
…………………いや、平民だけどさ。どうやって、平民だって判断したのさ。
まあいいや。帰ろう。足元の魔方陣を壊せば帰れると信じて!
椿は、自然な動きで短刀を手にとって抜いた。
そして、今回は前回の怪異と違うようなので、いくつか言い残して行くことにする。
「まず……貴女が提示した報酬は、私にとってさほどの価値がありません。
金貨を貰っても私の国では使えませんし、鋳潰したところで証明書がないので売りにもだせない」
親戚に鉄鋼業を営んでるところがあるので、そこで鋳潰してはもらえ……るかなあ。
「宝石類も同じです。私のような小娘がそんなものを大量に売りに出せば、痛くもない腹を探られる。
芸術品は、そもそも私の世界で芸術性を認められるかなんて解らない。
爵位も土地も、貰ったところで元の世界以上の生活を送れない以上は価値がない」
「な……」
王女が驚きに目を見開いて、そして全身鎧たちが無言で前に出る。
最も前に出たのは、アドムと呼ばれた鎧だった。
「それと平民なのだから王命に従えと仰られましたが、私にはそれこそ関係がない。
ヴァルヴァン王国の国民でない以上、応じる義務はない。
そもあなた方の庇護を受ける身でない以上、平伏する理由がない。
いきなり拉致した人間に払う礼儀もない」
王侯貴族は民を庇護するからこそ、さまざまな特権を受け入れられるのだ。
そもそも主従を通り越して、王と平民という関係ですらない、階級の外側にある椿が平伏して命を受ける理由がない。
そして何より、協力が欲しければまずは政府に話を通してこい。
それが他国在住の一般人の力を借りる上での最低限の筋だろう。
「あと同姓に輿入れされても困ります。許婚もおりますし」
え、とその場の視線が胸に集中した。
椿の顔から表情が消えると同時、無言で短刀を地面に突き立てて、掘り返す。断線する魔方陣。
あ、と呆気にとられた表情の王女。
そして魔方陣は消え去って、風景は元のものへと切り替わり――――
「危ないって!?」
勢いよく突っ込んでくる三匹に椿は慌てて短刀を木に向けて投げつけると、そのまま圧し掛かられて地面に倒れこむ。
ウケミ! 三匹は口元が血まみれなので、人によっては襲われているように見えるんじゃないかなー。
あと舐めてくるのはいいけど血腥い。すっごい血腥い。
獣臭いとかじゃなくて、マジで血腥くて生臭い。
「おーい、椿ー!」
聞こえてきた声に視線を向ければ、玄関側から庭に回りこんできた幼馴染の姿があった。
小走りで近寄ってくる。
「あれ? 何かあった」
「特には」
幼馴染は小首を傾げるが、本当に対した事はない。
「ねぇ」
「なに?」
「いきなり変なところに呼び出されて、宝石とか身に着けた煌びやかな服装の美人に貧乏で大変なんですとか、命がかかってるんですとかのお情け頂戴な話をされて、報酬は支払うから死ぬほど危険な目にあってこいって言われて受ける?」
「……絶対受けないな。というか、まずその宝石を売れって思う」
「そうよね。成すべきを成せぬ者など死に絶えればいい」
「………本当に何かあった?」
幼馴染が訝しげに問いかけるも、椿は薄い笑みを浮かべたまま首を振る。
民が餓えていると言ったわりに、あの王女の身なりは豪勢だった。
装飾品を身につけ、仕立てのよいドレスと、はっきり言って貧乏には見えない。
ということは、あの王女は、自分の懐を痛めるのは嫌だが何とかしろと言っていたのだ。
しかも勇者呼ばわりだ。勇者とは、勇気あるもの。要するに、勇気が必要な真似をしろと言っているのだ。
お前にこれから勇気のある行いをさせるとは、何とも正直だが。
しかも輿入れとか言っていたが、毒殺されそうな気がする。生きてる英雄とか、使い道ないし。
いや、それ以上に自分が出すといった報酬を自分の懐に収める算段もあったんじゃないかと勘ぐるくらい。
別に男と勘違いされたことで怒っている訳ではないんだからなー。
ともあれ、魔方陣を破壊して帰ってこれたのは幸いだった。最悪、あっちに投げ出されたかも知れない。
だから。
「騒動はあれどもことはなし」
呟きに、マツを抱き上げた幼馴染が首を傾げる。
その姿に椿は、先ほどとは違う微笑を浮かべたのだった。