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2015年/短編まとめ

必要最低限しか望まないことを間違いだとは思わないんだ

作者: 文崎 美生

「有難う。お姉さん、可愛いね」


にっこりという効果音がつきそうな笑顔が目の前にあった。


ストレートの髪は肩と胸の間ほどまで伸ばされていて、純日本人であることを主張するような黒に多種多様な色合いのメッシュを入れている。


大きめの黒縁眼鏡の奥の瞳は猫のよう。


そして此処は所謂メイド喫茶であり、目の前のメイドを口説いている人物は、メイドと同性の女である。


服装も黒を基調にしたパンク調のものなので、正直に言ってしまえば男に見えなくもない。


が、女だ。


正真正銘の女なのだ。


だがその女である目の前の人間は、メイドの手を取り微笑み、その美しい声音でお礼を告げ、その手を離す。


メイドの目がハートになっているように見えたのは、きっと気のせいではないだろう……絶対に。


注文していた珈琲に砂糖もミルクも入れない彼女は、そのまま静かに口をつけた。


隙のない、でも品のある動き。


メイド喫茶じゃなければもっと映えただろうにとすら思えてしまう。


「で、何でしたっけ」


女の子にしては落ち着いた響きのある声。


彼女の視線は自分に向けられていて、その言葉も自分に向けられているものだった。


そうだった、と我に返る。


彼女の傍らに置かれたギターケースと、手元には一枚の紙切れ。


「軽音部に入部して下さい」


私は一応軽音部の顧問だがこの際しのごの言ってられないので、一回りは下の生徒にこうして頭を下げる。


カチャン、とコーヒーカップがソーサーに置かれる音。


それから降ってきた言葉は「嫌です」だった。


無理ですでもごめんなさいでもなく「嫌です」と来たものだ。


素直なのはいいがここまで来るとただの愚直であり、人間関係をこじらせるような気がしなくもない。


顔を上げた先にあるのは中性的な整った顔。


高校生でありながら部活に入らずに、成績も平均をキープして、遊び過ぎず遊ばな過ぎずを行う彼女。


成績も悪くない、決して素行不良なわけでもない。


学校に来る時には今つけているメッシュも外しているし、ピアスの穴も空いていない。


今つけているのはマグネット式だろう。


「バイトしてますし、路上で十分です」


そういった彼女は傍らのギターケースを指先でなぞる。


ギター以外にもピアノも弾けるらしい彼女が軽音部に入ってくれたら、もっといい軽音が作れるかも知らないのに。


それをウチの部員たちも望んでいた。


彼女の声は武器であり、彼女のギターもピアノも武器である。


終いには、終わったあとの小話も人気という話術にも優れていた。


音楽の神に愛された彼女を欲しがるのは、何ら不思議なことではないだろう。


実際に軽音部だけではなく吹奏楽部からも勧誘を受けているはずだ。


だが彼女は一向に首を縦に振らない。


「私、人とつるむの好きじゃないんですよね」


ぽつん、と放たれた言葉に私は目を丸めた。


きっと間抜けな顔をしているはずなのに、彼女は大して気にもとめずに目の前の大皿に乗ったクッキーを指さす。


「食べていいですか」


その言葉に頷けば、彼女はゆっくりと手を伸ばして兎の形をしたクッキーを指先でつまむ。


興味深そうにまじまじとクッキーを見つめて、口の中へ放り込む動作は幼さを感じさせる。


もぐもぐと咀嚼して飲み込むまで無言。


私も先程の言葉の続きを聞くに聞けない。


「うん、美味しい」なんて私の雰囲気を感じ取れないのか、彼女はクッキーの感想を言っている。


そんな彼女を見つめる店内のメイドの視線も痛い。


溜息が溢れそうになり、額に手を当てるとまた彼女が言葉を落とす。


「音楽は好きです。でも人間は嫌いです」


……理解できなかった。


何と言うか簡潔に物事を話されすぎていて上手く処理することが出来ない。


眼鏡の奥の猫目が細くなり私を見ていた。


「人間が音楽を作っている。それは分かってます。でも、作られた結果は好きだけれど作った人間が好きになれないんです」


よ、要するにあれなのだろうか。


彼女は人嫌いの音楽好き。


音楽好きなのは弾き語りをしている姿や、校内でもギターケースを背負っている姿から見て取れた。


だがしかし人嫌いとはどういうことなのだろうか。


この店を選んだのは彼女であり、この店に入ってから店員のメイドと親しげに喋っていたのも彼女なのだ。


そんな彼女が人嫌いと言われて素直にそうなのか、と頷けるわけがない。


私の考えていることが分かったのか、彼女は軽く首を動かして「理解できないでしょうね」と頷き言った。


「人間という枠組みですから、男も女も一緒ですよ」


安易に私もだと告げているようなものだ。


勿論、此処で同性が好きだと言われても反応には困るのだが。


彼女は冷め始めた珈琲を一気に煽る。


「苦手なんですよね。余計なこと考えたりするの」


サクサクサクサク、何かに火が付いたようにクッキーを頬張る彼女。


飲み込んでまた口に入れる。


眼鏡ごしなので見にくいがその瞳にはチラチラと嫌悪の色が浮かんでいた。


私に向けられたものではなく、多分行き場のない感情の一つ。


「人の気持ちとか考えるのも、言葉の裏を探るのも面倒だし苦手だし嫌いです。素直な言葉に変える音楽は好きです。愚直過ぎる位が丁度いい」


だから彼女は無理ですでもごめんなさいでもなく「嫌です」と答えたのか。


素直に愚直に自分の言葉で話して、自分の意志で動きたいんだろう。


「誰かに関わると私の音がぶれる」


彼女のやる音楽は全て自作だった。


作詞から作曲まで全て自分で手かげて、それから人前で自分で歌う。


彼女の音楽はいつも一人だった。


「お冷、お願いします」とメイドを呼び止めてそう言った彼女は、相変わらず見蕩れてしまう笑みを浮かべている。


私の分まで頼んでくれる辺りは気遣いもできていて、人嫌いには全く見えないのに。


だが見方を変えればそれもフェイクなんだろうか。


当たり障りなく優しく平等に接することは、一定の距離を保ちラインを引いて接しているのと同じ。


「自分を保つには他人との距離が必要なんですよ。私の音楽を誰かが聞いて、反応してくれるのは凄く嬉しいことなんです」


カラコロとグラスの中の氷が鳴る。


両手で包み込むようにグラスを持った彼女の視線は氷に向けられていた。


でも、と続ける彼女の言葉には芯がある。


「聴き手がいるだけでいいんです」


誰にも隣に立って欲しくない、と彼女は拒絶する。


その目は本気で私の安易な考えを潰す。


もしかしたら部員と関わらなくていいから、音楽をするために軽音部に入って貰おう、と言う考えがあったんだろう。


でも、それを彼女は見越して首を横に振る。


どうすれば彼女を引き抜けるかなんて考えるだけ、時間の無駄だと言われた気がした。


深い溜息を漏らす私を見て、彼女は満足そうに微笑んだ。

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