私と彼女の決定的な違い
グロテスクな表現があります。
苦手な方は、読まない方がいいと思います。
ご了承下さい。
ただ単純に、そして素直に羨ましいと思った。
蒸し暑い季節の、一番気温が高くなる時間帯の授業は最悪だ。
申し訳程度に首を振る扇風機は窓からの向かい風に襲われ、役目を果たしてはいなかった。
実のところ、扇風機の風は一番後ろの席の人にとって届くわけのないものであり、役目を果たしていないのはほぼ毎日だと思われるが。
ぽけっと考えていれば、教師の号令が響き、授業が終わったことにハッとした。
ノートと教科書を胸に抱き、さっさと教室を後にする。
廊下は涼しかった。
教室からほんの少ししか離れていない場所に、部室はある。
ガラガラ、とあまり好きではない音がまとわりついた。
友人と二言三言、言葉を交わし、用事のある友人は私に留守番を任せ、出ていった。
「いってらっしゃい」
戸が閉まると同時に、そう声をかけた。
それに気づいたのかどうかは別だが、友人は微笑んでいた。
次の授業が始まるまでの間、廊下はいつも騒がしいのだがこの階は何故か、しんとしていた。
キィ、椅子に腰掛けるとそんな音がした。
軽く体をひねる。それだけで椅子はまたキィと鳴く。
なんとなく楽しくなり、しばらく、キィキィという鳴き声を聞いていた。
近くに置いてあった鋏に手を伸ばす。
それを掴み、落とさないようにしっかりと握る。
そして机に頬杖をつき、掴んでいる手を高く掲げ、その手を下から見ていた。
部室には、窓がある。
稀に換気をするため開けることはあるが、虫が入ってくるという理由で基本的には閉めっぱなしなのだが。
手を下ろし、その窓の向こうへ目をやる。
隣の建物の渡り廊下が、視界に入る。
それよりも早く、外にいるであろう教師の声が聞こえる。
窓を閉めているというのに、まぁ、大きな声だなぁ、と思い、席を立つ。
行き先は窓際、何が起こっているのか見たいという野次馬精神からだった。
どうやら授業の場所が急遽変わったようで、それを知らせる声だった。
何だ、と思い、元の場所に戻ろうとするが、私の目にはある光景が飛び込んできた。
同じクラスの女の子。
そう、席が隣の女の子。
次の授業は1つ上の階で行われるらしく、階段を登っている彼女。
普通ならそれだけで終わる。
けれど事情が違う。
数日前から、彼女は足を怪我していた。
普通に歩くことはできる。別段問題はない。
ただ、スピードはゆっくり。
彼女は今、階段を上っている。
……………彼女の恋人に助けられて。
近くには彼女の友人の姿も見えた。
恋人と友人に荷物を持ってもらっているようで、申し訳なさそうにしながらも、ゆっくり、一歩一歩、階段を登っていった。
私はそれを、彼女の姿が見えなくなるまで見ていた。
授業開始のチャイムが鳴っても、私はそこで立ち続けていた。
今日の授業は、私はもうないから問題はない。
渡り廊下から見れば異様な光景…否、怪談になること間違いなしだろう。
彼女が登っていった階段を見つめながら、私は泣いていた。
何故だろうか。
窓に映った自分の泣き顔に、ああとんでもなくブサイクだな、などと思う。
「泣いている女の子のことを守りたくなるなんて、大きな嘘だよ。
誰がこんな私を守りたくなる?」
思わずそうつぶやく。
こんなふうに卑屈だからじゃないかと、別の誰かが答えたような気がする。
そう、卑屈なのだ。
さっきのことを思い出すと、体の奥からふつふつと、黒いものが煮え滾ってくる。
ドロドロとして、人には決して見せられないもの。
机の上に置きっぱなしの鋏に、自然と手が伸びる。
ギラギラと怪しげに光を放つそれに魅せられたかのように。
片手で握り締め、見つめていると笑いがこみ上げてきた。
これで血管を切り裂いたのなら、奥で煮え滾る黒いものが出てくるのだろうか。
赤の鮮血ではなく、黒いものが。
本体…心臓はどうなのだろう。
これで心臓を抉り出したのなら、それは黒いものにまみれているのだろうか。
我ながら中々グロテスクなことを考えるなぁと、自分で自分が嫌になる。
だがそこに僅かなデジャヴを感じた。
昔、小さい頃。
本で読んだ、とてもとても後味の悪い話。
そのあまり、記憶に焼き付いたのだろう。
鋏を握り締めたまま…その話を思い出していた。
あるところに、心優しいお姫様がいました。
お姫様は、誰にでも優しく接するので、国民全員に愛されていました。
隣の国に、とても真面目で誠実そうな王子様がいました。
王子様はかっこよく、笑顔が素敵な人でした。
ある晩の舞踏会。
そこで王子様を見たお姫様は、王子様に一目惚れをしました。
隣の国といえど、そう簡単に会うことはできません。
お姫様は、王子様に告白する決心をしました。
ですが、悲しいことに、お姫様の告白は失敗してしまいました。
お姫様はとても悲しみました。
それほどに王子様のことが好きだったのです。
そしてお姫様は、なんとしても王子様と結婚したかったので、国で一番の腕を持つ魔術師に会いに行きました。
王子様とどうしても結婚がしたいのだと魔術師に言うと、魔術師は結婚出来るように魔法をかける事を約束してくれました。
魔術師はお姫様に言いました。
「結婚出来るようにしてあげよう。
姫が城に帰ってからの七日間、王子は姫の城で生活する。
姫の決心はよほど強いものだと見た。
王子との結婚の為ならなんでもしそうな勢いだ。」
魔術師はお姫様の目をじっと見ていました。
「決心が強いのと同時に、夢を見ている。
とても強力な夢だ。最後に一度だけ聞こう。
本当に、王子と結婚したいんだね?
何があろうと後悔はしないね?」
鋭い視線がお姫様を見つめました。
お姫様は強く頷きました。
魔術師は、お姫様に1つ条件を出しました。
「わかった。
それじゃあ、1つ条件を出そう。
七日間、王子の本性を見せよう。姫の知らない本当の王子をね。
その姿を見ても王子への気持ちが、夢が、消えなかったのならば、姫は王子と結婚出来る。
だが、気持ちも夢も消えてしまったその時は、姫の手で王子を殺し、その赤を私に差し出すことになるよ。…本当にいいね?」
お姫様は赤の意味がわかりませんでしたが、王子様への気持ちが消えることなどないと自信を持っていたので、魔術師の言うことを聞きました。
魔術師の出した契約書にサインをして、お姫様はお城に帰りました。
その後ろ姿を、魔術師は悲しそうに見ていました。
お城へと帰ると、そこには王子様がいました。
お姫様はとても喜びました。
今日から王子様と暮らせると、嬉しそうにしていました。
しかし、その次の日から、王子様の本当の姿がお姫様を苦しめ始めました。
王子様は、お姫様の目の前で、他の女の人を抱きしめたのです。
お姫様は悲しみましたが、魔術師との契約を思い出し、どんなことがあろうと、王子様を許すことにしました。
そう、それほどまでに王子様が好きだったのです。
他の女の人を抱きしめようが、手をつなごうが、キスをしようが、何をしても、お姫様は王子様を許しました。
お姫様は王子様への気持ちも夢も大切にして過ごしました。
許し続けて、最後の日になりました。
この日を乗り越えれば、お姫様は王子様と結婚出来るのです。
やはりこの日も、王子様は同じことをしています。
いえ、少しだけ違っていました。
王子様は、お城に来てから初めてお姫様と話をしました。
お姫様は少し嬉しそうに王子様との時間を楽しみました。
ですが、王子様はお姫様にひどいことばかり言うのです。
お姫様は許し続けました。何を言われても、心が傷ついても、許し続けました。
そうしているうちに、お姫様の心から王子様への気持ちは消えてしまっていました。
でも、お姫様にはまだ夢が残っていました。
舞踏会で見たあの姿、あの笑顔が私だけに向く時が、と…。
後少し、後少しで最後の日が終わるという時、お姫様はとてつもないショックを受けました。
僅かに開いたドアの隙間から、王子様と女の人が、仲睦まじくしているところを見てしまったのです。
お姫様が夢見続けた王子様の姿。
それをいとも簡単に手に入れた女の人を憎いと思いました。
その時、お姫様は王子様に対する夢をも失くしてしまいました。
魔術師との契約がお姫様を襲いました。
お姫様の手には、どこから手に入れたのか、銀の鋏が握られていました。
ドアを開けると、王子様と女の人は驚きました。
そんな2人を見ながら、お姫様は女の人に近づき、鋏を女の人の心臓に突き刺しました。
耳をつんざくような叫び声。
王子様は恐怖のあまり、動けなくなっていました。
鋏を引き抜くと、王子様の方へとお姫様は歩きだしました。
震えている王子様を優しく抱きしめると、お姫様はどこから取り出したのか、美しい輝きを放つ金の鋏で、王子様の心臓を先程と同じように突き刺しました。
鋏を引き抜くと王子様を殺したそれで、お姫様は自分の心臓を抉り出しました。
心臓を手に持ち、高く掲げ、お姫様はそこで我に返りました。
でももう遅かったのです。
お姫様の心臓は、魔術師との契約の代償として魔術師に渡されました。
どこからか現れた魔術師は、お姫様の心臓を手に取ると、箱にしまってこう言いました。
「姫は許し続けてきたと思っているだろう。
それはただの諦めだ。
許すということではなかったね。
嫉妬を溜め込まず、素直に諦めるか直接言えば良かったものを。
上辺だけじゃ、人のことなど愛せないのだよ。
綺麗な部分だけ見ても、違う部分を知らなければ、後に嫉妬に狂うのは自分なのだから」
そう言い、魔術師はお姫様にあることを言いました。
「姫の心臓は赤ではなかった。
嫉妬にまみれた黒だった。これでは契約と違う。
姫よ、貴女の心臓が赤に戻るまで、七日間を繰り返してもらう」
お姫様が泣き出すと、魔術師は消えてしまいました。
それからお姫様は何回もあの七日間を繰り返しています。
お姫様が救われるのは………
自分が知っている中で一番後味の悪い話。
この姫と私は少し似ていると思う。
嫉妬…それが共通点ではないのか。
私にも恋人がいる。
だが、非常に素っ気ないのだ。
私にはそうなのに、他の人にはそうじゃない。
私の前では笑わないのに、他の人の前では笑う。
簡単に私が欲するものを手に入れる人達に、幾度となく嫉妬してきた。
学校では友達としてお互い接しようだなんて、私はただの都合のいい奴じゃないか。
なぜそう言われた時に言わなかったんだ。
自己嫌悪の嵐。
彼女と自分を比較するなんて、一番嫌いなことだ。
私は私であり、彼女は彼女なのだから。
でも、ただ単純に、そして素直に羨ましいと思った。
ああやって優しくされることが。
私は姫と似ている。
でも、違う。
私と彼女の決定的な違い
それは、魔術師。
「嫉妬を溜め込まず、素直に諦めるか直接言えば良かったものを。」
手にしていた鋏を置き、代わりにポケットから携帯を取り出して、私は電話帳の彼の名前を押した。
言葉は何のためにある。
伝えなければわからないのだ。
悲劇のヒロインぶるのは、もう終わり。
こんなに長いの初めて書きました。
グロイのも。
後書きも、ね。
ベクトルが変な方向むいちゃって、斜め上にぶっとんだ作品となりました。
本当はもっと違う話になるはずだったのに…(´・ω・`)
うまく行きませんでした。
気分悪くなった方もいるのではないかな、と思います。
なんていうかその、お目汚し(これで合ってるはず)、ごめんなさい。
この話を通して、何かを感じ取ってくだされば幸いです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。