Introduction 虐殺の序奏
下賤な傭兵たちの残虐行為。
ちゃぴ は、生まれてから、十九日め。
ころころふとった、ちっちゃな、あかちゃん犬だ。
手足が短く、お腹をずりずりしながら、ちょこちょこ歩く。
眼が開いたのは、先週ようやく。
ちいさい犬は片方ずつ、ゆっくり、少しずつ開く。
開いても、すぐに見えるわけではない。
耳がきこえるようになるのは、もう少し後だ。
ちょっと巻いた毛はとても白い。
毛玉が動くみたいに見えた。
眼はくりくりしている。
いつも笑っているような眸だった。表情もあどけない。
ずりずり歩く姿に、家族は皆、笑顔になった。
「ちっちゃくて、可愛いね!」
愛され慈しまれ、可愛がられていることが当たり前の環境で育つ。いつも楽しくて、いつも嬉しくて、溌剌としていた。
動きは、のたのたよちよちで、まだまだだけども、兄弟たちといつもいつも戯れ合う。
たまに強く噛まれて、きゃんきゃんいう。
でも、すぐに夢中になって、また遊び始める。
愛情と歓びと安心しか知らない。不安も虞もない。
幸せだった。
あの日までは。
それは突然、疾風怒濤となって日常を突き破り、生活全てを席捲し、幸福を裂いて吹き荒れた。
汗や埃や返り血で汚れ、石炭で体を擦ったように、まだらに黒い、体の大きな漢たちが扉を蹴破ってあらわれた。どぎつい腐臭が部屋中を充す。
人間の家族たちは恐怖の叫びをあげた。
血走ったまなこの下賤な傭兵どもは無慈悲な殺戮を始める。
子犬にとっては見たこともない凄まじい阿鼻叫喚の光景、何が起こったのかさえ理解できなかった。
家の主人は切り刻まれ、奥さんは陵辱され殺され、姉妹の姉も犯され、幼い妹さえ強姦され、悲鳴、絶叫、獣のような咆哮を上げ、断末魔の叫び、牽き裂かれ殺された。
「うひひ、堪んねー、堪んねえぜ、うはひひ、この怯えた顔が堪んねーよ、俺の体の芯がぶるぶるするぜ、うひうひひ、だから戦争ってよ、大好きなんだあ、ぅうおおおおおっほっほっほおお!」
奪った酒を煽りながら、犯しまくる暴漢たち。
母犬は足をつかまれ素手で股裂きされた。
子犬は恐怖で眼をぴくぴくさせ睜く。
短い手足を瀕死の痙攣のよう、がたがた震わせた。
「へー、可愛い子犬じゃんかあ」
「きゃん、きゃ、、きゃん、きゃん!」
足をつかまれ、怖くて怖くて、必死に吠える。
「あははははは、あははははは、かわいいーな、そおらよ!」
ぴしっ!
いきなり引っ叩かれた。
今まで叩かれたことなどなかったので、驚きと痛みとで、泣き叫び訴えるよう、さらに激しく吠える。
「ヒャハハ、かわいーな、たまんねーよ」
びしゃっ!
今度はもっと激しく叩かれた。ぶぎゃわん! 一度叫んで、気を喪い、ピクピクしている。
しかし、炎の滾る暖炉に放り込まれると、エビのように跳ね上がった。普段はちょこまかと短い手足でお腹を擦りながら動く幼犬が、こんなに高く跳ね上がるかと、眼を疑うほど、高く、疾く跳び、ぎゃわんぎゃわわあんと、裂く叫んで、火が点いたまま、狂ったよう、前後左右にのた打ちまろぶ。
「あはは、あはははは」
男たちは大哄笑する。
割り込むように別の大男があらわれ、大きく膝を上げて、火の点いた幼犬を踏み潰す。殺されたときの最後の叫びは短い濁音で、小さな骨肉がぐしゃっ、と潰れた音との区別がつかなかった。
「バカヤロウ、まだ略奪してねーのに、火事になっちまうわ」
「おお、すまねえー。興奮しちまうんだよ」
「け、無駄な時間だぜ、カネだ、カネ。この国は農民まで富んでいるからな。俺っちの村とは大違いだ。不公平は暴虐によって是正せにゃならんわな」
「ギャハハぎゃはははは、そのとおり、まさにまさに、まさにそのとおり」
「おい、見ろよ、こんなにいい酒を持ってやがったぜ、この雑魚どもが」
「あひゃはは、死ね死ね死ね、弱いもんは死んじまえー、弱肉強食さいこー」
「おい、俺にも酒を寄越せ」
「ひゃははひゃはは」
「陵辱虐殺陵辱虐殺陵辱虐殺ーーっ!」
野蛮な低級傭兵たちが隠滅とばかり、家に火をつけて外に出てみると、龍馬に乗った少年が一人いた。
少年は歎息する。
「どこもかしこも手遅れか。
気がつくのが遅かった。
あゝ、僕の落ち度だ。・・・何ということか」
そう言うと、唐突に哀しみ蒼く翳る眸を豹変させ、炎の憤りに滾らせて悪党どもを睨みつけた。
「それにしても、やりたい放題だな」
濃くて暗鬱な翳りに浸された濃い栗色の双眸。短く少し波打つ同じ色の髪の毛。日に当たらない青褪めた白さで、少女のような顔立ち。繊細な体つきを、紅のマントで覆い隠している。
「おい、何だ、このガキ、偉そうに龍馬になんぞ乗りやがって」
「おぼっちゃんの来るところじゃねーぜ」
「ぶっ殺せー」
「あはは、あはは」
「やっちまえ」
巨漢の傭兵どもは皆、それぞれ武器を手に持った。巨大な棍棒や、大鉈のような大剣、太くて長い鉄槍、残忍なギザギザのついた刃、二百キロはありそうなハンマー、巨大な戦闘用の斧、死に神のような大鎌。見る者を心底から震え上がらせる禍々しき姿。
少年は平然と笑い、
「いい度胸だね」
傭兵たちは逆上して憤り激し、
「何だとー、このやろー、てめーこそ世間知らずめ、いい度胸じゃねーかよ」
少年はくすりと笑った。
「お前たち、傭兵のくせに素人だな」
「何だと!」
「素人さ、僕を知らないなんて」
野蛮な傭兵どもは笑った。
「はあ?」
「何言っちゃってんだか、ぎゃははは」
「知るもんか、知るもんか、貴様なんざ、知るもんか、クソガキが。あはは、あはは、あははははー」
「やっちまえ、やっちまえ、さっさとやっちまおうぜ」
一齊に襲い掛かる。
襲い掛かった三人の巨漢はたちまち砂塵となって消えた。
「え?」
何事が起こったか理解できない。
「何だ、こりゃあ」
「魔法か? 魔法か? ぅうわああ、ま、まぢかよ」
少年は笑った。
「魔法じゃないよ、正法だ。これは正しい在り方だ。諸行無常諸法無我。全ては滅びゆく儚きもの」
「な、なななな、何なんだ、おめーわ!」
「坊主みてえなこと言いやがって!」
「え、正法?」
そのとき、一人の傭兵が気づく。
「あ、ああ! ぢゃ、ぢゃー、おめーわ」
少年は太陽のように赫奕と言う、
「僕はダルジェロ、殉真裂士だ」
次は、殉真裂士ジャン・〝アンニュイ〟・マータ。




