事実陳列罪で婚約破棄されましたが、それはそうと断罪パーティーで注目を浴びる私は美しいですわね
「アネット! エミーをいじめた罪でお前と婚約破棄をする!」
怒りに満ちた声が広間中に響き渡り、周囲の貴族たちがざわめく。
彼の腕の中には、涙ぐむ小柄な乙女――アネットによる被害者とされる平民のエミーがしがみついていた。
「しょ……正気ですか、シルヴァ様……!?」
アネットは愕然と、信じられないものを見る目でシルヴァにしがみつくエミーを凝視していた。
「エミーは心優しく、お前のように他人の容姿をあげつらうような真似はしない!」
シルヴァの激昂を聞き流しながら、アネットの頭の中は全く別のことで一杯だった。
(なんですかいじめた罪って……? 思春期でももう少しマシな罪状並べますわよ!? それを格式高い夜会の場で恥ずかしげもなく、そのような大声で……!?)
アネットにとって、シルヴァの性格が救いようのない屑であることは問題ではなかった。
ただ、彼のその妖精のように儚げな顔面、透き通る白い肌と長いまつ毛だけは完璧で、彼女の厳しい基準を唯一満たすものだったのだ。
(こうなってしまっては婚約破棄は確定……ああ、私の完璧なコレクションが……あの極上の儚さを、合法的に特等席で鑑賞できなくなるなんて……)
あまりの理不尽さ――最高の観賞用顔面を失う喪失感――に襲われ、アネットは眩暈を覚えた。
「ああっ……」
この国最高の芸術品である自らの身体が、ふらりと傾く。
美しい私が冷たい大理石の床に倒れ伏す、それすらも絵になるだろうと自己陶酔しかけた次の瞬間。
――ガシッ。
(危ない……国宝級の玉のようなお肌に傷を付けるところでしたわ)
アネットは踏ん張った。
「時にシルヴァ様――」
アネットは体勢を立て直し、小首を傾げ、本気で不思議そうにシルヴァを見つめた。
「私は本当に理解できません。そちらのエミー様には良質なヘアケアを提案しただけですのに、なぜ断罪されなければならないのです?」
「とぼけるな! お前は悪意を持ってエミーの容姿をあげつらったではないか!」
シルヴァは正義感に燃えた瞳で、広間中の貴族たちに向かって高らかに叫んだ。
「お前はエミーに向かって『毛穴が開いている』だの『髪が傷んでいる』だの、容姿を執拗に嘲笑ったな!」
「嘲笑うだなんて心外ですわ。私はただ、日々の保湿ケアを怠っているせいで乾燥し、毛穴が開いてしまっているから、我が家が開発した泥パックをお貸ししましょうかと、正しいスキンケアとヘアケアを提案しただけです」
「言い訳をするな! いいか、エミーはお前のように着飾る暇もないほど平民として苦労してきたのだ! 見ろ! お前のように鼻筋が高く通っていなくとも、この愛らしい鼻はウォーターピッグの子どものように愛らしいではないか!」
「ウォーターピッグ!?」
エミーは絶叫し、顔を引きつらせる。
「見ろ! このレッドサンドギツネのような素朴な目元!」
「レッドサンドギツネ」
アネットはレッドサンドギツネを思い浮かべながら復唱した。
「そしてドレスの裾から覗く、リーフタヌキのような親しみやすい四肢! お前の足はパスタみたいで食欲が失せる!」
「ままぁ、ぼくリーフタヌキ好きだよっ。まるくてもふもふしてて」
貴族のこどもが無邪気に呟いた。
「し、シルヴァ様……っ!?」
――シン。
広間が、先程までとは全く別の意味で静まり返った。
(……なぜシルヴァ様は、ご自分の愛する方のどう足掻いても直せない骨格やパーツの造形を大声で広間に陳列しているのかしら。ケアの提案をしただけの私とは違い、野蛮すぎます……)
周囲の貴族たちの視線が、一斉にシルヴァの腕の中にいるエミーへと注がれる。
ドレスから覗く腕、震える指先、そして鼻のてっぺん。
突きつけられた事実を確認しようとする無数の好奇の目に晒され、次いで、そこに立つだけで発光しているかのような絶世の美女、アネットと見比べられる。
圧倒的な美と、残酷な事実陳列による、完璧な公開処刑だった。
「し、シルヴァ様……っ、もう、やめてください……っ!!」
耐えきれない羞恥に顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら、エミーが悲鳴のような声を上げてシルヴァの胸に顔を埋める。
しかし、致命的に空気が読めないシルヴァは「ああ、エミー。辛かったな、私の言葉でアネットもついに己の罪を理解したはずだ」と見当違いの慰めを口にし、ドヤ顔を浮かべている。
(あぁ……エミー様、お可哀想に……せっかく住み分けていたベースメイクとアイラインが、ついに国交正常化を果たしておりますわ……)
得意げに自分を糾弾しようと熱弁を振るうシルヴァの顔には嫌な汗が浮かび、鼻の穴は興奮で膨らみ、あんなに愛していた妖精のような儚さが微塵も感じられなくなっていることだけが、確かな事実としてアネットの美意識を打ち砕いた。
(シルヴァ様……必死に弁明して汗をかくお顔、全く儚くありませんわ。完全に冷めました)
もはや未練はない。
アネットは冷徹な眼差しで、かつて容姿を愛した男を見下ろした。
「婚約破棄の件、確かに了承いたしました。事務手続きは後日、我が家の専門家を通じて行いましょう」
「アネット! 己の罪を認めるのだな!」
「罪、ですか? 愛する方の容姿の欠点を広間で大声で並べ立てるその野蛮な振る舞いこそ、まさに貴方の仰る事実陳列罪に該当するのではないかしら。お二人の末永いお幸せを祈っておりますわ」
「――ど、どういう意味だッ!? 欠点などではない! 愛すべき長所だろう!?」
「まぁ……その腕の中で涙を流しておられるエミー様が見えておりませんの? 救いようのないお方……頑張ってくださいね、エミー様……」
あっさりと全てを切り捨て、完璧な正論でトドメを刺したアネットに、シルヴァもエミーも、そして観衆の貴族たちも言葉を失い呆然と立ち尽くす。
その圧倒的な沈黙の中、アネットはふと頭上を見上げた。
豪奢なシャンデリアの光が、彼女の完璧な美貌を劇的に照らし出している。
(ええ、わかります。謂れのない罪で婚約破棄されたというのに、全ての視線とシャンデリアの光を一身に浴びて佇む私の姿……あまりにも絵になりすぎていますからね……)
誰の顔も一切見ず、アネットは自らの美しさに感動しながら、背後に見えないキラキラとしたエフェクトを背負うような勢いで、颯爽とレッドカーペットを歩き出す。
(ああ、それにしても……)
会場の出口へと向かう歩みを進めながら、アネットは内心で深いため息をついた。
(不思議ですわね。つい先程まであれほど美しく見えていたのに、汗と膨らんだ鼻孔を見た途端、ただの有象無象にしか見えなくなりました)
目の前で価値を失ってしまったかつての美に心底がっかりしながら、アネットは夜会の扉へと手を伸ばしかけた。
——その時だった。
ふと、視界の端に、息を呑むほどに完璧な美がちらついた。
(……まぁ!)
アネットは足を止め、弾かれたようにその美の源泉へと視線を向ける。
豪奢な装飾が施された、壁一面の大きな窓ガラス。
夜の闇を背景に鏡のように反射するそのガラス面には、シャンデリアの光を完璧な角度で受け止め、神々しいまでのオーラを放つ絶世の美女の姿がくっきりと映し出されていた。
黄金の糸を紡いだかのような艶やかな髪。
透き通るような白磁の肌。
そして、影を落とすほどに長く、密度の高い完璧なまつ毛。
(まぁ……! こんなにも近くに、最高の美があったじゃないの!)
アネットはうっとりと、窓ガラスに映る自分自身の姿を見つめた。
シルヴァの顔面を失った喪失感など、もう欠片も残っていない。なぜなら、今彼女の目の前にある美しさは、先ほどまで執着していたあの男の顔面など比較にならないほど、圧倒的で、完璧で、至高だったからだ。
「ええ、やはり、私が一番美しいですわ」
ガラス越しの自分に向かって、アネットは陶酔しきった笑みを浮かべる。
他者の儚さなどもう必要ない。この世界で最も愛すべき、最も鑑賞に値する美は、自分自身なのだという真理に辿り着いた瞬間だった。
絶世の美女は、窓ガラスに映る己の美貌にすっかりご機嫌になり、軽やかな足取りで華麗に夜会の扉をくぐり抜けていった――。




