第三話 ごぼう夢見、きんぴらの雨
八十九歳の源吉は、台所で妻のお松と口げんかをしていた。
「ほんま、あんたは昔からそうや。肝心なところで、よう何も言わん」
その一言が、胸の奥の古い火種に落ちた。
源吉は、かっとなった。
何十年も、言い返せなかった。
何十年も、かなわなかった。
若いころから、お松はよう喋り、よう働き、よう見ていた。
源吉はそのたび、何か言おうとしては飲み込み、飲み込んでは黙ってきた。
その黙りが、今日は喉の奥で熱くつかえた。
「うるさい!」
源吉は流しの脇にあったごぼうを二本、ひったくった。
そのまま、お松をしばきまわしてやろうと思った。
包丁ではない。
そこまでの覚悟も度胸もない。
けれど、ごぼうならちょうどよかった。
長くて、振りやすくて、腹の立ちように、妙にしっくりきた。
源吉はごぼうを振り上げた。
その瞬間だった。
背筋が、すっと伸びた。
手の中のごぼうが、ただのごぼうではなくなった。
ああ――相棒や。
台所の薄暗さが消え、秋空の広場がひらけた。
村の収穫祭。
野菜品評会。
幼い日の源吉が、「ごぼうの部」優秀賞の札を胸につけ、晴れがましく立っている。
向こうには、まだ少女だったお松がいた。
頬を赤くして、にこにこ拍手している。
「源ちゃん、すごいなあ」
その笑顔を見たとたん、源吉の胸はいっぱいになった。
そうや。
おれには、これがあった。
おれには、ごぼうがあった。
「いくぞ、相棒」
源吉はごぼうをびゅんびゅん振り回した。
本人の中では、収穫祭の優勝旗だった。
瞳はきらきらし、胸は少年のように高鳴っていた。
だが、お松の目には、ただ、ごぼうを振り回している老いさらばえた老人が映っているだけだった。
お松は一歩も引かず、呆れたように言った。
「それ、晩ごはんのごぼうやで。きんぴら作るでー」
その瞬間、源吉の頭の上から、きんぴらがどしゃぶりのように降ってきた。
甘辛い匂いの雨だった。
表彰台は崩れ、拍手は消え、優勝旗はしおしおと垂れた。
気がつくと、源吉は台所に立っていた。
ごぼうを持ったまま、ぽかんと口を開けている。
お松は、まな板の上のにんじんを一本つかむと、
「ほら」と、その口に突っ込んだ。
源吉は、もごもごとにんじんを噛んだ。
ごぼうも、にんじんも、結局はきんぴらになる。
人生も、たぶんそういうことだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
腹が立っていたはずなのに、気がつけば昔の誇らしさや、若い日の気持ちにすり替わっている。
人は年を重ねても、心のどこかに、昔の自分を抱えたまま生きているのかもしれません。
源吉にとってのごぼうは、ただの野菜ではなく、少しだけ自分を支えていた誇りの名残だったのだと思います。
けれど現実は、やはりきんぴらになる。
その可笑しさと、少しの寂しさを書いてみました。
夫婦げんかも、人生も、案外そんなものかもしれません。
このお話をもとにした短い動画もあります。
ご興味があれば、ご覧ください。
https://www.youtube.com/shorts/bVkLLXM9mzw




