第66話 空白
朝が、来た。
エルマが死んだ。
ガイウスが、いなくなった。
それだけが——残っていた。
——
目が覚めた。
天井を、見ていた。
動けなかった。
動く理由が——見つからなかった。
(……エルマさん)
昨夜のことが、頭の中で繰り返す。
廊下。
月の光。
冷たくなっていく手。
(……行ってきます、と言ったのに)
(帰ってきます、と言ったのに)
——
扉が、ノックされた。
「……セリスさん」
メイラの声だった。
「朝食を——持ってきました」
「……いらない」
「少しだけでも」
「……いらない」
沈黙。
メイラが、扉を開ける。
盆を持っていた。
パンと、スープ。
「……置いておきます」
「うん」
メイラが、盆を置く。
去ろうとして——止まる。
「……セリスさん」
「なに」
「泣いていいんですよ」
セリスが——止まる。
「……泣いてない」
「泣いていないから、言いました」
メイラが、扉を閉める。
足音が、遠ざかる。
——
一人になる。
スープが——湯気を立てている。
(ノイエ)
宝石が、ゆっくりと動く。
(……食べてください)
(あなたが言うの?)
(……体が、資本です)
(珍しいこと言うのね)
(……合理的な判断です)
セリスが——起き上がる。
スープを、一口飲む。
温かかった。
(……エルマさんが作ったわけじゃないのに)
(なんで——こんなに)
喉が、詰まる。
飲み込む。
もう一口。
また一口。
(……食べられた)
それだけで——少し、疲れた。
——
窓の外を見る。
空が、青かった。
(……ガイウス)
(「追うな」と書いてあった)
(追えない)
(どこへ行ったかも——分からない)
(「いなくなるつもりはない」と言ったのに)
言葉が——頭の中で、空回りする。
(……怒っていいのかな)
(怒る相手も——いない)
宝石が、静かに光る。
(……怒っていいと思います)
(誰に?)
(……誰でも)
(誰でも、か)
セリスが、窓の外を見る。
空が——まだ、青かった。
朝が来た。
エルマが死んだ朝も。
ガイウスがいなくなった朝も。
空は——変わらず、青かった。
(……それでも)
朝は来る。
それだけが——今は、十分だった。
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




