依頼
三日後
白い花が——エルマの棺に、飾られていた。
シンプルだった。
エルマらしかった。
メイラが——手を合わせていた。
ライラが——静かに、立っていた。
セリスは——棺の前に、立っていた。
(……エルマさん)
言葉が——出なかった。
昨夜、全部——出し尽くしたから。
今は——ただ、立っていた。
公爵が——棺の傍に立っていた。
何も言わない。
ただ——エルマを、見ていた。
その目が——いつもと違った。
深く。
静かに。
(……この人も)
(失ったのだ)
朝の光が——窓から、差し込んでいた。
——
葬儀が——終わった。
「……少し、よろしいか」
公爵が言う。
「……はい」
二人で——書斎に入る。
扉が、閉まる。
「……座れ」
「……はい」
セリスが——椅子に座る。
公爵が——向かいに座る。
しばらく、沈黙。
「……辛かっただろう」
「……はい」
「……エルマは」
公爵が言う。
「昔から——ああいう人間だった」
「……はい」
「自分より——他の者を先に考える」
「……はい」
「だから——止められなかった」
公爵の声が——かすかに、揺れた。
一瞬だけ。
すぐに——元に戻る。
「……公爵も」
セリスが言う。
「……辛いですね」
「……うむ」
それだけ言った。
短く。
でも——本物だった。
——
しばらく、沈黙。
「……一つ、頼みたいことがある」
公爵が言う。
「……はい」
「帝都に——行ってほしい」
セリスが——少し、止まる。
「……帝都に」
「そうだ」
「……目的は?」
「一人の人物に——接触してほしい」
「……誰ですか」
公爵が——セリスを見る。
「皇太子——ヴァルター・フォン・グランツハイムだ」
セリスが——止まる。
「……皇太子に?」
「ヴァルターは——改革派だ」
「……知っています」
「帝国を変えようとしている」
「……でも、なぜ私が」
公爵が——窓の外を見る。
「……エルデン王国の王女が、接触することに——意味がある」
「……どういう意味ですか」
「滅ぼされた国の王女が——帝国の皇太子に会いに来た」
「……それだけで」
「それだけで——ヴァルターには、伝わる」
公爵が言う。
「帝国に——怒りを持つ者がいる、と」
「変わらなければならない、と」
セリスが——公爵を見る。
(……この人は)
(何を——考えているのだろう)
(皇太子と私を——繋げようとしている)
(なぜ)
(エルマさんが死んだ翌日に——この話を)
「……帝都では——偽名を使え」
公爵が言う。
「セリス・アルヴェリアとして動くな」
「……承知しました」
「ヴェスターフェルト家の係累として——動け」
「……はい」
「帝都には——リヒターがいる」
公爵が言う。
「ヴェスターフェルト家の者として訪ねれば——門前払いにはならない」
「……偽名は——決めてある」
「……何ですか」
「セラ・エーレンベルクだ」
「……エーレンベルク?」
「公爵領内の地方貴族だ。ヴェスターフェルト家の係累と分かる名でもある」
「……なるほど」
「昨年——北エーレンベルク家が断絶した」
「……」
「その最後の当主の名が——セラだった」
「……実在した人物の名前を」
「帝都の人間には分からない。公爵領内の話だからだ」
「……よく考えられていますね」
公爵が——何も言わない。
(……いつから)
(いつから——準備していたのだろう)
(この人は——いつ、この名前を用意したのか)
(エルマさんが死ぬ前から——だったのか)
(それとも——もっと前から)
腑に落ちない感覚が——また、よぎる。
でも——今は、聞けなかった。
「……急ぎますか」
「急がない」
公爵が言う。
「ただ——エルマが死んだ今、この屋敷に長くいるのは危険だ」
「……分かりました」
「断ってもいい」
「……いいえ」
セリスが言う。
「行きます」
「……なぜ」
「エルマさんが言いました」
「守るために——戦いなさいと」
「……そうか」
公爵が——少し、間を置く。
「……一つだけ、聞いていいですか」
「何だ」
セリスが——公爵を見る。
まっすぐ。
「……先日の暗殺者は」
「……」
「本当に——私を狙っていたのですか」
公爵が——少し、止まる。
「……調べる」
「それだけですか」
「今は——それだけだ」
セリスが——公爵を見る。
その目が——何かを知っている目だった。
でも——言わない。
(……やはり)
(この人は——全部を話さない)
「……分かりました」
「行ってこい」
「……はい」
「……無事に、戻れ」
かすかに。
ただ——かすかに言った。
セリスが——立ち上がる。
扉に向かう。
「……公爵」
振り返る。
「……エルマさんのこと」
「……うむ」
「私は——娘でいていいですか」
公爵が——少し、止まる。
「……うむ」
「……ありがとうございます」
扉を、開ける。
閉める。
廊下に——一人で、立った。
(……帝都)
(ヴァルター殿下)
(改革派の皇太子)
(エルマさんの——兄の息子)
(ヴェスターフェルト家と——繋がりのある人物)
(偽名は——セラ・エーレンベルク)
(……いつから、用意されていた名前なのか)
まだ——知らないことが、たくさんある。
でも。
(……行くしかない)
(守るために——戦うと)
(約束したから)
廊下に——朝の光が、差し込んでいた。
静かだった。
でも——前より少し。
進む方向が、見えた気がした。
次は何をしますか?




