腑に落ちない
朝食の後。
「……少し、よろしいですか」
廊下で——公爵に声をかけた。
公爵が、立ち止まる。
振り返る。
「何だ」
「……一つだけ、聞いてもよろしいですか」
「言え」
セリスが——公爵を見る。
「……なぜ、こんなに早く」
「何が」
「養子の話を——こんなに早く、進めようとしたのですか」
公爵が——少し、間を置く。
「……エルマから聞いたか」
「はい」
「あなたが来てすぐに——言い出したと」
「……そうだ」
公爵が、窓の外を見る。
「理由を——聞かせていただけますか」
「二つある」
静かに言う。
「一つは——血筋だ」
「……血筋」
「他国とはいえ——王家の血筋が、この家には必要だった」
「公にはできない。だが——家の中の話であれば、それで十分だ」
セリスが——少し、考える。
「……もう一つは?」
公爵が——窓の外を見たまま。
「エルマの喜ぶ顔が——見たかった」
静かに。
ただ、それだけ言った。
「……」
「あれが——ああいう顔をするのを」
「久しぶりに、見た」
「……エルマさんが、あなたに会ってから変わったと」
「そうだ」
公爵が——少し、間を置く。
「それだけだ」
「……そうですか」
「他に聞くことはあるか」
「……いいえ」
「では」
公爵が——歩いていく。
その背中を——セリスは見ていた。
(……嘘をついていない)
(そう——見える)
(でも)
(……腑に落ちない)
言葉は——本当のことを言っている。
目も——嘘をついていなかった。
なのに。
(……何かが)
(何かが——足りない気がする)
(この人は)
(全部を——話していない気がする)
でも。
何が足りないのかが——分からない。
(……エルマさんの喜ぶ顔が見たかった)
それは——本物だった。
目を見れば——分かる。
(……なのに)
セリスは——廊下に、一人で立っていた。
朝の光が、差し込んでいた。
——
昼過ぎ。
庭に出ていると——ガイウスが来た。
「……セリス」
「どうしたの」
「少し——話がある」
ガイウスの顔が——いつもと、違った。
硬い。
「……何?」
「昨日から——屋敷の外に」
「外に?」
「人がいる」
セリスが——止まる。
「……どんな人が」
「一人だ。昨日の朝から——ずっと、同じ場所にいる」
「……偶然では?」
「違う」
ガイウスが言う。
「帝国の密偵の動き方だ」
「……あなたが知っているの?」
「……昔、同じことをしたことがある」
短く、言った。
セリスが——ガイウスを見る。
その目が——少し、暗かった。
「……そうか」
「……外に目がある。気をつけろ」
「……屋敷の中は?」
「外の密偵とは——別の動きがある可能性がある」
ガイウスが言う。
「外を見張るだけなら——わざわざ密偵を置く必要はない」
「……中にも入ってくるかもしれない、ということ?」
「……あくまで可能性だ」
「でも——気をつけた方がいい」
「……分かった」
「公爵には?」
「伝えて」
「……いいのか」
「この屋敷のことだから」
セリスが言う。
「エルマさんも——いる」
ガイウスが——少し、頷く。
「……分かった」
「ガイウス」
「何だ」
「……一つ、伝えておきたいことがある」
「何だ」
「……私、この家の養子になった」
ガイウスが——止まる。
「……何?」
「エルマさんに——頼まれて。昨日、返事をした」
「……」
「エルデン王国の王女が——帝国公爵家の養子に?」
「……おかしいと思う?」
ガイウスが——少し、間を置く。
「……計算外だ」
「計算が狂ったの?」
「……まあ、そうなる」
「反対する?」
「……反対はしない」
ガイウスが、前を向く。
「お前の決めたことだ」
「……ありがとう」
「礼はいらない」
「言いたいから言う」
ガイウスが——少し、止まる。
「……好きにしろ」
それだけ言って——歩いていった。
——
夕方。
エルマと——お茶を飲んだ。
「……何か、あった?」
エルマが言う。
「……そんな顔してますか」
「してる。目を見れば分かる」
セリスが——少し、笑う。
「……少し、気になることがあって」
「話せる?」
「……屋敷の外に、人がいるみたいで」
エルマが——お茶のカップを、そっと置く。
「……そう」
「ガイウスが気づいて——公爵にも伝えました」
「分かったわ」
エルマが、静かに言う。
動じていない。
「……心配ではないですか」
「心配よ」
「でも——慌てても仕方ない」
エルマが、お茶を一口飲む。
「……ここにいる間は」
「はい」
「安心していいのよ」
セリスが——エルマを見る。
その目が——本物だった。
「……はい」
「ちゃんと——守るから」
「……はい」
(……守る)
(エルマさんが——そう言った)
(でも)
(この人を——私も、守りたい)
お茶が——静かに、冷めていく。
夕暮れの光が——窓から差し込んでいた。
(……外に目がある)
(中にも——入ってくるかもしれない)
ガイウスの言葉が——頭に残っていた。
窓の外に——夕焼けが、広がっていた。
静かだった。
ただ——静かだった。
でも。
その静けさが——少し。
怖かった。




