返事
朝。
目が覚めた。
よく眠れた。
昨夜より——頭が、軽かった。
(……あっていい)
ノイエの言葉が——まだ、残っていた。
(帰る場所が——あっていい)
——
着替える。
廊下に出る。
エルマの部屋に——向かう。
扉の前で——少し、止まる。
(……言えるだろうか)
(言いたいことが——ちゃんと、言えるだろうか)
分からない。
でも——来てしまった。
来るしか、なかった。
扉を、叩く。
「……どうぞ」
エルマの声がした。
開ける。
エルマが——窓際で、お茶を飲んでいた。
「……セリスさん」
少し、驚いた顔をする。
「……おはようございます」
「おはよう」
「……お時間、よろしいですか」
「ええ」
エルマが、椅子を示す。
「座って」
セリスが——座る。
エルマが、お茶を注ぐ。
「はい」
「……ありがとうございます」
お茶を、受け取る。
温かかった。
——
しばらく。
沈黙。
エルマは——何も聞かない。
ただ、お茶を飲んでいる。
(……この人は)
(いつも、待っていてくれる)
(急かさない)
(こちらが話すまで——ずっと、待っている)
「……エルマさん」
「はい」
「答えが——出ました」
エルマが——お茶のカップを、そっと置く。
「……聞かせてくれる?」
「はい」
セリスが——エルマを見る。
まっすぐ。
「……娘に、してください」
沈黙。
エルマが——止まる。
「……本当に?」
「はい」
「……考えてくれたのね」
「……ずっと、考えていました」
「そう」
エルマが、窓の外を見る。
少し——目が、潤んでいる。
「……怖くなくなったの?」
「なくなっては——いません」
セリスが言う。
「まだ——怖いです」
「……そう」
「でも」
「でも?」
「……怖いままで、いいと思いました」
エルマが——セリスを見る。
「怖いままで、いい?」
「はい」
「……失うのが怖い。でも——だから近づかないというのは」
「……違う、と思いました」
「誰かに——言われたの?」
セリスが——少し、間を置く。
「……はい」
「誰に?」
「……信頼している人に」
エルマが——少し、笑う。
「……いい人ね」
「はい」
「……その人に、感謝しなければ」
「……そうですね」
二人が——少し、笑う。
「……セリスさん」
エルマが言う。
「はい」
「ありがとう」
「……私の方こそ」
「受け入れてくれて——ありがとう」
エルマが——立ち上がる。
セリスの前に来る。
そして——抱きしめた。
「……っ」
「娘よ」
エルマが言う。
「これから——娘よ」
「……はい」
「どこへ行っても——ここに帰ってきなさい」
「……はい」
「必ず——帰ってくるのよ」
「……はい」
声が——震えた。
泣いていた。
エルマも——泣いていた。
二人で——しばらく、そうしていた。
窓の外に——朝の光が、差し込んでいた。
——
その日の昼。
廊下を歩いていると——公爵に、行き会った。
「……おはようございます」
「うむ」
公爵が、通り過ぎようとする。
「……あの」
セリスが——声をかける。
公爵が、立ち止まる。
振り返らない。
「……よろしく、お願いします」
「……うむ」
それだけ言った。
振り返らないまま——歩いていった。
でも。
その背中が——少し。
ほんのわずかに。
緩んだ気がした。
(……満足そうな顔)
エルマの言葉が——頭をよぎった。
(思った通りに物事が進むと——ああいう顔をするから)
セリスは——思わず、少し笑った。
廊下に——朝の光が、差し込んでいた。




