表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第三章「崩れていくもの」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/70

養子

朝食を終えた後。

 

「お茶にしましょう」

 

エルマが言う。

 

「……はい」

 

窓際の部屋。

 

日当たりがいい。

 

「……公爵との話は、どうでしたか」

 

エルマが、お茶を注ぎながら聞く。

 

「……色々と、教えていただきました」

 

「そう」

 

「……不思議な方ですね。やはり」

 

「そうでしょう」

 

エルマが、少し笑う。

 

「怖かった?」

 

「……怖くはなかったです。でも」

 

「でも?」

 

「……何を考えているのか、まだ分からなくて」

 

「それは——私も、最初はそうだったから」

 

「今は?」

 

「今は——少し、分かる」

 

「目で?」

 

「目で」

 

二人が、少し笑う。

 

しばらく、お茶を飲む。

 

——

 

「……セリスさん」

 

エルマが言う。

 

「はい」

 

「一つ——聞いていいですか」

 

「……どうぞ」

 

「この先、どこへ行くつもりですか」

 

セリスが、お茶のカップを見る。

 

「……まだ、決まっていません」

 

「そう」

 

「ただ——やらなければならないことがある」

 

「帝国と戦うこと?」

 

「……そうです」

 

エルマが、窓の外を見る。

 

しばらく。

 

「……一つだけ、お願いがある」

 

「……何ですか」

 

エルマが、セリスを見る。

 

まっすぐ。

 

「……私の娘に、なってくれませんか」

 

静寂。

 

セリスが——止まる。

 

カップが、止まる。

 

時間が——止まった気がした。

 

「……え?」

 

「養子として——この家の娘に」

 

「……それは」

 

「断ってくれていい」

 

エルマが言う。

 

「でも——聞いてほしかった」

 

「……なぜですか」

 

「あなたが——娘に似ているから」

 

「……」

 

「最初に会った時から、そう思っていた」

 

セリスが、エルマを見る。

 

その目が——本物だった。

 

「……できません」

 

セリスが言う。

 

「なぜ?」

 

「私には——やらなければならないことがある」

 

「それは分かっている」

 

「……じゃあ」

 

「養子になることと——やることは、別でしょう」

 

セリスが、少し固まる。

 

「……でも」

 

「でも?」

 

「……私は、エルデン王国の王女です」

 

「知っている」

 

「……エルデン王国の王女が、帝国公爵家の養子になるなんて——」

 

「おかしいと思う?」

 

「……おかしい、とは言いませんが」

 

「じゃあ、何が嫌なの」

 

セリスが、言葉に詰まる。

 

(……何が、嫌なのだろう)

 

(嫌、という感情じゃない)

 

(怖い)

 

(また——誰かを、失うのが)

 

「……怖いんです」

 

気づいたら、声に出ていた。

 

エルマが「何が?」と聞く。

 

「……また、失うのが」

 

「……そう」

 

「エルマさんのことが——好きです」

 

「……うん」

 

「だから——」

 

「だから、近づきたくない?」

 

セリスが、黙る。

 

「……逆ね」

 

エルマが言う。

 

「え?」

 

「好きだから——近づきたくない」

 

「……はい」

 

「好きだから——失いたくない」

 

「……はい」

 

エルマが、お茶を一口飲む。

 

「……そうね」

 

「私も——同じよ」

 

「え?」

 

「あなたのことが——好きだから」

 

エルマが、セリスを見る。

 

「失いたくない」

 

「……」

 

「でも——手放したくないとも、思っている」

 

「どういう意味ですか」

 

「あなたには——やることがある」

 

「……はい」

 

「行かなければならない場所がある」

 

「……はい」

 

「それを——止めたくない」

 

エルマが、窓の外を見る。

 

「娘に、なってほしいのは——」

 

「帰ってくる場所を、作りたいから」

 

セリスが、止まる。

 

「……帰ってくる場所」

 

「ええ」

 

「どこへ行っても——ここに帰ってこられる場所」

 

「……」

 

「それだけよ」

 

「縛りたいわけじゃない」

 

「手放したくないわけでも——ない」

 

「ただ——」

 

エルマが、セリスを見る。

 

「あなたに、帰る場所があってほしい」

 

静寂。

 

セリスが——エルマを見る。

 

(……帰る場所)

 

(今の私に)

 

(そんなものが——あっていいのか)

 

「……一つだけ、聞いていいですか」

 

セリスが言う。

 

「なぜ——私なのですか」

 

「娘に似ているから、と言ったでしょう」

 

「……それだけですか」

 

エルマが、少し間を置く。

 

「……正直に話すわ」

 

「はい」

 

「あなたがここに来てすぐ——主人に言われたの」

 

セリスが、少し止まる。

 

「『あの娘を養子にすることを考えてみろ』と」

 

「……公爵が?」

 

「ええ」

 

「……なぜ、そんなことを」

 

エルマが、少し苦く笑う。

 

「主人はね——時々、突拍子もないことを言い出すの」

 

「……突拍子もない?」

 

「今の皇帝陛下を擁立した時もそう」

 

エルマが、カップをそっと置く。

 

「長兄がいるにもかかわらず——次兄である今の陛下を、主人だけが最初から推していた」

 

「……それが、うまくいったんですか」

 

「うまくいったどころか——あれがなければ、今の帝国はなかったかもしれない」

 

「……長兄の方は、どうなったんですか」

 

エルマが、少し間を置く。

 

「……結果的に、跡を継がなかった」

 

「どうして、とは聞かなかったんですか」

 

「聞いたことがある」

 

エルマが、窓の外を見る。

 

「主人は——ただ一言、『そういうものだ』と言っただけだった」

 

静寂。

 

「……あの人の目は、まるで先が見えているみたいなの」

 

エルマが、静かに言う。

 

「神様みたい、と思うことが——たまにある」

 

「……」

 

「だから最初は——主人の都合のために言っているのかと思った」

 

「……今は?」

 

「今は——違う」

 

エルマが、セリスを見る。

 

「あなたに会って——主人の話とは、別のところで」

 

「あなたのことが好きになっていた」

 

「……」

 

「今は——主人のためじゃない」

 

「あなたのために、言っている」

 

「それだけは——信じてほしい」

 

セリスが、エルマを見る。

 

嘘をついていない。

 

全部——本当のことを言っている。

 

「……公爵は、このことを」

 

「知っている。むしろ喜んでいたわ」

 

エルマが、少し苦く笑う。

 

「あの人は——思った通りに物事が進むと、ああいう顔をするから」

 

「……ああいう顔?」

 

「何も言わないけれど——満足そうな顔」

 

セリスが、思わず少し笑う。

 

「……なんとなく、分かります」

 

「でしょう」

 

エルマも笑う。

 

しばらく、沈黙。

 

「……考えさせてください」

 

セリスが、やっと言う。

 

「ええ」

 

「急がなくていいわよ」

 

エルマが、菓子をセリスの皿に乗せる。

 

「……食べなさい」

 

「……はい」

 

セリスが、菓子を食べる。

 

「……美味しい」

 

「でしょう」

 

エルマが、満足そうに頷く。

 

お茶が、静かに冷めていく。

 

窓の外に——秋の空が広がっていた。

 

(……帰る場所)

 

(帰ってこられる場所)

 

(そういうものが——あってもいいのだろうか)

 

答えは、まだ出なかった。

 

でも——

 

菓子が、美味しかった。

 

それだけは、確かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【開始12時間で100PV突破の注目の新作!】意志を持つ禁忌の魔剣は、彼女を守る剣か、それとも彼女を喰らう器か? 復讐に燃える王女が世界の真実を斬り拓く、本格ダーク戦記。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ