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魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第三章「崩れていくもの」

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星の夜

晩餐会が、深まっていた。

 

食後の菓子が並ぶ。

 

燭台の光が、揺れる。

 

「……公爵は、来ないんですか?」

 

セリスが、エルマに小声で聞く。

 

「後で来るわ。少し用があって」

 

「……そうですか」

 

「怖い?」

 

「……怖くはないですが」

 

「何?」

 

「……何を考えているのか、分からないので」

 

エルマが「そうね」と言う。

 

「でも——来てよかったと、思ってくれているわよ」

 

「……どうして分かるんですか」

 

「目で分かる、と言ったでしょう」

 

セリスが「……そうでしたね」と言う。

 

——

 

少し離れた席で。

 

メイラとライラが話している。

 

「……ライラさんって、どこで料理を覚えたんですか?」

 

「覚えていない。食べる専門よ」

 

「あ、私もです」

 

「似た者同士ね」

 

「でも——セリスさんより食べますよね、私」

 

「それは褒めているの?」

 

「褒めています」

 

ライラが「変な子ね」と言う。

 

口の端が、上がっていた。

 

——

 

ガイウスが、ワインを一口飲む。

 

「……美味しいな」

 

思わず、声に出た。

 

「珍しいこと言うわね」

 

セリスが隣から言う。

 

「……聞こえていたか」

 

「聞こえてた」

 

「……忘れろ」

 

「忘れない」

 

ガイウスが「うるさい」と言う。

 

だが——また、ワインを一口飲む。

 

その顔が。

 

いつもより——ほんの少し、緩んでいた。

 

——

 

食後。

 

サロンに移る。

 

暖炉の前。

 

椅子が並んでいる。

 

エルマが、お茶を配る。

 

「……くつろいでください」

 

「……こういう場所は、久しぶりです」

 

メイラが言う。

 

「そうね。せめて今夜だけは——ゆっくりして」

 

「……はい」

 

メイラが、暖炉の火を見る。

 

「……リオさんに、見せたかったな」

 

小声で。

 

誰にも聞こえないように。

 

でも——

 

セリスには、聞こえた。

 

「……うん」

 

静かに言う。

 

メイラが、少し目を丸くする。

 

「……聞こえてましたか」

 

「うん」

 

「……すみません」

 

「謝らなくていい」

 

セリスが、暖炉を見る。

 

「……私も、そう思ってるから」

 

二人が、しばらく黙る。

 

暖炉の火が、揺れていた。

 

——

 

扉が、開いた。

 

公爵が、入ってくる。

 

黒い長髪。

 

顎髭。

 

低い声。

 

「……遅くなった」

 

エルマが「来たわ」と言う。

 

穏やかな声だった。

 

公爵が、全員を見る。

 

一人ずつ。

 

最後に——セリスを見る。

 

「……話がある」

 

「今夜ですか?」

 

「今夜でなくていい。明日の朝でも」

 

「……では、明日に」

 

「ああ」

 

公爵が、椅子に座る。

 

エルマが、公爵のそばに寄る。

 

お茶を渡す。

 

公爵が受け取る。

 

その手が——一瞬、エルマの手に触れた。

 

ほんの一瞬。

 

だが——公爵の目が。

 

わずかに、柔らかくなった気がした。

 

(……目は、嘘をつかない)

 

エルマが言っていた。

 

(……本当ね)

 

セリスが思う。

 

——

 

「ガイウスとやら」

 

公爵が、唐突に言う。

 

「……なんだ」

 

ガイウスが、警戒する。

 

「士官学校は、何期だ」

 

「……なぜ聞く」

 

「見当がついたから、確認した」

 

「……十四期だ」

 

公爵が「そうか」と言う。

 

「……知っているのか」

 

「クラッセンの部下だったな」

 

ガイウスの空気が——変わる。

 

「……それを、なぜ知っている」

 

「色々と知っている」

 

「……」

 

「お前の件は——不当だったと思っている」

 

ガイウスが、黙る。

 

長い沈黙。

 

「……それだけか」

 

「それだけだ」

 

公爵が、お茶を飲む。

 

ガイウスが——視線を暖炉に戻す。

 

その拳が——わずかに、握られていた。

 

(……公爵は)

 

セリスが見ていた。

 

(何を知っているのだろう)

 

(何を——考えているのだろう)

 

「セリス・アルヴェリア」

 

公爵が言う。

 

「……はい」

 

「今夜は——ゆっくり休め」

 

「……はい」

 

「明日、話す」

 

「……分かりました」

 

公爵が、立ち上がる。

 

「エルマ」

 

「何?」

 

「今夜は——ありがとう」

 

エルマが、少し目を丸くする。

 

珍しかったのかもしれない。

 

「……どういたしまして」

 

エルマが言う。

 

その声が——温かかった。

 

公爵が、部屋を出る。

 

扉が、静かに閉まる。

 

「……不思議な方ですね」

 

メイラが小声で言う。

 

「そうね」

 

ライラが答える。

 

「でも——悪い人じゃないと思う」

 

「……根拠は?」

 

「エルマさんが、ああいう顔をするから」

 

メイラが「ああいう顔、とは?」と聞く。

 

「……安心した顔」

 

ライラが言う。

 

「あの人が来た時——エルマさんの肩が、少し下がった」

 

「……気づいてたんですか」

 

「気づく性分だから」

 

メイラが「さすがですね」と言う。

 

ライラが「うるさい」と言う。

 

だが——悪い顔ではなかった。

 

——

 

夜が、深まる。

 

一人、また一人と部屋に戻っていく。

 

最後に残ったのは——セリスとエルマだった。

 

暖炉の前。

 

二人で、火を見る。

 

「……楽しかった?」

 

エルマが聞く。

 

「……ええ」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

「……よかった」

 

エルマが、お茶を一口飲む。

 

「セリスさん」

 

「はい」

 

「明日、主人と話す前に——一つだけ、覚えていてほしいことがある」

 

「……何ですか」

 

エルマが、セリスを見る。

 

「あの人は——言葉が少ない」

 

「……はい」

 

「でも——嘘はつかない」

 

「……そうですか」

 

「そうよ。私が保証する」

 

セリスが、エルマを見る。

 

「……エルマさんは、公爵のことを信じているんですね」

 

「信じてる」

 

「……ずっと?」

 

「ずっと」

 

「……怖くなかったですか。あんなに何を考えているか分からない人を」

 

エルマが、少し笑う。

 

「怖かったわよ。最初は」

 

「でも——」

 

「でも、目を見たら——分かった」

 

「何が?」

 

「……この人は、嘘をつかないって」

 

セリスが、暖炉を見る。

 

火が、揺れている。

 

「……参考にします」

 

「そうして」

 

エルマが立ち上がる。

 

「もう遅いわ。休みなさい」

 

「……はい」

 

「今夜は——よく眠れるわよ、きっと」

 

「……どうして分かるんですか」

 

「あなたの顔が——さっきより、柔らかいから」

 

セリスが、少し止まる。

 

「……そうですか」

 

「そうよ」

 

エルマが、セリスの頭に——そっと手を置く。

 

一瞬だけ。

 

「……おやすみなさい」

 

「おやすみなさい」

 

扉が、静かに閉まった。

 

——

 

部屋に戻る。

 

ベッドに座る。

 

(……今夜は)

 

セリスが思う。

 

(大丈夫だった)

 

(ちゃんと——笑えた)

 

(レナさんが言っていた通り)

 

(笑えるうちは——大丈夫)

 

窓の外に——星が出ていた。

 

風が、静かに吹いていた。

 

明日。

 

公爵と、話す。

 

何を言われるのか——まだ、分からない。

 

でも。

 

(……今夜は、大丈夫だった)

 

それだけで。

 

十分だった。

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