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魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第三章「崩れていくもの」

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晩餐会

夕方。

 

「着替えを手伝うわ」

 

エルマが言う。

 

「……自分で着られます」

 

「そうじゃなくて」

 

エルマが、セリスを見る。

 

「髪を整えてあげたいの」

 

「……昨日も結っていただいたのに」

 

「晩餐会は——昨日より、少し丁寧にしたいから」

 

エルマが、椅子を引く。

 

「座って」

 

セリスが——椅子に座る。

 

鏡の前。

 

エルマが、後ろに立つ。

 

「昨日のドレスは——似合っていたわよ」

 

「……ありがとうございます」

 

「メイドたちも、驚いていたわ」

 

「驚いていたのですか?」

 

「あなたが着ると——ああいうふうになるとは、思っていなかったって」

 

「……どういう意味ですか?」

 

エルマが、少し笑う。

 

「褒め言葉よ」

 

「……そうでしょうか」

 

「そうよ」

 

エルマが、セリスの髪を梳かし始める。

 

ゆっくりと。

 

丁寧に。

 

「今夜は——少し、華やかにしましょう」

 

「……華やかですか」

 

「ええ」

 

「……私には、少し——」

 

「似合わないと思ってる?」

 

「……はい」

 

エルマが——手を止める。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「……こういう場所に——私がいること自体が」

 

「変だと思って?」

 

「……変とは思いませんが」

 

「でも——居心地が悪い?」

 

セリスが、少し間を置く。

 

「……少し」

 

「正直ね」

 

「すみません」

 

「謝らなくていいわよ」

 

エルマが、また梳かし始める。

 

「あなたは——どんな場所にいても」

 

「はい」

 

「あなたのままでいいの」

 

「……そうでしょうか」

 

「そうよ」

 

エルマが、静かに言う。

 

「場所が人を変える必要はないわ」

 

「……エルマさんは、変わったことがありますか?」

 

「ある?」

 

「この屋敷に来て——変わりましたか?」

 

エルマが——少し、考える。

 

「変わった部分もあるわ」

 

「どんなふうに?」

 

「……柔らかくなったかしら」

 

「柔らかく?」

 

「皇家にいた頃は——もっと、張り詰めていたから」

 

エルマが言う。

 

「皇妹というのは——常に、見られているから」

 

「……大変でしたね」

 

「大変だったわよ」

 

「でも——慣れてしまうのよね」

 

「慣れたくない、とは思いませんでしたか?」

 

エルマが——少し、止まる。

 

「……思ったわ」

 

「でも?」

 

「あの人が——柔らかくしてくれたの」

 

「公爵が?」

 

「ええ」

 

エルマが、鏡越しにセリスを見る。

 

「あの人の前では——張り詰めていられないから」

 

「……どうしてですか?」

 

「さあ」

 

エルマが、少し笑う。

 

「あの人が——不思議な人だから、かしら」

 

「不思議な方ですね」

 

「そうでしょう」

 

「……昨日、初めてお会いして」

 

「うん」

 

「何を考えているのか——まったく分かりませんでした」

 

エルマが、声を出して笑う。

 

「みんな、そう言うわよ」

 

「エルマさんも、最初はそうだったのですか?」

 

「ええ」

 

「でも——今は分かるのですか?」

 

「少しは」

 

「どうやって?」

 

エルマが——少し考える。

 

「……目を見るの」

 

「目を?」

 

「言葉は少ないから——目を見る」

 

「目で分かるのですか?」

 

「目は——嘘をつかないから」

 

セリスが、鏡の中のエルマを見る。

 

(……目)

 

(昨日、公爵と話した時)

 

(あの深い色の目が)

 

(一瞬だけ——エルマさんを見た時)

 

(変わった気がした)

 

「……エルマさん」

 

「なに?」

 

「公爵は——エルマさんのことを、大切に思っているのですね」

 

エルマが——手を止める。

 

少し、間があった。

 

「……そうね」

 

静かに言う。

 

「言葉では——言わないけれど」

 

「でも——分かる」

 

「目で?」

 

「目で」

 

エルマが、また梳かし始める。

 

その手が——少し、優しくなった気がした。

 

——

 

「……できあがったわ」

 

エルマが言う。

 

鏡を見る。

 

昨日より——少し、華やかに結われている。

 

「……きれいですね」

 

「でしょう」

 

エルマが、満足そうに頷く。

 

「さあ——ドレスを着て。みんなが待っているわ」

 

「……みんなとは?」

 

「あなたの仲間たちよ」

 

「……仲間が?」

 

「晩餐会に招待したでしょう」

 

「はい」

 

「みんな、来てくれるって」

 

セリスが——少し、止まる。

 

「……ガイウスも?」

 

「ガイウスという方も——渋々、と言っていたけれど」

 

「渋々でも来るのですか」

 

「ええ」

 

エルマが言う。

 

「渋々でも来るというのは——来る、ということよ」

 

セリスが——少し、笑う。

 

「……そうですね」

 

「さあ——急いで」

 

「はい」

 

ドレスを着る。

 

深い金色の。

 

エルマが、最後に——宝石を一つ、セリスの首元につける。

 

「これは——」

 

「娘のものよ」

 

「……よろしいのですか」

 

「よろしいから、つけるの」

 

エルマが、セリスを見る。

 

その目が——温かかった。

 

「……行きましょう」

 

「はい」

 

扉を開ける。

 

廊下に出る。

 

食堂の方から——声が聞こえてくる。

 

メイラの声。

 

ライラの声。

 

そして——

 

「……馬子にも衣装、とはよく言ったものだな」

 

ガイウスの声。

 

セリスが——食堂の入口に立つ。

 

全員が、こちらを見た。

 

沈黙。

 

「……きれいです」

 

メイラが、真顔で言う。

 

「本当に」

 

ライラが、微笑む。

 

「似合っているわ。本当に」

 

「……」

 

ガイウスが、何も言わない。

 

ただ——前を向いたまま。

 

耳が、赤かった。

 

「ガイウス」

 

セリスが言う。

 

「……なんだ」

 

「さっき——何か言った?」

 

「言っていない」

 

「聞こえたわよ」

 

「……聞き間違いだ」

 

「馬子にも衣装、って」

 

「聞き間違いだ」

 

エルマが——口を押さえて、笑う。

 

「……座れ。冷める」

 

ガイウスが言う。

 

その一言で——全員が、席につく。

 

晩餐会が、始まった。

 

——

 

食事が進む。

 

話が弾む。

 

メイラが孤児院の子供たちのことを聞く。

 

ライラが帝都の情報を整理する。

 

エルマが、各自に料理を勧める。

 

「……こういう夜が」

 

セリスは——その光景を、見た。

 

(まだあるのか)

 

(まだ——こういう夜が)

 

「セリスさん」

 

エルマが、小声で言う。

 

「はい」

 

「楽しんでいる?」

 

「……ええ」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

セリスが言う。

 

「……こういう夜が、まだあると思っていなかったので」

 

エルマが——セリスを見る。

 

「あるわよ」

 

「はい」

 

「どんな時でも——こういう夜は、ある」

 

「……ええ」

 

「だから——」

 

エルマが言う。

 

「笑えるうちは、大丈夫」

 

セリスが——エルマを見る。

 

(……その言葉)

 

(レナさんも、言っていた)

 

「……ええ」

 

「大丈夫」

 

食卓に——笑い声が、上がる。

 

メイラが何か言って。

 

ライラが笑って。

 

ガイウスが眉を寄せて。

 

(……大丈夫)

 

セリスは思った。

 

(今夜だけは)

 

(大丈夫だ)

 

——

 

食事が終わって。

 

テラスに出た。

 

セリスとガイウス、二人で。

 

成り行きで。

 

夜風が——吹いている。

 

「……似合っていた」

 

ガイウスが、前を向いたまま言う。

 

「え?」

 

「さっきのドレス」

 

「……馬子にも衣装、と言ったのね」

 

「言っていない」

 

「言ったわよ」

 

「……」

 

「耳が赤かったわよ」

 

「……寒いからだ」

 

「暖かいわよ、今夜」

 

ガイウスが——黙る。

 

セリスが、前を向く。

 

「……ありがとう」

 

「何が」

 

「来てくれて」

 

「渋々だ」

 

「渋々でも——来てくれたから」

 

ガイウスが——少し、止まる。

 

「……エルマ夫人に、断れなかっただけだ」

 

「そう」

 

「ああ」

 

「……そういうことにしておくわ」

 

「そういうことだ」

 

二人で——夜の景色を見た。

 

しばらく。

 

「……セリス」

 

「なに?」

 

「ここを出たら——また、動くことになる」

 

「……ええ」

 

「覚悟はあるか」

 

「……ある」

 

「根拠は」

 

「……勘よ」

 

「勘か」

 

「そう」

 

ガイウスが——少し、黙る。

 

「……それでいい」

 

「え?」

 

「勘で動いてきた。ここまで」

 

「……そうね」

 

「それが——あなたの強さだ」

 

セリスが——ガイウスを見る。

 

その横顔が。

 

いつもより——少し、柔らかかった。

 

「……ガイウス」

 

「なんだ」

 

「あなたも——来てよ」

 

「どこへ」

 

「ここを出た後も」

 

ガイウスが——前を向いたまま。

 

「……計算上、その方が損失が少ない」

 

「嘘つき」

 

「……嘘じゃない」

 

「嘘よ」

 

ガイウスが——黙る。

 

「……ああ」

 

かすかな声で。

 

「嘘だ」

 

その言葉が。

 

夜風に——溶けていった。

 

テラスの窓の向こうから。

 

エルマの笑い声が、聞こえた。

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