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魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第三章「崩れていくもの」

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距離

翌日。


朝食が、終わった後。


エルマが言う。


「今日——暇かしら?」


「……特に予定はありません」


「じゃあ、一緒に来て」


どこへ、とは言わない。


ただ立ち上がって——歩き出す。


セリスが、後をついていく。


——


連れて行かれたのは——屋敷の奥の部屋だった。


日当たりのいい、小さな部屋。


窓際に、椅子が二脚。


小さなテーブル。


「ここ、好きなの」


エルマが言う。


「朝はここでお茶を飲むの。一人で」


「……邪魔ではありませんか?」


「邪魔なら呼ばないわよ」


エルマが、セリスを見る。


「座って」


セリスが、向かいの椅子に座る。


使用人がお茶を持ってくる。


二人で——お茶を飲む。


しばらく、何も言わない。


窓の外。


山の稜線が見える。


空が青い。


「……きれいですね」


セリスが言う。


「そうでしょう」


エルマが、窓を見る。


「最初にここに来た時——この景色を見て、ここに住もうと思ったの」


「それだけで?」


「それだけで」


「……思い切りがよろしいのですね」


「そうかしら」


エルマが、カップを持つ。


「あなたも——思い切りのいい方だと思うけれど」


「私は——追い詰められて動いているだけです」


「それでも——動いているでしょう」


「……そうですね」


「同じことよ」


エルマが言う。


「理由なんて——後からついてくるものだから」


セリスが、エルマを見る。


「……エルマさんは、どうして公爵と結婚されたのですか?」


「あの人と?」


「昨日——廊下で、緊張とは違ったとおっしゃっていたので」


エルマが——少し、笑う。


「聞いてたのね」


「……聞いていました」


「正直ね」


「……あなたが正直な方が好きだと思いましたので」


エルマが、声を出して笑う。


「まあ」


「違いましたか?」


「違わないわ」


エルマが、カップを置く。


窓の外を見る。


「最初に見た時——もうこの人と結婚すると思ったの」


「……一目惚れ、でしょうか」


「そうよ」


「……おかしくはないですか?」


「変かしら」


「変ではないと思います」


セリスが言う。


「……一目惚れとは、どういう感じなのですか?」


「あなたはないの?」


「……ありません」


「そう」


エルマが、少し考える。


「うまく言えないけれど——」


「はい」


「世界が、急に静かになる感じかしら」


「静かに?」


「ええ。周りの音が全部消えて——その人だけが、見えるの」


セリスが、その言葉を聞く。


(……そういうもの、か)


「公爵は——エルマさんに気づいていらしたのですか?」


「最初は全然」


エルマが笑う。


「だから——私から声をかけたの」


「エルマさんから?」


「ええ」


「……押し切られたのですか?」


「押し切ったわ」


「……大胆ですね」


「あの人は——正面から来ないと動かないから」


エルマが言う。


「今でもそう。いつも言葉が足りない」


「……昨日も」


「昨日も」


エルマが、少し苦笑いする。


「でも——」


少し、間があった。


「……言葉が少ない分、言う時は本当のことしか言わないの」


「……だから信用できる、と」


「だから——好きなのよ」


静かに言う。


その言葉が。


どこか——遠くから来た言葉のように聞こえた。


——


しばらく、二人で窓の外を見た。


「……セリスさん」


「はい」


「ご家族は——いらっしゃるの?」


「いません」


「……そう」


「父は——死にました。母は、幼い頃に」


「……そうなの」


「兄弟もいません。一人っ子でしたので」


「……寂しかった?」


セリスが、少し考える。


「……慣れていましたので」


「慣れていた、と寂しくない、は——違うわよ」


「……そうですね」


「正直に言って」


「……寂しかったと思います。今になって、やっと分かります」


エルマが、セリスを見る。


「今になって?」


「……仲間ができてから」


「そう」


エルマが、頷く。


「比べるものができると——やっと分かることがあるのよね」


「……エルマさんは?」


「私は——賑やかな家だったわ」


「ご兄弟が多いのですか?」


「ええ。一番上の兄と——ケルドリック兄様と。私は末っ子で」


「……賑やかだったのですか?」


「賑やかだったわよ」


エルマが、窓を見る。


「一番上の兄は——もういないけれど」


「……亡くなられたのですか?」


「ええ」


エルマが、カップを置く。


「ケルドリック兄様が即位される少し前に——亡くなってしまってね」


「……それで、ケルドリック陛下が即位されたのですか」


「そうなの」


エルマが、カップを置く。


「突然のことで——みんな、驚いたわ」


少し、間があった。


「ケルドリック兄様も——随分、悲しんでいらしたから」


「……エルマさんも」


「ええ」


エルマが、窓の外を見る。


「今でも——時々、思い出すわ」


少し、間があった。


「あの人なら——どんな皇帝になっていたかしら、って」


その言葉が。


静かに——落ちた。


(……長兄が皇帝になっていたら)


セリスは、その言葉の重さを感じた。


(……今の帝国は、違っていたかもしれない)


(ノイエ)


(……何も言えません)


(そう)


ノイエが——黙っている。


その沈黙が。


何より、雄弁だった。


「……エルマさん」


「なに?」


「会いに行けないのですか? ケルドリック陛下に」


エルマが——少し、間を置く。


「……会えるわよ」


「では」


「でも——」


エルマが、カップを持つ。


「最近の兄様は——少し、変わってしまったから」


「変わった?」


「……うまく言えないけれど」


エルマが、窓を見る。


「昔の兄様は——もっと、目が温かかったの」


その言葉が。


(……目)


セリスの胸に——引っかかった。


(ノイエ)


(……記憶しておきます)


(ええ)


「……弟さんのことが、心配なのですね」


「そうね」


エルマが、少し笑う。


「妹というのは——そういうものよ」


「……私には分からないですが」


「いつか分かるわよ」


「……どうやって?」


「誰かを——大切に思えば」


静かに言う。


その言葉が。


どこか——今のセリスには、遠かった。


——


「……エルマさん」


「なに?」


「一つ、聞いてもよろしいですか?」


「どうぞ」


「公爵の本当の目的——ご存じですか?」


エルマが——少し、間を置く。


「……少しは」


「全部は?」


「……全部は、知らないわ」


「怖くないのですか?」


「何が?」


「知らないのに——一緒にいることが」


エルマが、セリスを見る。


その目が——真剣だった。


「……あなたは」


「はい」


「好きな人の全部を知らないと——一緒にいられないの?」


「……」


「全部知っても——怖いことはあるわ。全部知らなくても——信じられることもある」


「どうやって判断されるのですか?」


「……その人が、何を大切にしているかを見るの」


「何を大切に?」


「あの人は——」


エルマが、窓の外を見る。


「……人が死ぬことを、一番嫌う」


「……そうですか」


「それだけで——私には十分よ」


セリスが、その言葉を聞く。


(……人が死ぬことを、一番嫌う)


(公爵が)


(ノイエ)


(……事実です。公爵の言葉に嘘はありません。今のところ)


(今のところ、ね)


(……はい)


「……エルマさん」


「なに?」


「ありがとうございます」


「何が?」


「……話してくださって」


エルマが、少し首を傾げる。


「こちらこそよ」


「私は——あまり話せませんでしたのに」


「十分よ」


「……そうでしょうか」


「聞いてくれる人って——いそうで、いないのよ」


エルマが笑う。


「あなたは——ちゃんと聞いてくれるから」


「……そんなことは」


「そんなことあるわ」


「……」


「正直ね、本当に」


エルマが立ち上がる。


「お昼はここで食べましょう。もう少し、話しましょうよ」


「……よろしいのですか?」


「だから——暇なの?って聞いたでしょう」


「……そうでしたね」


セリスが、少し笑う。


エルマが——その笑顔を見て。


「まあ」


「何でしょう」


「笑うのね、あなたも」


「……笑いますよ」


「そうね」


エルマが、窓の外を見る。


「よかった」


「何が?」


「……笑えるうちは、大丈夫だから」


その言葉が。


胸の奥に——静かに、落ちた。


——


昼過ぎまで。


二人で、話した。


大した話ではない。


好きな食べ物。


昔見た景色。


子供の頃に怖かったこと。


他愛のない話ばかり。


それでも——


(……温かい)


セリスは思った。


(こういう時間が——あるのか)


(戦いの外に)


(まだ)


夕方。


部屋を出る時。


「またね」


エルマが言う。


「……また来てもよろしいですか?」


「来ていいわよ」


「……では」


「では?」


「……また、参ります」


エルマが、嬉しそうに笑う。


「待ってるわ」


廊下を歩く。


(……エルマさん)


セリスは思う。


(この人は——信用できる)


公爵への判断は——まだ保留だ。


でも。


(この人だけは)


(最初から——信用できる)


それが。


なぜかは——分からなかった。


でも。


確かだった。

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