表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第三章「崩れていくもの」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/63

公爵

翌朝。




朝食の後——




「主人が、お待ちしております」




使用人が言う。




セリスが立ち上がる。




「一人で行く」




「セリス」




ガイウスが言う。




「大丈夫よ」




「一人は——」




「大丈夫」




「根拠は?」




「……勘よ」




ガイウスが「勘か」と言う。




「そう。それだけよ」




ガイウスが「……分かった」と言う。




渋々だった。




「エルマ様も、ご一緒いたします」




使用人が言う。




ガイウスが「……ならまあ」と言う。




言葉の続きは、なかった。






エルマと並んで、廊下を歩く。




屋敷の奥へ。


奥へ。




「……緊張してる?」




エルマが聞く。




「してない」




「そう」




少し、間があった。




「……少し、してる」




「正直ね」




エルマが、少し笑う。




「あなた、あの人に会うの初めてでしょ」




「そうね」




「緊張するのは——当然よ。私だって、最初に会った時は」




「……緊張したの?」




エルマが少し考えて——




「緊張とは、少し違ったかしら」




「どう違うの?」




「……また、今度話すわ」




少し、頬が赤かった。




セリスが「……エルマさん?」と言う。




「何でもないわよ」




「頬が——」




「何でもない」




エルマが、足を速める。




「怖い人ではないわよ。ただ——大きい人なの。存在が」




「大きい?」




「そういうこと。あなたも、そのうち分かるわ」




それだけ言って——


扉の前で、止まった。




「準備はいい?」




セリスが頷く。




扉が、開く。






光が——強かった。




大きな窓。




朝の陽光が、まともに差し込んでいる。




部屋の中が——白く滲む。




「……っ」




目が、慣れない。




輪郭だけが見える。




窓を背にして、立っている人影。




大きい。




ただ立っているだけなのに——


部屋の空気が、違った。




(……なんだ)


(この人は)




目が、ゆっくりと慣れていく。




黒い長髪。


顎に、短い髭。


深い色の上着。


金の留め具。


袖口に、細かな刺繍。




指に——指輪。


一つだけ。


獅子と剣の紋章。




そして——目が。


深い色をしていた。




「——来てくれた」




低い声だった。


静かで。


響いて。




セリスが、一瞬——何も言えなかった。




(……なんで)


(言葉が出ない)




(……これが)


(大きい人、ということか)




エルマが、セリスの隣に静かに立つ。


腕が、そっと触れる。




それだけだった。




でも——




(……落ち着く)




「……セリス・アルヴェリアです」




やっと、出た。




「知っている」




公爵が言う。




「座ってくれ」




三人が、席につく。




エルマが、セリスと公爵の間に——斜めに座る。




公爵が、セリスをまっすぐ見る。




「——話をしよう」




「……聞く」




「まず——翠毒蛇大隊のことだ」




「……何を」




「ライラが事前に察知していた。部隊の動きを。ルートを微妙に変えることで、接触を三日遅らせた」




セリスが「……知らなかった」と言う。




「報告しなかったのは——ライラの判断だ」




「なぜ?」




「あなたが知れば、動き方が変わる。それよりも自然に誘導する方が、安全だと判断した」




「……それでも、間に合わなかった」




「ああ」




「申し訳なかった」




感情のない声ではなかった。




セリスが、何か言おうとする。




言葉が、出ない。




「あなた」




エルマが、公爵に言う。




「……なんだ」




「セリスさんに、お茶を」




「ああ」




お茶が来る。


エルマが、セリスの前に置く。




「飲んで」




セリスが、一口飲む。




温かかった。




(……落ち着く)




「……次を聞く」




セリスが言う。




公爵が頷く。




「私の目的について、話す」




「……聞く」




「帝国を——変えたい」




「変える? 倒すじゃなくて?」




「倒すだけでは、次が来る。構造を変えなければ、意味がない」




「……それは」




言葉が追いつかない。




公爵が、続ける。




「そのためには——あなたが必要だ」




「……なぜ私が」




「亡国の王女。魔剣の使い手。翠毒蛇大隊五百人を一人で滅ぼした。ヴァルキリーと呼ばれ始めている」




「……旗印にするということね」




「そうだ」




「あなた」




エルマが言う。




「……なんだ」




「セリスさんは三日前に仲間を亡くしたばかりよ」




公爵が、少し動きを止める。




沈黙。




「……そうだな。すまない」




「セリスさん」




エルマがセリスを見る。




「正直に言っていいわよ。怒っていいし、泣いてもいい」




「……怒る相手が、違う気がする」




「そうね」




「泣くのは——まだ、できない」




「そうね」




エルマが「続けてください」と公爵に言う。




「……正確に伝えた方がいいと思っている。うまい言い方より」




セリスが「それでいい」と言う。




「正確な方が——まだ、信用できる」




公爵が、セリスを見る。




「……ライラの報告通りの人間だ」




「何を報告されたの?」




「守るために前に出る。感情で動くように見えて——本質は冷静だ、と」




「……買いかぶりよ」




「そうは思わない」






公爵が、机の上に地図を広げる。




「これが現状だ」




帝国の版図。


周辺諸国。


各地の勢力図。




「帝国は今、三つの問題を抱えている。皇帝の衰弱。宰相オルフェウスの台頭。そして——」




「そして?」




「……帝国の後ろにいる、本当の敵だ」




「本当の敵?」




「今は——まだ、話せない」




「また、その答えね」




「追って話す」




セリスが「なぜこの場所に領地があるの?」と問う。




「帝国の国境付近に——公爵家が。普通じゃない」




公爵が、少し間を置く。




「……それも、追って話す」




「あなた」




エルマが言う。




「……なんだ」




「セリスさんは聡い方よ。今話せないなら、せめて——いつ話すか、くらいは言えるでしょ」




公爵が、エルマを見る。




少し、間があった。




「……信用できると、お互いが判断した時に」




「それは——どのくらいかかるの?」




「あなた次第だ」




セリスが「……分かった」と言う。




「急がない。でも——見極める」




「ああ」




「ここにいる間は——安全を保証してくれる?」




「する」




公爵が、エルマを見る。




「……エルマが、あなたたちを気に入った。それが最大の理由だ」




エルマが「あなたは本当に……」と言う。




「事実だ」




「もう少し言い方があるでしょう」




「正確な言い方を選んだ」




エルマが「ごめんなさいね」とセリスに言う。




「いいえ」




セリスが、少し笑う。




「正確な方が——信用できる、と言ったのは私よ」






セリスが立ち上がる。




「しばらく、ここに置いてもらう」




「構わない」




「利用されてるのは分かってる。こちらも利用する」




「……それでいい」




「その間に——あなたの本当の目的を、見極める」




公爵が、わずかに目を細める。




「……楽しみにしている」




「楽しまないで」




「……そうはいかない」




セリスが扉に向かう。




振り返らずに言う。




「一つだけ、言っておく」




「どうぞ」




「エルマさんのことは——好きよ。あの人だけは、信用する」




エルマが「まあ」と言う。




「あなたの評価は——まだ、保留よ」




「……分かった」




「——セリス・アルヴェリア」




公爵が、呼ぶ。




「なに?」




「リオ・ハルトという青年の——冥福を、祈る」




セリスが、少し止まる。




「……ありがとう」




「私が言える立場ではないが」




「それでも——ありがとう」




扉が、閉まった。






廊下を一人で歩く。




(ノイエ)




宝石が、静かに光る。




(……あの人)




(……危険な人物に変わりはありません)




(でも——嘘はついていなかった)




(……今この場では。全てを話しているわけでもない)




(分かってる)




(……セリス)




(なに?)




(……エルマという人物は)




(うん)




(……公爵が変わります。彼女の前では)




セリスが、少し止まる。




(……気づいてたの?)




(……はい。微細ですが、確かに)




(どんな風に?)




(……言葉が、少し遅くなります。彼女を見る時)




セリスが「……そう」と言う。




(大きい人でも——そういうことがあるのね)




(……そういうもの、なのですか)




(そういうものよ)




宝石が——ゆっくりと、左右に動く。




(……分かりません)




(いつか、分かるわよ)




廊下の窓から——空が見えた。




晴れていた。




山の上に、雲がゆっくりと動いている。




(……リオ)




(ここは、安全みたい)




(しばらく——ちゃんと休む)




(そして、また動く)




(あなたが守った場所を——もっと、広げるために)




風が、窓の外を通り過ぎた。




それだけで、十分だった。


「利用されてるのは分かってる。でも——こちらも利用する」


それがセリスの答えだった。


圧倒されながらも——


前を向いた。


それだけ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます!


逆光の中の公爵。


低い声。威厳のある佇まい。


最初、セリスは言葉が出なかった。


エルマの腕が、そっと触れて——やっと声が出た。


そしてエルマが廊下で頬を赤くしていた理由——


「緊張とは、少し違ったかしら」


「また、今度話すわ」


公爵を前にすると言葉が少し遅くなる。


エルマの前では変わる。


二十年経っても——この二人は、そういう関係みたいです。


次回も続きをぜひ見届けてください!


【ブックマーク】と【評価(☆)】をいただけると励みになります!

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【開始12時間で100PV突破の注目の新作!】意志を持つ禁忌の魔剣は、彼女を守る剣か、それとも彼女を喰らう器か? 復讐に燃える王女が世界の真実を斬り拓く、本格ダーク戦記。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ