表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第三章「崩れていくもの」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/60

【覚醒•挿絵有り】灰になるまで

それは——突然だった。




街道を歩いていた。


普通の昼間。


何もない道。




(……ノイエ)




宝石が、鋭く光る。




(……反応があります。多数)




(どのくらい?)




(……百。二百。三百——)




セリスが足を止める。




「全員——止まれ」




声が、低かった。


全員が、止まる。




「……何だ」




ガイウスが周囲を見る。




木々の向こうに——黒い影が見えた。




一つ。また一つ。




また一つ。




止まらない。




「……囲まれてる」




ライラが、低く言う。




「いつから」




「……さっきの丘を越えた辺りから。気づかなかった。完璧な包囲だった」




ガイウスが「数は」と問う。




「……五百は超えてる」




誰も、言葉が出なかった。






黒ずくめの兵士たちが、音もなく姿を現した。




鎧はない。


動きやすい漆黒の装束。


顔を布で覆っている。


声一つ出さない。


ただ——包囲を狭めてくる。




「……グリュンギヒト・ナッターだ」




ライラが、息を呑む。




「知ってるの?」




「帝国の五大特殊部隊の一つ。翠毒蛇大隊——帝国の『影』よ」




ライラの声が、わずかに変わっていた。




「存在自体が都市伝説と言われてる。民衆は実在すら知らない。でも——」




「でも?」




「本物を見た者は、ほとんど生きて帰らない」




「……逃げ道は」




「最初から塞がれてる。これが奴らのやり方よ。気づいた時には——もう詰んでる」




ガイウスが「……なるほど」と言う。


怒りも焦りもない声だった。




「完璧な包囲だ」




「褒めてる場合じゃないでしょ」




「褒めていない。確認している」






包囲が、完成した。




前後左右。


上空にも——ヴォルフが確認する。




(……弓兵が配置されている。空も封じられた)




(分かった)




「ヴォルフも駄目」




セリスが全員に告げる。




「……完璧ね」




ライラが静かに言う。




「これが翠毒蛇大隊の真骨頂。逃げ道を全て塞いでから——ゆっくりと仕留める」




包囲の中から、一人だけ前に出てきた。




翠色の仮面。


漆黒の装束。


腰に短刀を三本。




声が、静かに届く。




「——魔剣の器よ。大人しく投降せよ」




「断る」




セリスが即答する。




「……抵抗すれば、全員死ぬ」




「そうかもしれない」




「かもしれない、ではない。確実に死ぬ」




「やってみなければ分からないわ」




指揮官が、無言で手を上げる。




五百の弓が、一斉に向けられた。




音もなく。




ただ——数が、そこにあった。




(ノイエ——)




(……はい)




(勝てる?)




(……現状では非常に困難です)




セリスが、前を向く。




(分かった)






「——構えろ」




指揮官の一言。




戦闘が始まった。






ガイウスが前に出る。


一人、二人と薙ぎ倒す。


だが——次が来る。また次が来る。


音もなく。




ライラが短刀を使う。


三人。四人。


だが——囲みが縮まる。




リオが矢を放つ。


精度が高い。


だが——五百はいる。




「……数が多すぎる」




ガイウスが言う。


感情ではなく——事実として。




「分かってる」




セリスが剣で二人を同時に押し返す。




(ノイエ——今、使う?)




(……使えます。ただし侵食が大きく進みます)




(まだ——まだ自分でやれる分は自分でやる)




(……了解しました)






じりじりと、押されていく。




毒を塗った短刀が飛んでくる。


「メイラ——後ろ!」




リオが叫ぶ。




メイラが回避する。


地面に転ぶ。


回復魔法が乱れる。




「……駄目だ」




ライラが、冷静に言う。




「このままでは——三分と持たない」




誰も、反論しない。




数字として、正しかったから。






その時。




「——セリス!」




リオの声がした。




振り返る。




包囲の隙間から——一人の兵士が、セリスの背後に回り込んでいた。




速い。




音がしなかった。




距離が、近すぎる。




メイラが転んでいる。


ガイウスは前方を抑えている。




(避けられない——)




影が、割り込んだ。




リオだった。






音がした。




鈍い、重い音。




「——リオ!」




セリスが叫ぶ。




剣が、リオの脇腹を貫いていた。




「——この!」




ガイウスが帝国兵を薙ぎ倒す。




包囲が、一瞬止まる。




「リオ……!」




メイラが駆け寄る。




リオが、地面に膝をついている。




「……メイラ」




「今、治します——今すぐ——!」




メイラの手が、光る。




回復魔法が、発動する。




しかし——




「……間に合わない」




ガイウスが、小声で言う。




「そんな——!」




「深すぎる」




メイラの手が、震える。




「間に合います——間に合わせます——!」




光が、強くなる。




だが——




リオが「……いい」と言う。




「いいよ、メイラ」




「よくないです——!」




「……いい」




静かな声だった。






リオが、セリスを見る。




セリスが、リオの前にしゃがむ。




何も言えない。




「……セリス」




「……うん」




「俺、やろうとしたぞ」




「……うん」




「守ろうとした」




「……うん」




リオが、少し笑う。




苦しそうなのに——笑った。




「……お前が守りたかったもの」




「……リオ」




「俺も——守りたかった」




「……うん」




「……お前が、守りたかった」




リオの目が、セリスを見たまま——




ゆっくりと、閉じた。






静寂。




メイラの嗚咽が、聞こえた。




ライラが——目を閉じる。




ガイウスが——拳を握る。




間に合わなかった。




包囲が——また、狭まり始めた。




「——降伏せよ」




指揮官の声が、届く。




「次は容赦しない」






セリスが——立ち上がった。




「……ノイエ」




声が、震えていた。




宝石が——強く、光る。




「……使う」




(……セリス。侵食が——大きく進みます)




「分かってる」




(……五百全員を相手にするなら——)




「分かってる」




(……それでも、ですか)




「それでも」




宝石が——長い沈黙の後。




(……了解しました)






セリスが剣を握る。




瞳が——銀に変わる。




後光が、差す。




白銀の光が、セリスを包む。




髪が——わずかに、白銀を帯びていく。




「——!」




ライラが、息を呑む。




メイラが、顔を上げる。




ガイウスが——目を細める。






翠毒蛇大隊の兵士たちが——止まった。




無言で動き続けていた部隊が。




初めて、止まった。




誰も、指示を出していない。




ただ——本能が、止めた。




(……何だ、あれは)




(……化け物か)




(……逃げろ)




指揮官が「——構えろ! 放て!」と叫ぶ。




矢が、放たれる。




光が——全てを弾く。




指揮官が、初めて声を荒げた。




「——怯むな! 翠毒蛇大隊が一人の小娘に——!」






「ノイエジール」




セリスの声が——静かだった。




戦場の中で。




五百人に囲まれた中で。




震えていない。




涙は——まだ、頬にあった。




「私の魂を喰らって——」




宝石が、光る。




全ての光が——剣の一点に集まる。




「——奴らを灰にせよ」






光が、爆ぜた。




挿絵(By みてみん)




灼熱が、広がる。




前へ。


右へ。


左へ。


後ろへ。




音が、消えた。




世界が——白くなった。








静寂が、戻る。




焦げた匂い。




黒い装束の残骸。




五百人が——いた場所に。




何も、残っていなかった。






数人が、逃げていた。




包囲の最外縁にいた者たち。




光の端が、届かなかった者たち。




彼らは——全力で走っていた。




振り返らずに。




足がもつれても。




転んでも、また走った。




「……見たか」




一人が、掠れた声で言う。




「……見た」




「グリュンギヒト・ナッター——五百人が」




「……一人で、殲滅だと」




足が、止まらない。




「化け物だ」




「……化け物なんてもんじゃない」




「古代神話で聞いたことがある——」




一人が、震える声で言う。




「——ヴァルキリー」




「……ヴァルキリーだと」




「白銀の髪。後光。そして——あの炎」




「帝国最精鋭の翠毒蛇大隊が——」




「——跡形もなく、消えた」




彼らが語った。




各地で、語った。




帝国の兵に。




街の民に。




旅人に。




その話が——広がった。




止まらなかった。






全てが終わった後。




セリスが、リオのそばに戻る。




瞳が——ゆっくりと、碧眼に戻っていく。




後光が、消える。




光が、消える。




白銀を帯びていた髪が——一筋だけ、白いまま残った。




残ったのは——17歳の王女だけだった。




「……リオ」




呼んでも、返事はない。


当然だ。




「……やろうとしたわよ」




小さく、言う。




「ちゃんと——やり遂げたわよ」




返事はない。




「……バカ」




それだけ言った。






ライラが、逃げた兵士たちの消えた方向を見ていた。




(……噂になる)




(グリュンギヒト・ナッター五百人が、一人の少女に消された)




(止められない)




(——ヴァルキリー)




目が、細くなる。




(使える旗印になる)




(と同時に——)




ライラが、セリスを見る。




(帝国が、本気になる)




(次に来るのは——)




何も言わない。




今は——言う時ではない。






ガイウスが、リオのそばに立つ。




何も言わない。




ただ——少し、長く。




その顔を、見ていた。




「……バカ野郎」




小さく、言う。






メイラが——泣いていた。




声を殺して、泣いていた。




(……治せなかった)




(間に合わなかった)




(リオさんに——)




(ずっと好きだったと思う)




(言えなかった)




(言えないまま——)




「……メイラ」




セリスが、隣に来る。




何も言わない。




ただ——隣にいた。






秋の空が、高かった。




風が、吹いていた。




リオが眠る場所に——


草が、揺れていた。




「……行かなければならない」




ガイウスが言う。




「……うん」




「帝国が、また来る。今度は——もっと大きな力で」




「……うん」




セリスが立ち上がる。




「……リオ」




最後に、呼ぶ。




「守ってくれてありがとう」




返事はない。




当然だ。




でも——風が、少しだけ吹いた。




それだけで、十分だった。






四人が、歩き始める。




セリスが、前を向く。




瞳の奥に——


銀の光が、まだ残っていた。




髪の一筋が——白いまま、風に揺れた。


「お前が、守りたかった」


その言葉が——


セリスの胸に、ずっと残った。


最後まで。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます!


翠毒蛇大隊グリュンギヒト・ナッター——五百人。


存在すら都市伝説と言われた帝国の「影」。


完璧な包囲。逃げ道なし。


そして——リオ・ハルト、18歳。


「お前が、守りたかった」


それが、彼の最後の言葉でした。


「ノイエジール、私の魂を喰らって——奴らを灰にせよ」


五百人が、消えた。


「グリュンギヒト・ナッター五百人を——一人で殲滅だと。化け物だ」


逃げた兵士たちが語った。


「ヴァルキリー」という名前が——世界に生まれた瞬間でした。


次回、第51話。


セリスは、どこへ向かうのか。


【ブックマーク】と【評価(☆)】をいただけると励みになります!

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【開始12時間で100PV突破の注目の新作!】意志を持つ禁忌の魔剣は、彼女を守る剣か、それとも彼女を喰らう器か? 復讐に燃える王女が世界の真実を斬り拓く、本格ダーク戦記。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ