エリ
翌朝。
エリは、メイラの隣で眠っていた。
「……よく眠れたみたいですね」
メイラが小声で言う。
「そうね」
「昨夜、少しだけ泣いていました」
「……聞こえてた」
「私も、泣きそうでした」
「泣けばよかったのに」
「……泣いたら、この子が気を遣うと思って」
セリスが「メイラって——」と言う。
「なんですか?」
「……いつも、人のことを先に考えてる」
メイラが「そうですかね」と言う。
「そうよ」
「……リオさんも、そう言ってましたよ。昔」
静かな声だった。
セリスが「そう」と言う。
「……覚えてるのね」
「全部、覚えています」
メイラが、エリを見る。
「この子が——リオさんみたいに見えて」
「どこが?」
「泣かないところが」
セリスは、何も言わなかった。
ただ——エリの寝顔を見た。
出発する。
エリが自分で歩くと言った。
「抱っこしようか?」
「……歩く」
「疲れたら言って」
「……言わない」
リオが「頑固だな」と言う。
エリが「うるさい」と言う。
リオが「……そっくりだ」と小声で言う。
「何が?」
「いや——なんでもない」
道を歩きながら——
エリが、リオの横に並ぶ。
「……お兄ちゃん」
「なんだ」
「強い?」
「まあ、そこそこ」
「悪い人をやっつけられる?」
リオが少し間を置く。
「……やっつけられるよ」
「じゃあ——お母さんをやっつけた人たちも?」
リオが、足を止める。
「……」
エリが、リオを見上げる。
「やっつけてくれる?」
声が、震えていなかった。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ——聞いていた。
「……約束は、できない」
リオが言う。
「なんで」
「できないことを約束するのは——嘘になるから」
エリが「……じゃあ、できることだけ言って」と言う。
リオが「……俺は」と言う。
少し間を置く。
「守ろうとする。できるかどうかは分からないけど——やろうとする」
「やろうとするだけ?」
「……それだけじゃ、ダメか?」
エリが少し考えてから——
「……ダメじゃない」
「そうか」
「お母さんも——やろうとしてたから」
リオが「……そうか」と繰り返す。
声が、少し変わった。
昼頃——
次の村が見えてきた。
「……エリ、この村に知っている人はいる?」
「……おばあちゃんがいる」
「よかった」
村に入る。
老婆が一人、畑仕事をしていた。
エリが「おばあちゃん!」と走る。
老婆が振り返る。
「……エリ? なんで——村は——」
エリが老婆に抱きつく。
老婆が、エリを抱きしめる。
「……よかった。よかった」
その言葉だけを、繰り返す。
メイラが、目を拭う。
ライラが「泣くの?」と小声で言う。
「……泣きます」
「……そうね」
ライラも、視線を外した。
老婆が、セリスたちに頭を下げる。
「……ありがとうございます。この子を——」
「当然のことをしただけです」
「でも——旅の方が、こんな子を」
「一緒に歩いてくれたのは、この子の方です」
老婆が、エリを見る。
エリが「……強い人たちだよ」と言う。
「そうかい」
「やろうとする人たちだって——言ってた」
老婆が、リオを見る。
リオが「……そんなことを言ったな」と言う。
「ちゃんと聞いてたのね」
エリが「全部聞いてた」と言う。
「……頑固だな」
「うるさい」
リオが、小さく笑う。
本当に笑った。
珍しかった。
村を出る前に——
エリがリオの裾を引く。
「……なんだ」
「約束して」
「だから——できないことは」
「できることだけでいい」
リオが、エリを見る。
「……やろうとする、って約束する」
「うん」
「それだけでいいのか」
「それだけでいい」
エリが、リオの手を一瞬だけ握る。
すぐに離す。
「……またね」
「……ああ」
エリが、老婆の元へ走っていく。
リオが、その背中を見ていた。
(……やろうとする)
(約束した)
(守れるか、分からない)
(でも——)
拳を、握る。
(やらなければ、始まらない)
村を出る。
街道を歩く。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……リオ」
セリスが言う。
「なんだ」
「さっき——笑ってたわね」
「……笑ってない」
「笑ってた」
「……笑ってない」
ガイウスが「笑っていた」と言う。
「お前まで言うのか」
「事実だ」
リオが「うるさい」と言う。
しかし——
口の端が、また上がった。
夕方。
野営の準備をしながら——
リオが一人で火を起こしている。
セリスが隣に座る。
「……一つだけ聞いていい?」
「なんだ」
「エリに——「やろうとする」って言えたのは、なぜ?」
「……できないことを約束したくなかったから」
「最初の頃なら——「やってやる」って言ってたと思う」
リオが「……そうかもな」と言う。
「変わったのよ」
「……どっちがいい?」
「今の方が——ずっといい」
リオが火を見る。
「……セリス」
「うん?」
「守りたいもの——少し、分かってきた気がする」
「どんなもの?」
「……エリみたいな子が、泣かずに済む場所」
セリスが「それでいい」と言う。
「根拠になる?」
「十分よ」
リオが「……そうか」と言う。
火が、揺れる。
「……ありがとう」
珍しかった。
リオが、素直に言った。
「どういたしまして」
セリスが答える。
首元の宝石が——
一度だけ、瞬いた。
「エリみたいな子が、泣かずに済む場所」
それが——リオが最後に守ろうとしたものだった。
分かった時には、もう間に合わないけれど。
それでも——分かった。
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あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます!
「やろうとする、って約束する」
リオが変わってきました。
「やってやる」じゃなくて——「やろうとする」。
この違いが、この子の成長だと思います。
そして引きの一言——
「分かった時には、もう間に合わない」
リオに何が起きるのか。
次回も続きをぜひ見届けてください。
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