近づく影
三日後。
街道を南へ下りながら——
前方に、黒い煙が見えた。
「……煙だ」
リオが言う。
「火事?」
「……違う。あの色は」
ガイウスが「村が焼かれている」と言う。
「今?」
「時間が経っている。残り火だろう」
全員が、少し黙る。
「……行く?」
メイラが言う。
「行く」
セリスが即答する。
「生存者がいるかもしれない」
村に近づく。
焼けていた。
建物の半分が、黒く崩れている。
煙が、まだ上がっている場所がある。
匂いが——鼻を刺す。
「……最近だな」
ガイウスが言う。
「昨夜か、今朝か」
「帝国が?」
「旗が落ちている」
ガイウスが、地面を指す。
焼けた布の端に——帝国の紋章が見えた。
村の中を歩く。
人がいない。
逃げたのか。
連れていかれたのか。
「……誰か」
メイラが声をかける。
返事がない。
また声をかける。
廃屋の陰に——
子供が一人、蹲っていた。
「……大丈夫?」
メイラが近づく。
子供が顔を上げる。
六、七歳くらいだろうか。
目が——赤かった。
「……お母さんは?」
子供が、首を振る。
メイラが「……そう」と言う。
声が、少し揺れた。
「怪我は?」
子供が首を振る。
「……よかった」
メイラが、子供の隣に座る。
何も言わない。
ただ——隣にいた。
リオが、村の中を歩き回っていた。
生存者を探している。
建物の陰を確認する。
井戸の周りを確認する。
誰もいない。
誰も——いない。
「……間に合わなかった」
リオが、小声で言う。
誰にも聞こえない声で。
焼けた建物を見る。
(……俺たちが、もっと早く来ていたら)
(何かが、変わったか?)
(分からない)
(でも——)
拳を、握る。
(……間に合わなかった)
セリスが、リオの背中を見ていた。
(……リオ)
声をかけようとして——止める。
今は、言葉がいらない気がした。
(ノイエ)
宝石が、ゆっくりと動く。
(……観測しています)
(あなたは——こういう場所を、たくさん知っているの?)
長い沈黙。
(……はい)
(私の名前で、バールの名で——こういうことが起きている)
(……はい)
(怒っていいのよ)
宝石の光が——わずかに揺れる。
(……怒り、という感情が)
(持っていない、って言うんでしょ)
(……今は)
(今は?)
(……少し、分かりません)
セリスが、焼けた村を見る。
(それでいい)
(分からなくても——感じていることは本当のことだから)
宝石が、一度だけ瞬いた。
子供を、次の村まで連れていくことにした。
「一人にはできない」
メイラが言う。
「そうね」
「次の村に、親戚か誰かいるかもしれない」
「聞いてみる」
セリスが子供に「名前は?」と聞く。
子供が「……エリ」と言う。
「エリ。一緒に来られる?」
エリが、少し考えてから——頷く。
村を出る。
エリがメイラの手を握っている。
リオが——少し後ろを歩いていた。
「……リオ」
セリスが隣に並ぶ。
「何だ」
「責めてる?自分を」
リオが「……別に」と言う。
「責めてるね」
「……間に合わなかったのは、事実だろ」
「そうね」
「だから責めてる」
「でも——間に合った子がいる」
リオが、エリの背中を見る。
「……一人だけだ」
「一人でも、いる」
「……それで十分か?」
セリスが少し考えて——
「十分とは言えない。でも——ゼロじゃない」
リオが「……きれいごとだな」と言う。
「きれいごとかもしれない」
「それでも言うのか」
「言わないと——次に進めないから」
リオが、少し黙る。
「……お前は、どうして前に進めるんだ」
「守りたいものがあるから」
「……それだけか」
「それだけよ」
リオが「……単純だな」と言う。
「そうね」
「でも——」
リオが、前を向く。
「……俺には、まだそれが分からない」
「守りたいもの?」
「……ちゃんとした意味での、守りたいもの」
「いつか、分かるわよ」
「根拠は?」
「……あなたが、今日ここに来たから」
リオが「それが根拠か」と言う。
「それが根拠」
リオが、少し目を伏せる。
「……そうか」
短く言った。
前を向いて、歩き始める。
その足が——少しだけ、速くなった気がした。
夕暮れが、街道を染める。
エリが、メイラの手を握ったまま歩いている。
前を向いて。
泣いていない。
(……強い子ね)
セリスが思う。
(ノイエ)
(この子も——守りたい)
宝石が、ゆっくりと動く。
(……了解しました)
それだけ言った。
だが——その言葉が。
いつもより、少しだけ。
温かかった。
「俺には、まだ分からない」
リオが言った「ちゃんとした意味での、守りたいもの」。
それが分かる日が——来る。
だが、その時には。
もう、間に合わない。
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あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます!
焼かれた村。生き残った一人の子供。
リオが「間に合わなかった」と言いました。
責めています。自分を。
でも——セリスが「ゼロじゃない」と言った。
きれいごとかもしれない。
それでも言わないと、前に進めない。
そして引きの一文——
「その時には、もう間に合わない」
リオに何が起きるのか、ぜひ見届けてください。
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