川
野営地を探していた夕方——
街道沿いに、小川があった。
「……近くに川がある」
ライラが言う。
「女性陣で先に使う。文句は言わせない」
リオが「言わないよ」と言う。
「俺たちは後でいいか」
「当たり前でしょ」
「……そうだな」
ガイウスが「周囲は確認した。問題ない」と言う。
「ありがとう」
「礼はいらない」
「言いたいから言う」
ガイウスが「……行ってこい」と言う。
それだけだった。
川に入る。
三人。
水が冷たかった。
「……気持ちいい。けど、やっぱり冷えるわね」
メイラが肩まで浸かりながら、少し身を震わせる。
「そうね。長居は禁物よ」
ライラも同意するように、腕をさすりながら髪を洗い始めた。
だが――セリスは一人、違和感を覚えていた。
二人が「冷たい」と漏らすその水が、自分には驚くほど馴染み、どこまでも心地よい温度に感じられるのだ。
まるで、自分の体温そのものが、この無機質な水の冷たさに同調してしまっているかのように。
剣は川岸に立てかけてある。
ガードの中央の宝石が外れて——
細い銀の鎖に包まれ、首飾りになっている。
セリスの首元で、赤い宝石が静かに光っていた。
しばらく、黙って水につかる。
川の音だけが、聞こえていた。
(……最初は揉めたわね)
セリスが、首元の宝石に触れる。
(変形のこと)
宝石が、ゆっくりと一度瞬く。
(……覚えています)
「どうしたんですか?」
メイラが聞く。
「……なんでもない。ちょっと、昔のことを思い出してた」
「どんなこと?」
「旅を始めた頃のこと。色々あったなって」
メイラが「そうですね」と言う。
「……本当に、色々ありました」
ライラが「感傷に浸るには、まだ早いわよ」と言う。
「まだ旅の途中だから?」
「そう」
「……そうね」
しばらくして——
「あ」
メイラが言う。
「どうしたの?」
「セリスさん——右腕の傷、どこにありますか?」
「傷?」
「先週、切ったじゃないですか。私が処置したのに——跡がない」
セリスが右腕を見る。
確かに——なかった。
「……あれ?」
ライラが「背中も——前に打ち付けた時の痣が消えてるわね」と言う。
全員が、少し黙る。
首元の宝石が——
ゆっくりと、左右に小さく動く。
(……どうしたの?)
(……睡眠中に、回復魔法をかけていました)
宝石が、静止する。
(勝手に?)
(……非効率な損耗を防ぐための処置です)
「……最悪ね」
セリスが、小声で言う。
「なんですか?」とメイラが聞く。
「……なんでもない」
自分の傷を勝手に消し、冷たさという感覚さえ奪い去ろうとする宝石。
それが自分を「守ろう」としているのだと分かっていても、セリスの背筋には、水とは違う質の寒気が走った。
「傷が消えているのは?」
「……謎ね」
それだけ言った。
(一言くらい言ってくれてもいいじゃない)
(……言う必要がありませんでした)
(傷が残ることを、好ましくないと思ってるの?)
宝石の光が——わずかに強くなる。
(……判断です)
(それって——心配してるってことよ)
宝石が、小さく左右に動く。
(否定しても、同じよ)
宝石が、動かなくなった。
「……ありがとう」
セリスが、首元の宝石に触れながら——
声に出して言った。
メイラが「誰に言ってるんですか?」と聞く。
「……独り言」
宝石が、一度だけ瞬いた。
(……どういたしまして)
川から上がる。
髪を拭きながら、三人で並んで座る。
夕暮れが、川を染めている。
「……きれいね」
メイラが言う。
「そうね」
「こういう時間が——好きです」
「何が?」
「戦いとか、帝国とか——全部忘れて、ただきれいだと思える時間」
ライラが「……贅沢ね」と言う。
「贅沢でいいと思います」
「たまには、ね」
ライラが川を見る。
「……こういう時間が続けばいいと——思わなかった頃が、あった」
「今は?」
「……少し、思う」
セリスが「それでいい」と言う。
「それだけで、十分」
ライラが「……お人好しね」と言う。
「そうかもしれない」
「否定しないの?」
「否定できないから」
三人が、また笑う。
川の音が続いていた。
野営地に戻ると——
リオが「どうだった?」と言う。
「気持ちよかった」
「そうか。じゃあ俺たちも」
ガイウスが「……先に食事の準備をする」と言う。
「冷たいぞ、今の川」
「知っている」
「……それでも入るのか」
「必要なことだ」
リオが「……ガイウスって、損だよな」と言う。
「何がだ」
「合理的に生きてるつもりなのに——結局、面倒くさい方を選んでる」
「……それは合理的ではない」
「そうか?」
リオが、少し笑う。
「俺には、合理的に見えないけどな」
ガイウスが「……うるさい」と言う。
それでも——
口の端が、わずかに動いた気がした。
夜。
火を囲む。
セリスが宝石を剣のガードに戻す。
カチリと——嵌まる音。
宝石の光が、少し落ち着く。
ガイウスが、その様子を——
一瞬だけ、見た。
何も言わない。
だが——
(あの宝石は)
視線を、火に戻す。
それだけだった。
「どういたしまして」
たった一言。
でも——その宝石が光った瞬間が。
なぜか、温かかった。
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あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ノイエが寝ている間に回復魔法をかけていた。
「判断です」と言いながら——宝石の光が強くなった。
そしてガイウスが「あの宝石は」と気づいた様子。
あの男、やはり何かに気づいています。
次回も続きをぜひ見届けてください!
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