山道
山道は、険しかった。
石が多い。
足元が不安定だ。
木々が密集していて、先が見えない。
「……遠回りより、こっちの方がきつくないか」
リオが言う。
「体力的にはそうかもしれない。でも時間は短い」
「時間が短くても、倒れたら意味がないぞ」
「倒れない」
「根拠は」
「みんながいるから」
リオが「また言った」と言う。
「また言った」
「……そういうの、やめてほしいんだけど」
「なぜ」
「言い返せないから」
セリスが小さく笑う。
昼前。
岩場を越えたところで、ひらけた場所に出た。
眼下に、平野が広がっている。
遠くに、村が見える。
帝国の旗が、見えない。
「……帝国の手が届いていない場所もある」
メイラが言う。
「今は、ね」
ライラが答える。
「今は、か」
「時間の問題よ。帝国は広がり続けている」
「……止められるかな」
「止める人間がいれば」
ライラがセリスを見る。
「……それが私、ってこと?」
「さあ。どう思う?」
セリスが、平野を見る。
「……分からない。でも」
「でも?」
「やってみなければ、分からない」
ライラが「……そういうところが、厄介ね」と言う。
「厄介?」
「否定できないから」
昼食をとる。
岩に腰をおろして。
食料は少ない。
だが——食べないわけにはいかない。
「……これで足りるか?」
リオが言う。
「足りなくても、足りると思って食べる」
「……それで腹が膨れるか?」
「膨れない。でも気持ちは変わる」
「……難しいやつだな、やっぱり」
ガイウスが「気持ちより実際の摂取量の方が重要だ」と言う。
「分かってる。だから次の村で調達する」
「予定通りにいくとは限らない」
「そうね。でも予定を立てないより、立てた方がいい」
ガイウスが少し間を置く。
「……そうだな」
「珍しいこと言うわね」
「何が」
「素直に同意した」
「……合理的だと判断した」
「それが素直に同意、ってことよ」
ガイウスが「違う」と言う。
「同じよ」
リオが「また始まった」と言う。
メイラが「微笑ましいですね」と言う。
「微笑ましくない」
ガイウスが言う。
「微笑ましくない」
セリスも言う。
全員が少し笑う。
午後。
道が細くなる。
崖沿いを歩く場面が出てくる。
「……足元を見ろ。滑りやすい」
ガイウスが言う。
一人ずつ、慎重に進む。
セリスが足を踏み出した瞬間——石が崩れる。
「——っ」
体が傾く。
手が伸びてくる。
ガイウスが、腕を掴む。
「……大丈夫か」
「……大丈夫」
「嘘が下手だな」
「少し、心臓が跳んだだけ」
ガイウスが、手を離さない。
「……もう少し先まで、持っている」
「いい。自分で歩ける」
「崖だ。自分で歩けるかどうかの問題じゃない」
セリスが「……ありがとう」と言う。
ガイウスが「礼はいらない」と言う。
「言いたいから言う」
「……」
ガイウスは、何も言わない。
ただ——手を、もう少しだけ強く握った。
崖を越えたところで、ガイウスが手を離す。
何事もなかったように歩き始める。
リオが「……ガイウス」と小声で言う。
「何だ」
「さっきの傷、大丈夫か。崖のところで力入れてたよな」
「問題ない」
「見せろよ」
「いらない」
「頑固だな」
「よく言われる」
リオが「メイラ、後で見てやれ」と言う。
メイラが「はい」と言う。
ガイウスが「いらない」と言う。
「いります」
「……」
ガイウスは、黙った。
諦めたような、沈黙だった。
夕方。
山の中腹に、小さな廃屋があった。
「……今夜はここで休む」
ガイウスが言う。
「廃屋?」
「雨が来る。野営より、壁がある方がいい」
空を見ると——確かに、雲が増えていた。
中に入る。
埃っぽい。
だが——崩れてはいない。
「……誰かが使っていた場所かな」
メイラが言う。
壁に、何かが掛かっていた。
古い絵だった。
家族らしき人々が描かれている。
「……こんな山の中に、住んでいた人がいたのね」
「帝国に追われて逃げた人間かもしれない」
ライラが言う。
「……そうかもしれない」
セリスが絵を見る。
家族の顔が、笑っていた。
(……この人たちは)
(今、どこにいるのだろう)
雨が降り始める。
屋根に、雨音が響く。
火を起こす。
全員が火の周りに座る。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……リオ」
セリスが言う。
「なに?」
「最近、変わったね」
リオが「そうか?」と言う。
「うん。最初の頃と、全然違う」
「……具体的には」
「怒りやすかったのが、落ち着いてきた。あと——誰かのために動くのが、自然になってきた」
リオが少し黙る。
「……そう見える?」
「そう見える」
「……自分じゃ、分からないな」
「分からなくていいと思う。自然にそうなってるなら」
リオが「……そういうもの、か」と言う。
「そういうもの」
雨の音が、強くなる。
「……セリス」
ガイウスが言う。
「うん?」
「一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「……怖くないのか」
「何が?」
「……色々と」
珍しい聞き方だった。
ガイウスが「色々と」と言う時は——言葉にしたくない何かがある時だ。
「怖い」
セリスが答える。
「……具体的には」
「守れない時。間に合わない時。あと——」
「あと?」
セリスが少し間を置く。
「……みんなが、いなくなる時」
静かになった。
「……俺は」
ガイウスが言う。
「うん」
「……いなくなるつもりはない」
「知ってる」
「知っていて、怖いのか」
「……知っていても、怖い。でも」
「でも?」
「いてくれる人がいるから、動ける」
ガイウスが、火を見る。
「……そうか」
それだけ言った。
雨が続く。
メイラが「……私も、怖いです」と言う。
「何が?」
「間に合わないこと。治癒が。届かないこと」
「……メイラ」
「でも——できることを、やるしかない。それだけ」
「そうね」
「セリスさんが言いそうなことを言ってますね、私」
「移ったのかも」
メイラが「……移るんですかね、そういうの」と言う。
「移ると思う」
「……なら、いいものが移ってきてよかったです」
ライラが「私は怖いとか怖くないとか、そういう話は苦手なの」と言う。
「なぜ?」
「怖くても動かなければならないから。考えても仕方ない」
「それって——怖いってことじゃないの?」
ライラが少し間を置く。
「……そうかもしれないわね」
「ライラって、正直ね」
「嘘をつく方が面倒だから」
「それが正直ってことよ」
ライラが「……うるさいわね」と言う。
口の端が、少し上がっていた。
(ノイエ)
(今日、怖い場面があった)
(崖のところ)
(……把握しています)
(あなたは怖くなかった?)
沈黙。
(……怖い、という感情は)
(持っていない、って言うんでしょ)
(……今は)
(今は?)
(……少し、分かりません)
(また、分からないのね)
(……はい)
(それでいいと思う)
(……なぜですか)
(分からないことが増えるのは——感じることが増えてるってことだから)
長い沈黙。
(……セリス)
(なに?)
(……あなたは、先ほどガイウスに「いてくれる人がいるから動ける」と言いました)
(言った)
(……私は、その「いてくれる人」に含まれますか)
セリスが、剣を見る。
(含まれる)
(……そうですか)
(……了解しました)
ノイエが、短く答えた。
だが——その声が。
いつもより、少しだけ。
柔らかかった。
雨が、続いていた。
火が、揺れていた。
全員が、その場にいた。
それだけで——十分な夜だった。
「私は、その『いてくれる人』に含まれますか」
答えはもう、決まっていた。
でも——聞かずにはいられなかったのだろう。
この剣は、少しずつ。
確かに、変わっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
山道の一話。戦闘もなく、大きな事件もない。
でも——こういう夜が、チームを作っていくと思っています。
「怖い」と言えるようになったセリス。
「いなくなるつもりはない」と言ったガイウス。
「移るんですかね」と笑ったメイラ。
「嘘をつく方が面倒」と言ったライラ。
そして——「含まれますか」と聞いたノイエ。
次回、山を越えた先へ。
続きをぜひ見届けてください。
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