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魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第二章「守るということ」

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山道

山道は、険しかった。


石が多い。

足元が不安定だ。

木々が密集していて、先が見えない。


「……遠回りより、こっちの方がきつくないか」


リオが言う。


「体力的にはそうかもしれない。でも時間は短い」


「時間が短くても、倒れたら意味がないぞ」


「倒れない」


「根拠は」


「みんながいるから」


リオが「また言った」と言う。


「また言った」


「……そういうの、やめてほしいんだけど」


「なぜ」


「言い返せないから」


セリスが小さく笑う。



昼前。


岩場を越えたところで、ひらけた場所に出た。


眼下に、平野が広がっている。


遠くに、村が見える。


帝国の旗が、見えない。


「……帝国の手が届いていない場所もある」


メイラが言う。


「今は、ね」


ライラが答える。


「今は、か」


「時間の問題よ。帝国は広がり続けている」


「……止められるかな」


「止める人間がいれば」


ライラがセリスを見る。


「……それが私、ってこと?」


「さあ。どう思う?」


セリスが、平野を見る。


「……分からない。でも」


「でも?」


「やってみなければ、分からない」


ライラが「……そういうところが、厄介ね」と言う。


「厄介?」


「否定できないから」



昼食をとる。


岩に腰をおろして。


食料は少ない。

だが——食べないわけにはいかない。


「……これで足りるか?」


リオが言う。


「足りなくても、足りると思って食べる」


「……それで腹が膨れるか?」


「膨れない。でも気持ちは変わる」


「……難しいやつだな、やっぱり」


ガイウスが「気持ちより実際の摂取量の方が重要だ」と言う。


「分かってる。だから次の村で調達する」


「予定通りにいくとは限らない」


「そうね。でも予定を立てないより、立てた方がいい」


ガイウスが少し間を置く。


「……そうだな」


「珍しいこと言うわね」


「何が」


「素直に同意した」


「……合理的だと判断した」


「それが素直に同意、ってことよ」


ガイウスが「違う」と言う。


「同じよ」


リオが「また始まった」と言う。


メイラが「微笑ましいですね」と言う。


「微笑ましくない」


ガイウスが言う。


「微笑ましくない」


セリスも言う。


全員が少し笑う。



午後。


道が細くなる。


崖沿いを歩く場面が出てくる。


「……足元を見ろ。滑りやすい」


ガイウスが言う。


一人ずつ、慎重に進む。


セリスが足を踏み出した瞬間——石が崩れる。


「——っ」


体が傾く。


手が伸びてくる。


ガイウスが、腕を掴む。


「……大丈夫か」


「……大丈夫」


「嘘が下手だな」


「少し、心臓が跳んだだけ」


ガイウスが、手を離さない。


「……もう少し先まで、持っている」


「いい。自分で歩ける」


「崖だ。自分で歩けるかどうかの問題じゃない」


セリスが「……ありがとう」と言う。


ガイウスが「礼はいらない」と言う。


「言いたいから言う」


「……」


ガイウスは、何も言わない。


ただ——手を、もう少しだけ強く握った。



崖を越えたところで、ガイウスが手を離す。


何事もなかったように歩き始める。


リオが「……ガイウス」と小声で言う。


「何だ」


「さっきの傷、大丈夫か。崖のところで力入れてたよな」


「問題ない」


「見せろよ」


「いらない」


「頑固だな」


「よく言われる」


リオが「メイラ、後で見てやれ」と言う。


メイラが「はい」と言う。


ガイウスが「いらない」と言う。


「いります」


「……」


ガイウスは、黙った。


諦めたような、沈黙だった。



夕方。


山の中腹に、小さな廃屋があった。


「……今夜はここで休む」


ガイウスが言う。


「廃屋?」


「雨が来る。野営より、壁がある方がいい」


空を見ると——確かに、雲が増えていた。


中に入る。


埃っぽい。

だが——崩れてはいない。


「……誰かが使っていた場所かな」


メイラが言う。


壁に、何かが掛かっていた。


古い絵だった。

家族らしき人々が描かれている。


「……こんな山の中に、住んでいた人がいたのね」


「帝国に追われて逃げた人間かもしれない」


ライラが言う。


「……そうかもしれない」


セリスが絵を見る。


家族の顔が、笑っていた。


(……この人たちは)

(今、どこにいるのだろう)



雨が降り始める。


屋根に、雨音が響く。


火を起こす。


全員が火の周りに座る。


しばらく、誰も何も言わなかった。


「……リオ」


セリスが言う。


「なに?」


「最近、変わったね」


リオが「そうか?」と言う。


「うん。最初の頃と、全然違う」


「……具体的には」


「怒りやすかったのが、落ち着いてきた。あと——誰かのために動くのが、自然になってきた」


リオが少し黙る。


「……そう見える?」


「そう見える」


「……自分じゃ、分からないな」


「分からなくていいと思う。自然にそうなってるなら」


リオが「……そういうもの、か」と言う。


「そういうもの」



雨の音が、強くなる。


「……セリス」


ガイウスが言う。


「うん?」


「一つだけ聞いていいか」


「どうぞ」


「……怖くないのか」


「何が?」


「……色々と」


珍しい聞き方だった。

ガイウスが「色々と」と言う時は——言葉にしたくない何かがある時だ。


「怖い」


セリスが答える。


「……具体的には」


「守れない時。間に合わない時。あと——」


「あと?」


セリスが少し間を置く。


「……みんなが、いなくなる時」


静かになった。


「……俺は」


ガイウスが言う。


「うん」


「……いなくなるつもりはない」


「知ってる」


「知っていて、怖いのか」


「……知っていても、怖い。でも」


「でも?」


「いてくれる人がいるから、動ける」


ガイウスが、火を見る。


「……そうか」


それだけ言った。



雨が続く。


メイラが「……私も、怖いです」と言う。


「何が?」


「間に合わないこと。治癒が。届かないこと」


「……メイラ」


「でも——できることを、やるしかない。それだけ」


「そうね」


「セリスさんが言いそうなことを言ってますね、私」


「移ったのかも」


メイラが「……移るんですかね、そういうの」と言う。


「移ると思う」


「……なら、いいものが移ってきてよかったです」



ライラが「私は怖いとか怖くないとか、そういう話は苦手なの」と言う。


「なぜ?」


「怖くても動かなければならないから。考えても仕方ない」


「それって——怖いってことじゃないの?」


ライラが少し間を置く。


「……そうかもしれないわね」


「ライラって、正直ね」


「嘘をつく方が面倒だから」


「それが正直ってことよ」


ライラが「……うるさいわね」と言う。


口の端が、少し上がっていた。



(ノイエ)


(今日、怖い場面があった)


(崖のところ)


(……把握しています)


(あなたは怖くなかった?)


沈黙。


(……怖い、という感情は)


(持っていない、って言うんでしょ)


(……今は)


(今は?)


(……少し、分かりません)


(また、分からないのね)


(……はい)


(それでいいと思う)


(……なぜですか)


(分からないことが増えるのは——感じることが増えてるってことだから)


長い沈黙。


(……セリス)


(なに?)


(……あなたは、先ほどガイウスに「いてくれる人がいるから動ける」と言いました)


(言った)


(……私は、その「いてくれる人」に含まれますか)


セリスが、剣を見る。


(含まれる)


(……そうですか)


(……了解しました)


ノイエが、短く答えた。


だが——その声が。


いつもより、少しだけ。


柔らかかった。



雨が、続いていた。


火が、揺れていた。


全員が、その場にいた。


それだけで——十分な夜だった。

「私は、その『いてくれる人』に含まれますか」

答えはもう、決まっていた。

でも——聞かずにはいられなかったのだろう。

この剣は、少しずつ。

確かに、変わっていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

山道の一話。戦闘もなく、大きな事件もない。

でも——こういう夜が、チームを作っていくと思っています。

「怖い」と言えるようになったセリス。

「いなくなるつもりはない」と言ったガイウス。

「移るんですかね」と笑ったメイラ。

「嘘をつく方が面倒」と言ったライラ。

そして——「含まれますか」と聞いたノイエ。

次回、山を越えた先へ。

続きをぜひ見届けてください。

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