証拠
朝。
将軍の屋敷へ向かう。
「三日以内に答えを出せ」と言われていた。
まだ、二日残っていた。
「……早すぎないか」
リオが言う。
「早い方がいい。帝国の動きも早いから」
「そうか」
「それに——」
セリスが革袋を見る。
「早く届けたい」
リオが「……そうだな」と言う。
将軍の屋敷の門の前。
衛兵が「また来たか」という顔をする。
「将軍に、お届けしたいものがあります」
「……約束は三日以内だったはずだが」
「はい。ですが——早くなりました」
衛兵が中に消える。
しばらくして「入れ」と言われる。
将軍の部屋。
昨日と同じ。
武器と地図が並んでいる。
将軍が立っていた。
「……早かったな」
「昨夜、動きました」
「昨夜?」
「王宮に入りました」
将軍の目が、わずかに動く。
「……どうやって」
「詳しくは言えません。ですが——」
セリスが革袋を差し出す。
「これを、見てください」
将軍が受け取る。
中を開ける。
紙を取り出す。
読む。
部屋が、静かになった。
将軍の目が、紙の上を動く。
「……『王の病状の管理について』」
低い声が、呟く。
「管理——か」
もう一枚を手に取る。
「……『王弟への指示書』」
将軍が、紙から目を上げる。
セリスを見る。
「……どこで手に入れた」
「王宮の奥の小部屋です。帝国の使者が王と会った部屋の、隣にある部屋でした」
「……王弟の部屋だ」
「知っていたんですか」
「……薄々、な」
将軍が紙を机に置く。
「これが本物なら——」
「本物です。王宮から持ち出しました」
「……証拠として、使える」
将軍が窓の外を見る。
長い沈黙。
「……十年だ」
「え?」
「俺が疑いを持ち始めてから、十年経った」
将軍の声が、低くなる。
「王が変わったのは十年前だ。それから——帝国との関係が、急速に近くなった」
「……王弟が、動いていたから?」
「それだけではないだろう。だが——これで、繋がった」
将軍が紙を手に取る。
もう一度、読む。
「……俺が動けば、逆賊になると言った」
「はい」
「だが——」
将軍が顔を上げる。
「これがあれば、話が違う」
「動いてくれますか」
将軍が、セリスをまっすぐ見る。
値踏みではない。
確認するような目だった。
「……お前は、何のためにここまでした」
「ヴァレンを守るためです」
「繰り返すな。なぜ、お前がヴァレンを守ろうとする」
セリスが少し間を置く。
「……守りたいものは、自分の国だけじゃないから」
「それだけか」
「それだけです」
将軍が「……そうか」と言う。
また、沈黙。
「エルデンの王は——お前の父は、そういう人間だったと聞く。国境の外まで、気にかけていたと」
「……父のことは、まだよく分かりません」
「なぜ」
「父が何を考えていたか、聞く前に——王都が燃えたから」
将軍が、少し目を伏せる。
「……そうか」
短く言う。
それだけで、十分だった。
「動こう」
将軍が言った。
「……本当に?」
「俺が疑っていたことは本当だった。証拠もある。動かない理由が、なくなった」
「逆賊と呼ばれるかもしれない」
「呼ばれても構わない」
将軍が地図を広げる。
「帝国の本隊が北東から来るなら——リディア公国との境界に先回りする必要がある」
「兵は動かせますか?」
「俺に従う者は、いる。王弟の目が届かない場所に、な」
「……準備していたんですか」
「十年間、な」
将軍が少し口の端を上げる。
笑ったのか——笑わなかったのか。
どちらとも取れる表情だった。
「お前たちは、この後どうする」
「次の場所へ向かいます」
「ヴァレンにはいないのか」
「……いられません。帝国が追っているから」
「そうか」
将軍が、セリスを見る。
「……一つだけ、聞いていいか」
「はい」
「お前は——生き延びるつもりか」
セリスが、将軍を見る。
「……どういう意味ですか」
「その剣を使うたびに、何かが削れているように見える」
セリスが固まる。
「……気のせいですよ」
「そうか」
将軍が「そうか」と繰り返す。
それ以上は聞かない。
「……生き延びろ。お前のような人間が、この世界には必要だ」
「……」
「父親のような言い方で、悪いがな」
セリスが、少し笑う。
「……似たようなことを、最近よく言われます」
「そうか。周りが正しいということだ」
屋敷を出る。
全員で歩く。
「……将軍、動いてくれるんですね」
メイラが言う。
「うん」
「よかった」
リオが「次はどこへ行くんだ」と言う。
「まだ決めていない」
「決めていないのか」
「決めてから動くより、動きながら決める方が——帝国に読まれにくいから」
ガイウスが「合理的だな」と言う。
「あなたに言われると、照れるわね」
「なぜ」
「……いつも合理的って言うから」
「俺は合理的ではない」
「え?」
「最近、そう思う」
ガイウスが前を向いたまま言う。
セリスが「……そう」と言う。
何も聞かなかった。
聞かなくても——何となく、分かる気がした。
(ノイエ)
(将軍が気づいていた。剣を使うたびに何かが削れているって)
(……観察眼のある人間です)
(そうね。……怖い?)
(何が、ですか)
(気づかれることが)
沈黙。
(……私は、怖いという感情を持ちません)
(そう)
(……ただ)
(ただ?)
(……あなたが、気づかれることを——好ましくないと、判断しています)
(それって——)
言いかけて、止める。
(……なんでもない)
ノイエが「……なぜ止めましたか」と言う。
(照れるから)
長い沈黙。
(……意味が分かりません)
(そのままでいい)
セリスは、前を向いて歩いた。
空が、明るくなっていた。
ヴァレンの街が、今日も動いている。
この街を——守れるかもしれない。
その思いが、足を軽くした。
将軍が動く。
ヴァレンは、守れるかもしれない。
だが——セリスはまだ知らない。
将軍が「削れている」と言った言葉の、本当の意味を。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
将軍、動いてくれましたね。
十年間、ずっと待っていた人が——ようやく動ける。
「生き延びろ」という言葉。
将軍は気づいていました。
セリスは「気のせいですよ」と言いましたが……
読んでいる皆さんは、知っていますよね。
35話、大事な話が来ます。
ぜひ見届けていただけると嬉しいです。
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