王宮
夜明け前。
街が、静かだった。
石畳に、足音が響く。
セリスとガイウスが歩く。
外套を深く被って。
顔を伏せて。
「……緊張しているか」
ガイウスが前を向いたまま言う。
「少し」
「正直だな」
「隠しても仕方ないから」
「……そうだな」
それだけ言って、また黙る。
(ノイエ)
(周囲は?)
(……異常なし。ただし)
(ただし?)
(……王宮の中に、強い気配があります)
(どのくらい?)
(……帝国兵よりは、上です)
セリスが「……ガイウス」と小声で言う。
「聞こえた」
「え?」
「お前が黙った。何かあると思った」
セリスが「……よく分かるわね」と言う。
「そういう顔をする」
「どんな顔?」
「……集中した顔だ」
「そう」
「何があった?」
「王宮の中に、強い気配があるって」
ガイウスが少し間を置く。
「……帝国の密偵か」
「分からない。でも——行く?」
「行く」
「即答ね」
「将軍を動かすには、証拠が必要だ。引き返す理由がない」
セリスが「……そうね」と言う。
足が、前へ進む。
東側の出入り口。
衛兵が、いなかった。
交代の時間、ぴったりだった。
「……入るぞ」
ガイウスが先に動く。
セリスが続く。
扉が、静かに開く。
使用人の通路。
暗い。
石の壁が続く。
足音を殺して歩く。
ライラが言った通りだった。
突き当たりを右。
中庭が見える。
月が出ていた。
「……北側の廊下」
ガイウスが小声で言う。
「あそこ」
セリスが指す。
廊下の入口に、衛兵が一人。
「……一人か」
「ライラは複数と言っていた」
「巡回に出ているんだろう。今のうちに通る」
「どうやって?」
ガイウスが「待て」と言う。
中庭の端を回る動線を目で追う。
「……衛兵の死角が、あそこにある。柱の影だ」
「見える」
「走らない。ゆっくり、壁伝いに動く」
「分かった」
二人が動く。
壁伝いに。
柱の影に入る。
衛兵が、こちらを見ない。
「……次、廊下の入口まで」
「衛兵は?」
「……顔を背けた。今だ」
走らずに、しかし素早く。
廊下に入る。
北側の廊下。
静かだった。
足音を殺す。
「……居住区はこの先のはずだ」
「小部屋は?」
「王の私室に近い場所、とライラは言った。王の私室がどこかを探す必要がある」
「どうやって?」
「警備が厚い場所がそこだ」
歩きながら、左右を確認する。
扉が並んでいる。
どれも似たような扉。
「……あそこ」
セリスが小声で言う。
廊下の奥。
衛兵が二人、扉の前に立っている。
「……王の私室か」
「そうだとしたら、小部屋はその近くに」
ガイウスが左右を見る。
「……あの扉だ」
王の私室の隣。
小さな扉。
衛兵が立っていない。
「……入れるかな」
「試す」
「鍵は?」
「……かかっていないかもしれない。客を招く部屋ならば」
二人が、壁伝いに近づく。
衛兵の視線を確認する。
「……今だ」
扉に手をかける。
回る。
鍵は——かかっていなかった。
小部屋の中。
暗い。
月明かりが窓から差し込む。
机が一つ。
棚が一つ。
椅子が二つ。
「……使者と王が、ここで話したのか」
セリスが呟く。
「探せ。書状か、何か記録になるものを」
「どこを?」
「机の引き出しから」
二人で分担する。
セリスが机を。
ガイウスが棚を。
引き出しを開ける。
紙が何枚か。
月明かりで読もうとする。
(……これは?)
帝国の紋章が入っている。
文字を追う。
(……「王の病状の管理について」)
セリスが息を呑む。
(管理。病状の、管理)
(病気ではなく——意図的に、管理されていた)
「……ガイウス」
小声で呼ぶ。
ガイウスが来る。
紙を見る。
「……これだ」
「将軍に見せれば?」
「十分だ。他にもあるか確認しろ」
さらに引き出しを探る。
もう一枚。
「……『王弟への指示書』」
ガイウスが「両方持て」と言う。
セリスがライラの革袋に入れる。
「……行くぞ」
扉を開ける。
廊下を確認する。
衛兵の位置が、変わっていた。
「……巡回が戻ってきた」
ガイウスが小声で言う。
廊下の入口に、二人。
「……来た道を戻れない」
「別のルートは?」
「……ない。考えていなかった」
「考えていなかったの?」
「想定外だ」
セリスが(それはまずい)と思う。
声には出さない。
「……窓は?」
小部屋の窓を見る。
外は——中庭だった。
「中庭に出られる」
「高さは?」
「……飛び降りられる」
「決行する」
「え、今?」
「今しかない」
ガイウスが窓を開ける。
音を立てないように。
ゆっくりと。
「先に行け」
「でも傷が——」
「問題ない。先に行け」
セリスが窓枠に手をかける。
飛び降りる。
石畳に着地する。
膝を曲げて衝撃を逃す。
続いてガイウスが降りてくる。
着地。
一瞬、顔が歪む。
「……傷は?」
「問題ない。走るぞ」
中庭を横切る。
東側の出入り口へ。
衛兵が交代を終えて戻ってきていた。
一人、こちらに気づく。
「——誰だ!」
走る。
扉を抜ける。
街に出る。
角を曲がる。
また曲がる。
路地に入る。
壁に背をつける。
息を殺す。
足音が、近づく。
——通り過ぎる。
遠ざかる。
しばらく、動かなかった。
息が、整う。
「……取れた」
セリスが革袋を見る。
「ああ」
「……やったわね」
ガイウスが「まだだ」と言う。
「将軍に届けてから、やっただ」
「……そうね」
セリスが、小さく笑う。
ガイウスが「何がおかしい」と言う。
「おかしくない。ただ——」
「ただ?」
「……一緒に笑えばいいのに、と思って」
ガイウスが、少し間を置く。
「……笑い方を、忘れた」
セリスが「そう」と言う。
「……いつか、思い出すかもしれないから」
「かもしれない、な」
二人が、路地を出る。
夜明けが、近かった。
宿に戻る。
全員が起きていた。
「……取れた」
セリスが革袋を掲げる。
リオが「本当か」と言う。
「本当」
メイラが「よかった」と言う。目が赤い。
「……泣いてたの?」
「泣いてません。心配してただけです」
「同じじゃないかな」
「違います」
ライラが革袋を受け取って中を確認する。
「……これは」
「将軍が動けるだけの証拠になる?」
「……なる。十分すぎるくらい」
「よかった」
ガイウスが椅子に座る。
メイラが「傷を見せてください」と言う。
「問題ない」
「見せてください」
「……」
ガイウスが腕を出す。
メイラが確認する。
「……少し開いていますね」
「問題ない範囲だ」
「問題あります」
「……」
セリスが「ありがとう、ガイウス」と言う。
ガイウスが「礼はいらない」と言う。
「言いたいから言う」
「……」
ガイウスは、何も言わなかった。
ただ——視線が、少しだけ、窓の外に向いた。
夜明けの光が、差し込み始めていた。
証拠は、手に入った。
次は——将軍だ。
夜明けの光の中で、革袋を握り締める。
証拠は手に入った。
将軍が動けば——ヴァレンは、守れる。
(……守れる)
その言葉を、心の中で繰り返した。
まだ、信じきれなかった。
それでも——前へ進むしかなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
証拠、取れました。
でもガイウスの傷が開いてしまって——
「だから言ったのに」とメイラと一緒に思った方、いますか?
路地での「笑い方を、忘れた」という一言。
あの男、少しずつ変わってきていますよね。
次回はいよいよ将軍への報告です。
ヴァレンを守るための動きが、ここから加速します。
続きが気になった方は【ブックマーク】と
【評価(☆)】をいただけると励みになります!
よろしくお願いします!




