地図
翌朝。
ガイウスの傷は、思ったより浅かった。
メイラが包帯を替えながら「……昨日より落ち着いていますね」と言う。
「問題ない」
「無理はしないでください。明後日まで時間はあります」
「分かっている」
メイラが「本当に分かってますか」と小声で言う。
ガイウスが「聞こえている」と言う。
メイラが「分かっていればいいんです」と言って包帯を結ぶ。
朝食を終えて。
全員が卓を囲む。
「王宮の構造を教えてほしい」
セリスがライラに言う。
ライラが少し間を置いてから——
「……どこまで知りたい?」
「全部」
「全部は無理よ。私が知っているのは、限られた部分だけ」
「その限られた部分を、全部」
ライラが「しょうがない」と言って立ち上がる。
宿の主人から紙と炭を借りてくる。
卓の上に広げる。
「……王宮の外観は昨日確認したわね」
ガイウスが「ああ」と答える。
「東側の出入り口から入ったとして——」
ライラが線を引く。
「使用人の通路が、ここから伸びている。突き当たりを右に曲がると、中庭に出る」
「中庭から先は?」
「……ここから先は、うろ覚えよ」
「それでもいい」
「王族の居住区に繋がる廊下が、中庭の北側にある。ただし——」
「ただし?」
「夜は衛兵が立つ。一人じゃない。複数で巡回している」
「交代のタイミングは?」
「夜明け前に一度。それ以外は——知らない」
ガイウスが「それで十分だ」と言う。
「問題の部屋は、居住区のどこにある?」
「……将軍が言っていた『帝国の使者と王が二人きりで会った部屋』ということなら——」
ライラが少し考える。
「王の私室に近い場所にある小部屋のはず。客間とは別の——」
「なぜ知っているの?」
リオが言う。
ライラが、リオを見る。
「……情報屋だから。王宮の構造くらい、調べるわ」
リオが「そういうものか」と言う。
「そういうもの」
ガイウスが地図に書き込む。
「東側入口→使用人通路→中庭→北側廊下→居住区→小部屋」
「大体そう。でも中庭から先は確かじゃない」
「確かじゃない部分は、現地で確認する」
「……胆が据わってるわね」
「情報が不完全なことは、いつもだ」
地図を見ながら、全員で検討する。
「衛兵の巡回ルートが分からない」
メイラが言う。
「現地で見るしかない」
ガイウスが答える。
「危なくないですか?」
「危ない。だから最小限の人数で動く」
「私も行く」
リオが言う。
「お前は外で待機だ」
「なんで」
「弓を使えない場所では、足手まといになる」
リオが「……そういうことか」と言う。
不満そうだが——反論しない。
「外での援護は任せる。それの方が、全体として勝率が上がる」
「……分かった」
リオが、腕を組む。
(……足手まといか)
(それは、嫌だな)
「脱出ルートは?」
セリスが聞く。
「入ってきた道を戻る。それ以外は想定しない」
「何かあったら?」
「何かあっても、戻る」
「……シンプルね」
「複雑にすると、崩れやすくなる」
ライラが「賛成」と言う。
「逃げる時は頭より足を使う方がいい」
「……経験則?」
「そう」
ライラが少し笑う。
昼前。
ガイウスが「もう一度、外観を確認してくる」と言う。
「傷は大丈夫?」
「動ける」
「無理しないで」
「言っただろう。問題ないと」
セリスが「はい」と言う。
ガイウスが出ていく。
扉が閉まる。
メイラが「……心配ですね」と言う。
「うん」
「でもあの人、止めても聞かないですよね」
「うん」
「……セリスさんは、どうして止めなかったんですか?」
セリスが少し考えて——
「止めたら怒るから」
メイラが「それは怒らないと思いますよ」と言う。
「……そうかな」
「そうですよ」
セリスが窓の外を見る。
(……あの人は)
(止めても、動く)
(止めなくても、動く)
(だったら——)
(せめて、帰ってきてほしいと思う)
声には、出なかった。
夕方。
ガイウスが戻ってくる。
「確認した。東側の出入り口、夜明け前の二刻に衛兵が交代する。その間、約半刻——出入り口に人がいなくなる」
「……調べてきたの?」
「必要な情報だ」
「傷は?」
「開いていない」
メイラが「見せてください」と言う。
「問題ない」
「見せてください」
ガイウスが渋々腕を出す。
メイラが確認する。
「……本当に開いていないですね」
「言っただろう」
「でも、もう無理はしないでください」
「……分かった」
珍しく、素直に言う。
リオが「珍しいな」と言う。
「うるさい」
「いつもそうやって答えてくれると助かるんだけど」
「黙れ」
夜。
全員で最終確認をする。
「決行は明日の夜明け前。集合はここを出てすぐ。動きは少ない方がいい」
「装備は最小限」
「証拠品は持ち出せる形でなければならない。書状か、それに類するもの」
「入れ物は?」
ライラが懐から小さな革袋を出す。
「これを使いなさい。小さくて丈夫だから」
「ありがとう」
「礼はいらない。取引だから」
セリスが「それでも」と言う。
ライラが「……そういうところ、損をするわよ」と言う。
「そうかもしれない」
「分かってて言うの?」
「うん」
ライラが、少し目を細める。
「……変な子ね」
悪い意味ではない声だった。
夜が深くなる。
各自が休む。
セリスは、眠れなかった。
(……ノイエ)
(明日、うまくいくと思う?)
(……勝率は——)
(言わなくていい)
(……なぜですか)
(聞いたら、緊張するから)
沈黙。
(……一つだけ、聞いていいですか)
珍しかった。
ノイエが自分から聞いてくることは、少ない。
(なに?)
(……明日、私を使いますか)
セリスは少し考えた。
(できれば、使わずに済ませたい)
(……なぜですか)
(目立つから。それに——)
少し、間を置く。
(できれば、自分の力でやりたい)
長い沈黙。
(……了解しました)
(ただし)
(なに?)
(……命に関わる時は、従いません)
セリスが、小さく笑う。
(知ってる。ありがとう)
ノイエは、何も言わなかった。
ただ——いつもより、少し近くにいる気がした。
夜明けまで、あと少し。
——明日、王宮に入る。
夜明けまで、あと少し。
明日、王宮に入る。
(……命に関わる時は、従いません)
その言葉が、なぜか——
心強かった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
いよいよ次回、王宮潜入です。
準備は整いました。でも——計画通りにいくとは限らない。
ガイウスの傷、ライラの「取引」という言葉、
ノイエの「従いません」という一言。
この三つが、次回どう動くか。
ぜひ見届けてください。
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