計算のふり
翌朝。
ガイウスとライラが王宮の下見に出た。
セリスとリオとメイラは宿で待つ。
「……待つのって、苦手」
リオが言う。
「動いてる方が、まだマシだ」
「そうね」
セリスが窓の外を見る。
街は、今日も重い空気だった。
昼前。
ガイウスとライラが戻ってくる。
「どうだった?」
「思ったより、警備が厚い」
ガイウスが地図を広げる。
「王宮の東側に、使用人の出入り口がある。警備が手薄な時間帯は夜明け前の交代時だ」
「入れる?」
「……不可能ではない。ただし」
「人数は最小限にする必要がある」
ライラが続ける。
「二人。多くても三人だ」
「誰が行く?」
「俺とセリス」
ガイウスが即答する。
「ライラは?」
「外で待機。何かあった時の脱出ルートを確保する」
「リオは?」
「弓で援護できる位置を確保してもらう」
「メイラは?」
「合流地点で回復の準備をしていてくれ」
全員が頷く。
「決行は明後日の夜明け前」
ガイウスが言う。
「それまでに、できるだけ情報を集める」
その日の午後。
情報収集のために、再び街へ出た。
セリスとガイウスが市場を歩く。
外套を深く被って。
顔を伏せて。
「……王宮の内部構造、どのくらい把握できた?」
「外観と出入り口のみ。内部は不明だ」
「ライラは何か知ってた?」
「……少し。ただし古い情報だと言っていた」
「使えそう?」
「使えなくはない」
露店を見ながら歩く。
食料の値段が高い。
徴収の影響だろう。
(ノイエ)
(周囲に何かある?)
(……三人。追跡しています)
セリスが、歩調を変えずに言う。
「……後ろ、三人」
「気づいていた」
ガイウスが前を向いたまま答える。
「帝国の密偵か」
「おそらく」
「どうする?」
「路地に誘い込む」
少し歩いて——
細い路地に入る。
追ってきた。
三人。
短剣を持っている。
「——見つけたぞ」
「手配書通りだ」
「大人しくしろ」
セリスが剣に手をかける。
(自分でやる)
(……了解しました)
ガイウスが前に出る。
「俺が引きつける。お前は右から」
「分かった」
ガイウスが二人に向かう。
セリスが右の一人へ。
剣を抜く。
ノイエを抜かずに——自分の剣で。
一合、二合。
力が拮抗する。
(……重い)
だが。
三合目——
隙が生まれる。
セリスが踏み込む。
柄で、制する。
一人、倒れる。
その瞬間。
気配が来た。
四人目。
路地の奥に、もう一人いた。
気づかなかった。
刃が、セリスへ向かう。
間に合わない。
——衝撃。
だが、自分ではない。
「……ガイウス」
腕を押さえている。
血が、にじんでいた。
「……かばったの?」
「計算が狂った」
短く言う。
表情は変わらない。
「四人目の位置を読み誤った。俺のミスだ」
それだけ言って、残った敵へ向き直る。
——全て、片付いた。
路地を出る。
人目のない場所で立ち止まる。
「……見せて」
セリスが言う。
「問題ない」
「見せて」
ガイウスが少し間を置いて——腕を差し出す。
深くはない。
だが、血が出ている。
セリスが布を取り出して巻く。
「……ごめんなさい」
「俺のミスだと言った」
「でも——」
「次から、四人目を想定しろ」
それだけ言う。
謝罪を、受け取らない。
慰めも、責めもしない。
ただ、次の話をする。
(……変な人)
セリスは、ガイウスの腕を見た。
巻き終えた布。
その下に、血がにじんでいる。
「……ありがとう」
聞こえたかどうか、分からない声で言った。
ガイウスは、振り返らなかった。
——ただ、わずかに。
歩く速度が、遅くなった気がした。
宿に戻る。
メイラが傷を処置する。
「……深くはないですね」
「問題ない」
「でも、明後日の潜入まで無理はしないでください」
「……分かった」
珍しく、素直に頷いた。
メイラが小声でセリスに言う。
「……かばったんですか?」
「計算が狂ったって言ってた」
「……そうですか」
メイラが、小さく笑う。
「計算が狂うって、そういうことじゃないですよね」
「……そうね」
セリスも、小さく笑った。
その夜。
ガイウスが一人で地図を見ている。
王宮の外観のスケッチ。
ルートの書き込み。
(……四人目)
読み誤った、というのは本当だ。
だが——
(もし間に合わなかったら)
そこまで考えて、止める。
「……計算上、その方が損失が少ない」
誰にも聞こえない声で言う。
自分に、言い聞かせるように。
地図に、視線を戻す。
ペンが、動く。
それだけだった。




