将軍
将軍の屋敷は、街の中心部にあった。
石造りの門。
衛兵が二人。
帝国の兵士ではない——ヴァレンの衛兵だった。
「……どうやって入る?」
セリスが小声で言う。
「正面から」
ガイウスが答える。
「正面から?」
「将軍は帝国に懐疑的だと言った。ならば——帝国の敵が訪ねてくることを、むしろ歓迎するかもしれない」
「……賭けね」
「情報が正確なら、賭けではない」
セリスが「情報はライラ経由だけど」と言う。
「……確度は高い、と言っていた」
「信じるの?」
「今は、信じるしかない」
門の前に立つ。
衛兵が「何者だ」と言う。
セリスが外套を少し開く。
「エルデン王国の王女、セリスです。将軍にお目にかかりたい」
衛兵が固まる。
「……エルデン王国は」
「滅びました。知っています」
セリスがまっすぐ言う。
「それでも、将軍にお伝えしたいことがある」
衛兵が互いを見る。
しばらくして——
「……少し待て」
一人が屋敷の中に消えた。
待つこと、しばらく。
「入れ」
案内される。
屋敷の中は、質素だった。
飾り気がない。
武器と地図が並んでいる。
生活感より、戦場の匂いがした。
将軍が立っていた。
五十代だろうか。
白髪交じりの髪。
傷跡のある顔。
だが——目が、鋭かった。
「エルデン王国の王女か」
「はい」
「……よく生きていた」
感情のない声だった。
称賛でも、憐れみでもない。
ただ、事実として言っている。
「座れ」
椅子を示す。
セリスが座る。ガイウスは立ったまま。
「用件を言え。時間がない」
「帝国の本隊が、来月にも動きます」
将軍の目が、わずかに動く。
「……根拠は」
「信頼できる筋からの情報です。北東——リディア公国との境界を越えて来る」
「その筋とは」
「今は言えません」
将軍がセリスを見る。
値踏みするような目。
だが——蔑みはない。
「……知っている」
短く言う。
「え?」
「その情報は、すでに掴んでいる」
セリスが少し目を丸くする。
「……では、なぜ」
「動けないからだ」
将軍が椅子に座る。
「王が倒れた。政を仕切るのは王弟——帝国に近い男だ。俺が動けば、逆賊になる」
「……王の病は、帝国の工作では?」
「そう思っている。だが証拠がない」
「証拠を掴めば、動けますか」
将軍が、セリスをまっすぐ見る。
「……お前は、何をしたい」
「ヴァレンを守りたい」
「なぜ。お前の国ではない」
「守りたいものは、自分の国だけじゃない」
将軍が、しばらくセリスを見た。
「……エルデンの王は、そういう人間だったと聞く」
「父のことですか」
「ああ。民に慕われた王だった。お前は——」
将軍が、わずかに目を細める。
「似ているな」
セリスは、少し黙った。
「……父には、まだなれていません」
「そうか」
将軍が立ち上がる。
「証拠を持ってこい。王の病が帝国の工作だという証拠を。そうすれば——俺は動く」
「どこにあります?」
「帝国の使者が来た時、王と二人きりで会った部屋がある。王宮の奥、立ち入り禁止区域だ」
「……王宮に入る必要がある」
「そうだ。難しいか?」
セリスがガイウスを見る。
ガイウスが「……可能かどうか、検討する」と言う。
将軍が「三日やる」と言う。
「三日以内に答えを出せ。それ以上は待てない」
屋敷を出る。
「……王宮への潜入ね」
セリスが歩きながら言う。
「無謀だ」
ガイウスが即答する。
「でも、やる?」
「……お前がやると言うなら、方法を考える」
「やる」
「即答だな」
「将軍が動いてくれれば、ヴァレンが守れる」
ガイウスが少し間を置く。
「……王宮の構造を調べる必要がある。ライラに聞け」
「分かった」
(ノイエ)
(何か言う気?)
(……無謀です)
(知ってる)
(勝率——)
(言わなくていい)
(……なぜですか)
(聞いたら、やめたくなるかもしれないから)
沈黙。
(……それは、非合理です)
(知ってる。でも——)
セリスが空を見上げる。
(守りたいものがある。それだけよ)
ノイエは、何も言わなかった。
ただ——少し、間があった。
(……どうした?)
(……何でもありません)
いつもより、少し遅い返事だった。
宿に戻る。
全員に状況を共有する。
「王宮への潜入が必要になった」
リオが「……それ、本気か」と言う。
「本気」
「無謀じゃないか」
「そうね」
「そうね、って——」
「でも、やる理由がある」
リオが、セリスを見る。
(……こいつは)
(いつも、こうだ)
無謀だと分かっていて。
それでも、やる理由を持っている。
(……俺には)
リオが拳を握る。
(そういう理由が、あるか?)
メイラが「私は回復で支援します」と言う。
ライラが「王宮の構造なら、少し知っている」と言う。
ガイウスが「明日、下見をする」と言う。
一人ずつ、動き出す。
セリスはその様子を見渡した。
(……仲間がいる)
当たり前のことが——
当たり前でなかった頃を、思い出す。
(ありがとう)
誰にも言わずに、思った。
その夜。
リオが一人で外に出た。
空を見上げる。
星が出ていた。
(……守る、か)
28話で見た少年の顔が、浮かぶ。
セリスが前に出た。
声をかけた。
硬貨を渡した。
それだけで——少年が走って帰った。
(……俺には、できるか)
拳を、握る。
「……できるかじゃなくて」
小声で言う。
「……やるかどうか、か」
星が、瞬いていた。
答えは、まだなかった。
だが——
何かが、変わり始めていた。




