ヴァレンへ
朝。
峠の入口に、五人は立っていた。
霧が出ている。
視界が悪い。
「検問は峠の中腹にある」
ライラが言う。
「ヴァレンの衛兵が二人。私が顔を知ってる」
「信用できるか」
ガイウスが問う。
「できる。ただし——」
「また、ただし、か」
リオが言う。
「お金がかかる」
「そういうことかよ」
リオがぼやく。
「……いくら?」
セリスが問う。
「今の所持金で足りる。ぎりぎりだけど」
「分かった。任せる」
——
峠に入る。
霧が濃くなる。
足元が見えない。
「気をつけて。この峠、崖が多い」
ライラが言う。
「見えないわね」
メイラが小声で言う。
「ヴォルフ、上から見えるか?」
セリスが問う。
ヴォルフが霧の中に消える。
しばらくして戻ってくる。
『前方百歩。検問が見えた。衛兵二人。他には誰もいない』
セリスの頭の中だけに声が届く。
(ありがとう)
「検問まであと少し」
セリスが全員に告げる。
「どうして分かるんですか?」
メイラが聞く。
「……勘」
ライラが横で少し目を細める。
(この子は)
(やはり、何かある)
——
検問が見えてきた。
木の柵。
松明。
二人の衛兵。
ライラが前に出る。
「——久しぶり」
衛兵の一人が振り返る。
「……ライラか」
「生きてたわ」
「お前が死ぬわけないだろ」
軽い口調だった。
顔見知りだと分かる。
「通してほしいんだけど」
「仲間は?」
「旅の連れ」
衛兵がセリスたちを見る。
一人ずつ、目が止まる。
ガイウスで止まる。
剣で止まる。
「……物騒な連中だな」
「そう見える?」
「見える」
ライラが懐から小袋を取り出す。
硬貨の音がした。
衛兵が受け取る。
「……通れ」
「ありがとう」
ライラが、さらっと言う。
——
峠を抜ける。
霧が薄くなる。
視界が開ける。
遠くに——街が見えた。
城壁。
塔。
緑の丘。
「……ヴァレン王国」
メイラが、小声で言った。
故郷を見る目だった。
「大丈夫?」
セリスが隣で聞く。
「……はい」
「家族に会いに行く?」
メイラが少し考えて——
「今は、まだ」
「……そう」
「会ったら——離れられなくなりそうで」
セリスは、何も言わなかった。
ただ、メイラの隣を歩いた。
——
街に入る前に、草の上で休憩を取る。
ガイウスが地図を広げる。
「ヴァレン王国の首都まで、ここからさらに半日」
「情報収集はどこで?」
セリスが問う。
「首都の市場が最も効率的だ」
「私にも伝手がある」
ライラが言う。
「帝国のヴァレンへの動きについては、私の方が詳しいかもしれない」
「……どのくらい詳しい?」
「物資の徴収が増えている。三週間前から。人も、少し」
ガイウスが地図から目を上げる。
「……徴発か」
「そうみたい」
メイラの表情が、かすかに変わる。
見逃さなかった。
「……メイラ、家族は?」
ライラが直接聞く。
メイラが少し固まる。
「……首都ではなく、郊外に住んでいます」
「徴発の影響は?」
「分からないです。連絡が取れなくて」
ライラが「そう」と言う。
それ以上は聞かない。
だが——目が、少し柔らかくなった。
——
その時。
セリスの剣が、わずかに揺れた。
(……?)
(何?)
頭の奥で問いかける。
(……反応があった。この近辺に)
(何の反応?)
(……魔力。強い。制御されていない)
セリスが、周囲を見渡す。
「どうした?」
ガイウスが気づく。
「……何かある。この近くに」
「何が?」
「制御されていない魔力」
全員が立ち上がる。
(場所は?)
(……東。森の中)
「東の森」
セリスが言う。
「帝国か?」
「分からない。でも——放っておけば、近くの村に影響が出るかもしれない」
リオが「行くしかないだろ」と言う。
ガイウスが「確認する」と言う。
「ライラ、分かるか」
「……この辺りに魔力の溜まり場がある。昔から。たまに暴発する」
「自然発生か、人為的か」
「どちらの可能性も」
「行く?」
セリスが全員を見る。
「危険かもしれない」
「この辺りに小さな集落がある」
ライラが言う。
メイラが「行きましょう」と言う。
ガイウスが「……分かった」と言う。
東へ向かう。
——
森に入る。
木々が密集している。
足を進めるたびに、空気が重くなる。
「……これは」
メイラが立ち止まる。
「魔力が、濃い」
「どのくらい?」
「……私の回復魔法が、少し乱れてます」
「それは危険だ」
ガイウスが言う。
「メイラは後ろに」
「でも——」
「後ろにいてくれた方が、助かる場面が来るかもしれない」
ガイウスが言う。
命令ではなく——確認するような口調だった。
メイラが頷く。
——
森の奥。
光が見えた。
青白い、揺れる光。
地面から噴き出している。
「……魔力の溜まり場が、暴発してる」
ライラが言う。
「抑えられるか?」
「私には無理」
全員がセリスを見る。
セリスが剣を握る。
(抑えられる?)
(……試みます。ただし)
(ただし?)
(……制御が難しい。こういった野生の魔力は、私にとっても予測しにくい)
珍しい言葉だった。
ノイエが「難しい」と言うのは。
(やってみる)
(……了解しました)
セリスが前に出る。
剣を、光に向ける。
吸収が始まる。
だが——
「……っ」
光が、逆流した。
セリスの手に、魔力が流れ込む。
(ノイエ——!)
(……制御します。少し待って)
手が、痺れる。
視界が、歪む。
「セリス!」
ガイウスが駆け寄る。
「大丈夫——」
「下がれ」
セリスが言う。
「近づくと、あなたにも流れ込む」
ガイウスが止まる。
(ノイエ、まだ?)
(……もう少し)
(……今)
剣が、光る。
吸収が、完了する。
光が——消えた。
——
沈黙。
セリスが、息をつく。
手が、震えている。
「……大丈夫か」
ガイウスが来る。
「大丈夫」
「嘘をつくな。手が震えている」
「……少し、流れ込んだだけ」
(ノイエ)
(……問題ありません。ただ)
(ただ?)
(……こういった予測不能な魔力は、今後も注意が必要です)
(分かった)
「解決した?」
ライラが言う。
「とりあえずは」
「……村への影響は出なかったわね」
「よかった」
メイラが、セリスの手を取る。
回復魔法をかける。
「……少し、乱れてます」
小声で言う。
セリスだけに聞こえる声で。
「分かってる」
「……無理しないでください」
「うん」
返事だけした。
約束はしなかった。
——
森を出る。
空が、オレンジに染まっていた。
「今日はここで野営する」
ガイウスが言う。
「明日、首都へ」
「了解」
「分かった」
「はい」
「……当然」
「おう」
五人分の声が返る。
夜が、静かに降りてきた。
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あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます!
峠を越えてヴァレンへ。
見えてきた帝国の影。
次回も続きをぜひ見届けてください。
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